第32話 幻の少女

あっという間に闘技会の当日になった。

闘技会に参加する者たちの控室のうち、個室を与えられている者たちは数人だ。

そのうちの一室で、ラナウィたち『箱庭』のメンバーは集まっていた。


「うわあ……」

「これは、やばそうだな」

「可愛い」

「……あああ」


四人それぞれに感想を告げれば、バルセロンダのげんこつが飛んだ。

なぜか、いつもと同じ威力がある。


姿が小さくなったというのに、不思議なものだ。

頭を抑えながら、涙目でハウテンスが呻いた。


「なんで、叩かれるわけ?」

「お前らの反応が腹立つ」


きっぱりと言い切られたけれど、甲高い少年特有の声にラナウィは打ち震えた。もちろん、表情には一切現れないけれど。


「バルス、よく成人まで無事でいられたね……」

「そんなに可愛いと大変そうですが……」

「お前らが余計な心配をしてることはわかった。とにかく、これで優勝かっさらってきてやる」


言い切ったバルセロンダはどこからどう見ても子供だった。

しかも十歳なので、出会った頃よりも前である。この姿で成人以上の参加をもぎ取れるかと言うと、彼は不敵に笑んで余裕だと答えた。確かに、十歳には見えないほどの身長はある。成人と言われると少し考える程度。だが、そんなことは些末事だ。


何よりも顔が美少女なのだ。まさか十歳のバルセロンダが、これほどの美少女だとは思わなかった。なるほど、頑なに十歳にしろと言いはるわけだ。

これがバルセロンダであるなど、誰にもわからない。成人したての美少女と言われれば納得してしまう。とにかく可愛いにつきる。

正直、ラナウィは負けたとすら思えない。もう次元が違う。


「髪色は茶色、瞳は青にしてみたけど、もう何色でもいいよねえ」


魔法薬を飲ませた張本人であるヌイトゥーラも感嘆のため息をついている。


「登録は済んでいるから、ええとバル・ハロンって名前だね」

「『バル・ハロン』?」


なぜか胸を張ったハウテンスに、ヌイトゥーラが首を傾げた。


「俺の名前をもじったのか?」

「あはは、そういうことにしとく」

「いや、たぶんそれ――」


ヌイトゥーラが言いかけた時に、ハウテンスの頭にもう一つバルセロンダのげんこつが落ちた。


「痛いっ、暴力反対! しかも叩かれた理由がわからないっ」

「なんか、よこしまな感情を感じたな」


二人のやりとりを横目に、ヌイトゥーラがこっそりとラナウィの耳にささやいた。


「幻の少女って意味の古語だよ……」

「さすが、テンス」

「ははは、もうしらないよ……」


力なくサンチュリが笑った。

バルセロンダが怒るのも当然である。


「そうだ、バルス兄、一応言っておくけれど。その魔法薬は時間を戻しているわけじゃなくて、体の組織を若返らせているだけだから。脳は魔法干渉を受けないようにしているから大丈夫だとは思うけれど、感覚がいつもと違うと思うんだ。もちろん、筋力とかは増強しているけれど、最初は様子を見た方がいいと思うよ。普段の全力が発揮できるかどうかは実際に動いてみないとわからないからね」

「なんだかよくわからんが、まあなんとかなるだろ」


さすが美少女になってもバルセロンダは脳筋だ。

話し方が多少乱暴でも、美少女だからなんでも許せてしまう。


「テンス……危なそうだったら助言してあげて」

「任せて! そのために古今東西の剣術指南書を読み漁ったからね」


剣術指南書を読み漁っただけで、どうにかできるものなのか。

ハウテンスも随分と脳筋よりな考えである。

どっちもどっちだなとラナウィはとにかく無事だけを祈るのだった。

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