第23話 悪だくみ

ラナウィは十歳になった。

先日盛大な誕生日パーティを行ったところだ。

相変わらず、『剣闘王』の後継者は見つからずサンチュリが偽物として『箱庭』に出入りしてくれている。王家としてもすでに三人そろっていると発表してしまった手前、大々的に探すわけにもいかないのだが、それにしても五年経っても見つからないとは考えていなかったので手詰まり感がすごい。


いつものように『箱庭』の東屋に集まってみれば、少し見ない間に、サンチュリは随分とたくましくなったし、ハウテンスはまた身長が伸びた。

ラナウィとて、昔に比べたら大きくはなったけれど、それでも彼らに比べれば小柄だ。十歳の同年齢の少女たちとは同じくらいの身長だとは思うけれど。


「身長ってなかなか伸びないわよね」


同じ身長のヌイトゥーラはうんうんと頷いてくれる。

けれど、身長がにょきにょき伸びているハウテンスの同意は得られなかった。


「それより、今日集まってもらったのはほかでもないわ、サンの成人の儀式が近づいているでしょう?」


『箱庭』は相変わらず存在していて、定期的な婚約者候補たちとの集まりも続けている。けれど頻度は三か月に一度になった。それなりに忙しい身分になったというのもある。一同を見回せば、サンチュリが自分の話題だとは思わなかったのだろう、驚きで目を見開いた。


「ええ、私ですか?」

「そうよ、それを祝いたいっていうのが一番なんだけれど、ちょっと困ったことが起きていて……」

「隣国だろう?」

「どうしたの、隣国ってどっちの……」

「もちろん、ラウラン公国だ」


言い切ったハウテンスは、そのまま続ける。


「あそこの第二公子が『剣闘王』の紋章を捏造して婚約者候補に名乗りを入れてきたときはあっさりと看過できたからしばらしくはおとなしくしていたようだけれど。三英傑が婚約者候補として集められたと公表したときに、皆未熟だからしばらくはお披露目などは行わないと女王陛下が発表したじゃないか。そろそろ落ち着いただろうから、お披露目をすべきだと言い出してきたんだよ」


ハウテンスはさすがに情報通だ。

サンチュリは真っ青になっている。


「私にはそんな公子の前で名乗りをあげるなんて無理だよ!?」

「困ったことに、『剣闘王』の実力を知りたいとごねているらしいの。異種闘技である闘技会を開いて優勝する姿をぜひ見せてほしいと……」


剣と魔法、何を使っても相手を倒せばいいというルールで闘技会を開くというのは初めての試みとなる。今までは剣士は剣士、魔法士は魔法士だけで戦っていたのだ。しかも力比べという意味合いが強かったが、今回ばかりはルールがあるとはいえ、危険も増す。


「ますます無理だよ!?」

「サンの実力はよくわかっているよ。ヌイトが補助魔法かけまくってもとてもじゃないけど優勝できる腕前じゃない」

「テンス、もう少し優しく慰めてくれてもいいんだよ……?」


もうすぐ騎士になるというのに、実力がないなんて落ち込ませてどうする。

相変わらずハウテンスは辛辣である。


「サンは本当によくやってくれているわ。この年になっても婚約者すら作っていないんだもの。本当に申し訳なくて……」

「あ、それについては心配しなくても大丈夫。同僚になる予定の娘といい感じだから」

「何で知ってるの!?」

「僕の情報網から逃れらるとでも?」


得意そうに胸を逸らすハウテンスではあるが、ラナウィは胸をなでおろした。


「そう恋人がいるならよかったわ」

「何が良かったんだ?」


東屋にやってきたバルセロンダが、入口に佇んで一同を見下ろしていた。

悪戯を仕掛けた日から、随分と距離が縮まって、時々は警護をしつつ声をかけてくれるようになった。彼が『箱庭』の警備隊長になったというのも大きい。


「サンには素敵な恋人がいるのですって」

「なんだと、生意気だな!」


バルセロンダがサンチュリの頭をぐりぐりと撫でまくっている。

彼も嫌がるでもなく苦笑するだけだ。


「ありがとう、バルス」

「お前、今度から跳馬のところに行くんだろ。あそこは堅物ばかりだから、あんまり口外しないようにしろよ」

「ええ、そうなの?」


銀の跳馬騎士団は主に王城を警備している団だ。そのため城内の風紀が乱れるのをよしとせず、婚約者はいいけれど恋愛は禁止というストイックな一団である。女中や侍女に声をかけようものなら袋叩きにあうと言われているほど、適齢期の騎士にとっては恐ろしい職場であるらしい。何しろ、出会いがまったくない。


ラナウィが知っているのは、もちろん情報通の侍女のおかげである。


「こ、恋人とかすごくうらやましい……」


頬を染めてヌイトゥーラが恥ずかしげに告げてきたので、ラナウィは握りこぶしを作った。


「ヌイト、気になる娘ができたらすぐに言うのよ。もちろん、テンスはよろしくお願いするわ」

「まかせといて!」

「え、え、うん。ありがとう……?」


ぽやぽやした春の妖精のようなヌイトゥーラだ。そんじょそこらの少女が叶う相手ではない。純情可憐をまさに体現したかのような彼をもしだますようなことをしでかしたときには鉄拳制裁を加えるのは当然である。

相手はもちろんハウテンスに調べてもらうつもりだ。

彼の洞察力からは誰も逃れられないのだから。


「お前たちは相変わらず仲がいいんだな。それで、顔突き合わせてなんの悪だくみだ」

「いつもいつも悪だくみしてるわけじゃないよ?」


ハウテンスが無邪気を装えば、バルセロンダが鼻を鳴らした。


「お前たちは知らないかもしれないが、ここは婚約者候補が仲良くするための場所だぞ?」

「大丈夫、もうラナウィの相手は決まっているからね。もちろん、相思相愛だよ」

「テンス!? 何を勝手なことを……っ」


そんな話をしたことは一度もない。けれど核心を込めた言葉に、ラナウィはぎょっとして幼馴染みを見つめた。


「なら、さっさと公表しろ。毎度警護に参加させられてる騎士が可哀そうだろ」

「こうして三英傑が集うことも大事な時間だって思うけど? なんせ、将来の女王の側近だし。公表したら、こんな時間ももてないじゃないか」

「お前は無駄なことが嫌いだと思ってたけどな」

「気の良い仲間との集いって楽しいよ? 子供らしい理由で安心したでしょ」

「後半がなければ、もっと安心できたんだがな」

「バルス兄は僕たちの警護、嫌だった? やめたい?」


瞳をうるわせてヌイトゥーラがバルセロンダを見上げる。

彼はさすがにうっと詰まって、ヌイトゥーラの頭もわしゃわしゃと撫でた。


「そろいもそろって高位貴族の子弟が集まってんだ、気遣うのが当然だろうが。別にお前たちがどうこう言ってるわけじゃない!」

「えへへ、いつもありがとう」


大きな手で撫でられるのが好きなヌイトゥーラは素直に笑っている。

この素直さが大事なんだろうなとラナウィは内心でため息をついた。

うらやましいけれど、絶対に真似できない。


「ところで、今度開かれる闘技会にバルスも出るんでしょ?」

「ああ? そんなかったるいことするか」

「でも所属長命令だよ、確か。バルスは熊虎騎士団にも所属しているでしょ」

「どっから聞いてきやがった……あそこの団長とは本当に仲が悪いからな。俺が呼ばれるわけないだろ」

「やっぱりか……相変わらずだねえ」

「お前のその情報網はどっからひっぱってきてんのかしらねえが、あんまり無茶するなよ」


バルセロンダはハウテンスの頭をぐしゃぐしゃに撫でまわして、苦笑する。


「情報は効果的に使うものだよ、バルス」

「情報の重要性はわかってるが、お前はまだガキなんだから、もう少し遊んでろ」

「僕にとってはこういうのが遊びなんだけど」


口を尖らせたハウテンスに、バルセロンダは肩を竦めて見せた。


「そういうのは大人の仕事だ。まかせとけ、興味がでたらきっちり潰してやるから」

「兄貴風吹かせてると、大けがしちゃうぞ」

「可愛い弟分たちが安全ならそれでいいだろう?」

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