第11話 晩餐会

バルセロンダが出て行ったと二人にいつまでも愚痴ってもいられない。

ヌイトゥーラとハウテンスに見送られながら、結局ラナウィは己を奮い立たせて王城へと向かう。結婚休暇があるといっても一国の王女であるので、何かと忙しいのだ。厄介な隣国の客が居座っている間はとくに。


けれど、すぐにその決意も萎れてしまう。

ある程度予想はしていたといっても、実際に出くわすと憮然とした面持ちになるのを隠すのは難しい。


「あんの狸はどっから、湧いたのかしら。鍋にしてやる」


本日のラナウィの装いは地味な濃紺色のドレスではあり、実際の年齢よりも落ち着いた雰囲気作りを目指した。それにちなんで、にっこりと微笑みを浮かべながらぼそりとつぶやけば、隣にいた兄にはしっかりと聞こえていたらしい。

直前まで女王と楽しげに話していた余韻を滲ませながら、ちゃっかり注意してくるところはさすがだ。



「こらこら、仮にも王女がそんな口をきくんじゃありません」

「王女だって人間ですもの、畜生にはそれ相応の対応をしてしまうものですわよ。お兄様はあんな狸にならないでくださいね」

「あはは、なるわけないだろ。そんなことになったらワヤーリに嫌われてしまうよ」


ラナウィの兄サリンバは妻のワヤーリをとても愛している。高位貴族の彼女ではあるけれど、二人は恋愛結婚で、今は懐妊のため欠席だ。

ラナウィだとて、本来ならば夫とともに出席しているはずだが、もちろんバルセロンダの姿はない。


並んで談笑していると向かいに座った狸――ダヤンヤ侯爵が微笑みかけてきた。


「殿下方はとても仲がよろしいですね、いや羨ましい話ですな」


貴方の悪口で盛り上がっていましたとも言えず、ラナウィは乾いた笑いでごまかす。

ちなみに兄は公爵の地位に下ったので、殿下でもないのだがそのあたりの詰めが甘い。

ダヤンヤは隣国の外務大臣の地位についている。彼の隣にいる隣国の公王の二番目の公子であるデラアウェの付き添い人だ。

そのデラアウェはこげ茶色の髪をした優しげな風貌をしている。榛色の瞳も穏やかな光を讃えて常に優美に微笑んでいるけれど、腹の底が真っ黒であることなど長い付き合いがあるので重々承知している。


今だって、どんな悪だくみを考えているのか知れたものではない。


隣国の兄弟仲はとても悪いと聞いている。だからこそ、自分の力を必要としているらしい。

だが、それを羨ましいとあっさりと語ってしまうあたり底が浅い。

そんな人材しか傍にいないデラアウェは憐れではあるが、だからといって隣国の王子に肩入れして下克上の手助けなどするつもりはない。

そもそも、魔女王の加護を一番信じられないのがラナウィである。これで本当に何ができると思っているのか問い詰めたいところだ。


だというのに、隣国の公王からは第一公子に嫁ぐようにと懇願されている。

泥沼が予想される未来しかないのに、強引にデラアウェの妻にされそうになったので、急遽ラナウィはバルセロンダと婚姻する羽目になったのだ。


本来ならば、もう少し猶予があったはずなのに。

おかげで、婚姻後すぐに夫は家出して戻ってこない。

どうしてくれるんだと詰りたい。


「姫は変わらず、お美しいですね。今日の装いもとてもよくお似合いです。今夜の晩餐会に濃紺がとても映える。ドレスに使われているレースも素晴らしい技術ですね」


ラナウィの恨みがましい視線に気が付いたのか、女王と話していたデラアウェが、視線を向けて定型句な挨拶を口にする。

サルバセ王国は芸術の国だ。ガラス細工と染色、編み物の技術は大陸随一である。とくにレース編みに関しては他国に追随を許さないほどに。

建前上、デラアウェは職人たちの技術の視察のために滞在していることになっているので、的外れな会話でもないところが腹立たしい。


けれど、と前置きして彼は鉾の切っ先を向けてきた。


「 元平民の男など、姫には不釣り合いでしょう。慈悲深い姫のお気持ちもわかりますが、情けをかけすぎるのもいかがなものかと思われますが」

「夫はとても立派な方で、心から信頼できますわ。何より、心から愛していますから」


きっぱりと言い切れば、隣にいた兄がぎょっとした。


「ラナウィ様が照れずに言うなんて……結婚して変わったんだな」


一応兄は臣下になったので、公の場ではラナウィを敬称をつけて呼ぶけれど、動揺しているのか私的な空間での砕けた口調になっている。長年の妹の意地っ張りぶりを見てきただけに心底驚いたのだろう。


デラアウェはそんな兄の様子を気にも留めずに穏やかに続ける。


「そうですか、姫にそこまで思われているというのはうらやましい。ですが、今日はご一緒ではないのですね。直接お会いできるのを楽しみにしていたのですが。ああ、もしかして行儀見習い中ですか」


聞かれるとは思ったが、そんな直球で来るとも思わなかった。

平民であるバルセロンダのマナーがなっていないから、この場にいないなどと言われたところで否定はするけれど、出て行ったので参加できないなどとも言えない。


ラナウィの口はするすると言葉を紡ぐ。


「夫にはなんの問題もありませんわ。まぁ多少は頑固で真面目すぎるところもあるし、すぐに怒るし、新妻を置いてきぼりにして家出してしまうような浅はかなところもありますけれど……」


しまった、夫が出ていったことを馬鹿正直に話してしまった。

思わず内心で頭を抱えて悶える。


「色々な悪口をドウモ」


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