第10話 隣国の腹いせ

「出ていったのがバルスの意思なら、僕にはどうすることもできないけど。彼が他人の意見を易々と受け入れると思う?」

「私よりは仲がいいじゃない」

「ラナウィたちの関係と比べれば、さすがに良いというしかないけれど」


さも当然のようにハウテンスが告げる。

ええ、そうでしょうとも。


バルセロンダは男兄弟五人の長男で、子供たちに囲まれてにぎやかに暮らしていた。年長者というのは、常に下の面倒を見なければならないのか、彼は年下の子供の扱いを心得ている。


彼と一番仲がいい――普通に会話して怒られないレベルで、接することができるのは知略に秀でたハウテンスくらいである。悪戯を計画して、一番最初に怒られるのもハウテンスではあるのだが。


悪ガキの世話も慣れていると豪語するほどには気ごころが知れている。

ヌイトゥーラだって可愛がられている。大人しい子供だと思われているようだが、バルス兄と慕っている姿に相好を崩しているのなんてまるわかりだ。


それに比べて、ラナウィへの彼の態度は一貫して冷めている。むしろラナウィは昔から子供らしくないところが、バルセロンダには受け入れがたいらしい。ヌイトゥーラやハウテンスに比べると、扱いに差を感じるのだ。


「まあ、でも公国のやつらをこのまま野放しにもできないんだよなあ。王城の部屋で贅沢三昧らしいよ。本当に他人のお金で我儘放題で、父上が久しぶりに眉間に皺をよせていたから」


ハウテンスの父親は宰相である。

ラナウィの母である女王の補佐の筆頭ではあるものの、城の実質的な権力を裏で握っているのは彼ではないかとささやかれているほどだ。


「まあ、ラナウィの王配になれなかった腹いせだろうってことはわかるけれど。往生際悪く滞在しているのは、本当に頭が痛いね」

「お門違いも甚だしいわよ。けれど、夫が式の翌日から出ていったなんて知ったら、何を言われるか……」


長年ラウラン公国は様々な横やりを入れてきてはいたが、前回は強引に求婚話を持ってきたので、慌ててラナウィは婚約者候補の中から一人を選んで結婚したのだ。

それほど簡単には諦めないと考えていたが、夫が出ていったとあってはどんな言いがかりをつけてくるのかわからない。

婚姻は無効とまで言い出しかねない相手なのだ。


「諦めないねぇ、そんなに加護が欲しいものなのか」

「私の婚約者候補たちが誰も加護を欲しがらないってのも寂しいものだけれど」

「ははは、まぁ過ぎたるは及ばざるがごとしってね。僕たちには荷がかちすぎるからさぁ。むしろ、そんなあからさまに欲しいって喚くほうが、どうかしてるよね」

「そのどうかしている相手をしなくちゃいけないのよ、なんとかバルスか帰ってこないかしら」

「その前に、その魔法薬の効果はまだまだ継続中だよ。キミはそちらを気にしたほうがいいんじゃない?」

「そうだったあああ……どうすればいいの」


頭を抱えたラナウィに、ヌイトゥーラはやれやれと肩をすくめてみせた。


「あのバルスがキミを窮地に立たせるなんてするはずがないんだけどな」


ハウテンスの呟きは頭を抱えるラナウィの耳には届かないのだった。


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