第21話

 裁判を行なった後日、俺は商店街で色々と買い物を済まし、今は近場の病院内にいる。片手には紙袋。もう片手には花束を持っていた。


「ここに伊集院さんは移動させられたのか」


 この病院は表では普通の病院だが、実は組織が管理する病院でもあるらしい。なので、今特殊な状態の伊集院さんをここに移動させ、復活したら入院という形にするそうだ。

 ……と言っても、総隊長たちの試験をクリア無しに伊集院さんの魔術を解くことは許されていない。だから面会に来れても、ただ見ることしかできない。


「えーっと、301号室はここか」


 コンコンとその部屋のドアをノックをしようとした瞬間、中から声がした。


『どうぞ。バッジをかざしたら入れますよ』


 無機質だが透き通るような美しい声だった。俺は言われた通り、父さんからもらった組織のバッジを取り出し、ドアにかざした。ガチャリと鍵が開く音がしたので、そのままドアを開ける。

 窓を開けると、すぐそこに桜があるだけの特段変わった点のない病室だ。あるとしたら、ベットの上に転がっている宝石に包まれた伊集院さんと、その隣に座っている絶世の美少女ぐらいだ。


「どちら様ですか……?」


 俺はつい、そう問いかけた。

 藍色のショートボブに、同じ色の眼で、メイド服を着ている。容姿端麗で整った顔をしているが、表情はあまり動かないクールそうなタイプだった。足と腕は銀色の義手義足であった。


「初めまして。私は美空様の元で働いてていた――ユナと申します。気軽にユナと呼んでください、ご主人様」

「ご主人様!?」


 椅子から立ち上がり、爆弾発言を行なった後に会釈をする美少女……もといユナさん。

 俺はこんな美少女のメイドさんを雇った覚えがないぞ? 金を請求されたらどうしようか……。


「金はとらないのでご安心を。私は、美空様の遺言状に従い、零紫様のご主人様を短期間やらせて頂きます。何卒、よろしくお願いいたします」


 ごく普通に心を読まれた。デジャヴを感じる。


「は、はぁ……。えーっと、ユナさん」

「ユナで大丈夫です。敬語も必要ございません」

「ゆ、ユナ。なんで伊集院さんはユナを俺に……?」

「美空様の遺言状の一部を抜粋すると、『もしも零紫くんの記憶が戻っていたら、彼をサポートしてくれ! ボクを救おうと頑張ろうと思うけど、多分無理だろうから、慰めてあげて! あ、この事は零紫くんには内緒ね!』とのことです」

「言っちゃってんじゃん。ってか声真似うまっ」


 すごく似ていたが、表情は一切動いておらず、ポーカーフェイスを貫いていた。


「美空様は無理だと書いておりましたが、ご主人様は諦めないのですよね」

「勿論だ。絶対に取り戻してみせる。断られようが俺は曲げるつもりはない」

「その意気です。私も、ろくに身の回りの家事をせず、自分勝手に行動する美空様に言いたいことは山程あるので助かります」

「聞こえてないからってめちゃくちゃ言うじゃん」


 俺は部屋にあった花瓶に水を足し、持ってきた花をそこに挿して花びらが乗っている机の上に置いた。


「……ですが、虚しさは募るばかりですね。なぜ私を頼ってくれなかったのでしょうか……」


 変わらないポーカーフェイスのまま伊集院さんの上に手を置いていた。だがその声は悲しみを孕んでいるように聞こえ、眉も少し垂れていた。


「だ、大丈夫だ! 絶対に伊集院さんは俺が取り戻すから!!」

「!」


 俺は思わずユナさんの義手を握り、口を開いてそんなことを言った。俺の体は反射的に動いていた。


「あの……」

「はっ!? ご、ごめん!!」

「いえ、大丈夫ですよ。……なるほど、美空様が気にいる理由がわかった気がしますね」


 少し、ほんの少しだけユナの頰が薔薇色に染まるのが確認できた。

 しかし、出会って数分だと言うのにそんなことがすぐわかるのだろうか?


「ご主人様、そろそろご連絡が来るかと思います」

「連絡? 誰からのだ?」

「機械や亜人、その他諸々を統合した軍――超越理科軍ちょうえつりかぐんの総隊長からです」

「超越理科軍……」


 おそらく、あの裁判にいた自称年配の小学生だろう。


「あの方は機械仕掛けの神と呼ばれる程の機械好き。そこから取り、組織名コードネーム Deus Ex Machinaゼウス・エクス・マキナ様。略して――DEMディーム様でございます」


 組織名コードネーム を伝えられると同時に、俺のバッジからコール音が聞こえてきた。でも不思議だ。直接脳内に響いているような感覚だった。


「えと……どうすればこの電話? に出ることができるんだ?」

「バッジに触れれば繋がりますよ」

「わかった。――わっ!?」

『お、繋がったかのう?』


 バッジから光が放たれる。その光は人の形を型取り、あの時の自称年配小学生の姿がこの病室内に現れた。


『本来ならば直接会って話をしたかったのじゃが、いかんせん総隊長じゃから忙しくてのう。ドイツから繋げさせてもらったわい』

「お忙しい中ありがとうございます」

『まあそう畏る必要はない、楽にせい。むむっ? おやおや、これはこれは。〝現代のシャーロックホームズ〟とこんなところで再び会うとはの〜』


 ニヤニヤとし、嬉しそうな表情を浮かべながらユナをマジマジと見つめるDEMディームさん。


「現代のシャーロックホームズ……?」

「私についたあだ名ですよ。一応私、メイド兼名探偵ですので」

「〝名探偵〟って自分で言うんだな」

「私が解決できなかった事件はないので。……美空様は名探偵の私に知られまいと、私に十日間海外任務を課せてきたのです」

「……策士だな、あいつ」


 ユナの察しがいいのと、なぜ伊集院家でメイドをしていたのに俺が出会わなかったのか、それがやっと理解できた。

 にしても、本当にあいつの意思の硬さはダイヤモンド並みだな。みんなを守ろうとして、自分の秘密をってか。


『その美空……もといシエルを救う為に、お主は試験を受けるのじゃろう? 善は急げじゃ。儂からの試験の内容を早速説明するが、大丈夫か?』

「っ、はい! お願いします!!」

『ガハハッ! よいよい。子供は元気が一番じゃ』

「あはは……」


 なんと言うか、豪快な人っぽいなぁ。『人は見かけによらない』って言葉の擬人化かな?


『儂からの試験、それは……』

「それは……ッ!?」


 唾を飲み込み、喉を鳴らす。


『〝好き勝手に研究をして全く帰ってこないバカ部下を懲らしめろ〟じゃ』

「なんか私怨混じってません?」

『だいぶ混じっておるぞ?』

「さいですか……」


 DEMディームさんはニチャァっと邪悪な笑みを浮かべていた。

 試験は本当にそれでいいのだろうか。


『だが奴――械造かいぞう未来みらいは強いぞ〜? 奴はいずれ、儂と並ぶほどの発明者になると思うからのう』

「気を引き締めていかないといけないってわけですか」

Genauゲナウ(その通りじゃ)。場所はバッジに住所を送るから、それを確認して行くのじゃ。途中から儂からの支援を送らせてもらうから、まあ負けることはないじゃろう』


 最後に、総隊長は質問してくる。


『お前の組織名コードネーム は決めたか?』

「はい。俺の組織名コードネーム は――〝レイニィ〟にします」


 これと言っていい組織名コードネーム が思いつかなかったので、俺は前世の名前を引用することにしたのだ。


『レイニィ、か。いい名じゃな。それじゃあ達者でのう。幸運を』


 それだけ言い残すと、人の形が崩れて総隊長はこの場から姿を消した。

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