第20話
「さぁ〜〜て、駄目押しにもう何発か当てとくかい?」
床に横たわっているマッチョを見下しながら指をポキポキと鳴らしているシエル。ニヤニヤと笑っているのがまた恐ろしい。
「いや、いいよ。人を痛めつける趣味とかないし。……あと走り過ぎて足が痛いから早く帰りたいんだが」
「軟弱だなぁ」
「普通だろうが……」
――その後、組織に所属している人らがやって来て、マッチョは連行された。人殺しはしていないのであまり重い罪にはならないそうだ。
「うー……。それにしても、明日は腰が痛くなりそうだなぁ」
「回復してもらわなかったのか?」
「ただの腰痛で手間を掛けさせるわけにはいかないからねぇ。これぐらいは我慢しなきゃいけないよ」
「その優しさを俺にも分けてほしいなぁ。囮役じゃなかったけど、結局こき使われたんだが?」
「ん〜? はて、何のことやら?」
小首を傾げる伊集院さん。
やれやれと思いながら、俺たちは帰路を辿る。伊集院さんが言っていた『背中を流してあげる』という件は、俺が言うのをすっかり忘れていて、再びシャワーを浴びている最中に後悔することになったのだ。
明日だ。明日の朝、何かしてもらおう。そんなことを思っていたのにもかかわらず……!
「いっててて……! まさかこの体でも腰が痛くなるとは思ってなかったよ……。いや〜、それにしてもキミの背中あったかいねぇ〜」
「なんで俺がお前をおんぶしなきゃいけないんだ!!」
朝早くに伊集院さんから緊急招集と言われ、伊集院さん宅に行くや否や、おんぶを強制させられたのだ。
「いいじゃないか。えちえちなキミにとってはご褒美だろう?」
「えちえちでもないしご褒美でもない! 俺だって足が筋肉痛なんだよ!」
……まあ確かに、背中に押し付けられている柔らかい感触はいいと思ったけれども。
「ほ〜ら、やっぱえちえちじゃないか」
「ち、違うわ!!」
「言い切りたいならそのにやけた顔を何とかしてから言ったらどうだい……」
首筋に伊集院さんの溜息が当たる。歩けないほど腰が痛いならこのまま乗せて行くが、大丈夫なら降りてほしいと切実に思う。
「あ、同じ高校の人だ。なぁ伊集院、そろそろ高校に着くけどどうする? このまま?」
「ボクとキミとの仲を見せつけるのもいいけど、まあ降りることにしよう。よっと」
少ししゃがみ、伊集院さんを背中から降ろす。ぐぐぐと背中を仰け反らせて伸びをしている。
「零紫くんの背中は落ち着ける場所だったねぇ」
「お世辞が上手いことだな。そんじゃ行くか」
「…………別にお世辞じゃないのに」
「ん? 今なんか言ったか?」
「なんでもな〜い」
歩みを進め、校門を通って下駄箱に向かって進む。その間にも、伊集院さんは腰をさすっていた。
「ゔッ! ……痛い……」
「大丈夫か? そんなに痛いのか……?」
「痛いに決まってるだろう! あんだけバンバン(ボールを)打ったのに、更にキミがボク(のホームラン)を求めるからず〜〜っと腰が痛いのさ! もう足腰がガクガクさ!!」
「ッ!?!?」
今伊集院さんがとんでもない爆弾発言を大声で発していた。俺は大体欠けている言葉がわかったが、周りから聞いていれば間違えた解釈してしまうだろう。
やはりと言うべきか、周りはヒソヒソと話し始める。
「え、今のって……」
「バンバン
「付き合ってたのか!?」
「目から血涙が……」
「あの二人そんな関係だったのか!?」
「あァァんまりだァァアァ!!」
「でもまぁ、美男美女でお似合いじゃあねぇの?」
「もう一歩先のステージに行ってるなんて……」
「衝撃の事実発覚ね! 今日の特報よ!」
非常にまずい。只でさえ目立っているのにもかかわらず、これ以上目立ったら学校での俺の居場所が……。
「いっ、伊集院さん! その言い方だと物凄い語弊が生まれる気がするんだが!?」
「語弊〜? ――……あっ」
伊集院さんがさっき言ったことに気がつく。
……言わない方が良かったか? だって俺がこう言う反応をしてしまうと、『こんなことでボクが照れるとでも? そんでもって、そんな解釈をしてしまうキミは本当に変態さんだなぁ』とかなんとか言われそうだと思ったからだ。
一旦息を吐き、伊集院さんの方を見る。
「そ、の……ボクっ……そんなつもりで言ったんじゃ、ないくて……。ち、違うからぁ!!」
顔面はもちろん、耳まで真っ赤にし、空色の眼はぐるぐると回り、潤んで更に青くなっている。声もうわずんでいた。
「――…………へ!?!?」
予想外すぎる反応に、俺は鳩が豆鉄砲を食ったような反応をしてしまう。
伊集院さんにも恥じらいというものがあったのか……。
「う、あぅ……う〜〜!! バカバカ! これも全部キミのせいだ!!」
「なんて横暴な……――ゔっ、首がッ!! デジャヴッ!!」
ガッと胸倉をゆさゆさと揺らされる。今朝食べた食パンとコーンスープが胃の中でワルツを踊っている。
「いいかい!? キミは今日、ボクと一緒にこの高校にいる人全員の記憶を改竄する! 拒否権はないから!!」
「わかった、わかったから! とり、あえず! 揺らすのを、やめてくれぇ!!」
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「……そういえばあんなことあったなぁ」
野球の試合をボーっと眺めながら、ポツリと呟く。
伊集院さんはよく俺をからかってくる。その時全然照れはしないが、失態を犯すとめちゃくちゃ照れるのだ。
〝ギャップ萌え〟というやつだろうか。あの時の伊集院さんはなんだかとても可愛らしいとか思ったりしている。ま、こんなことは本人の前では絶対に言わないけれどな。
「でも、いないんだよなぁ……」
今は、いない。
あの時の笑顔や、照れた表情も見ることはできない。だから取り戻してやる。
再び覚悟を決めた昼下がりであった。
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