第16話

 思い出している魔術は初級の物ばかり。悪魔との戦いで破壊魔術を使っていた気がするけれど、その時の記憶がないから相変わらず破壊魔術は一つしか使えない。


「殺す気で来いよ、零紫。何でもありだから、魔術とか遠慮なく使えよ?」

「父さんもうっかり死なないように気をつけろ!」


 【身体能力強化】を発動させ、【強靭化】を剣に付与した後に大地を蹴り、父さんに向かって走る。間合いに入った途端、剣を上から下に振るう。

 父さんは冷静に刀で応戦し、金属音とともに火花が散る。それを弾き、再び振り、弾きを繰り返す。何度も耳に金属音が響き、火花で眼はチカチカする。


「ほいっ」

「ッ!!」


 軽々と父さんが刀を振るってきたが、相当重い一撃だったので少し押される。

 その一瞬の隙を見逃さず、父さんは横に一薙する。賺さずしゃがみ地面に手を付けるが、そこから父さんの顎に向けてローキックをする。父さんはたやすく避け、足を掴もうとする。


「キックは隙が生まれやすいんだぞ?」

「それはどうかなッ!」


 父さんの髪が勢いよく揺れ、俺の足が父さんの手から離れる。

 予め俺の足に風魔術の魔法陣を構築しており、それを発動させることで掴まれることを回避したのだ。

 その風魔術はまだ止まることがないので、手を軸にして回転――ブレイクダンスを行い、両足で打撃を加える。


「ふっ!!」


 姿勢を元に戻しながら連撃を続け、最後には渾身の蹴りを父さんに入れる。数歩分だけ父さんは後ろに下がる。

 ぶっ飛んでも良いぐらいの力を入れたのに、全然飛ばなかった。


「すごいな零紫。ダンスをここで活用するとは。それに剣道なんか習ってなかったのに、なんでそんなに良い筋なんだ?」

「〝剣は魂で握る物〟だ。前世の魂があるから多分それが覚えてる……と推測する」

「魂は覚えていても、身体がまだ付いてこないんじゃないかッ!?」

「ぐっ……!」


 再び剣と刀が重なり、鈍い音が響く。そしてギリギリと刀を押し付け合う。


「なあ零紫、本当に諦めてくれないのか? お前が傷つく姿は見たくないんだ」

「っ……! これは俺が進みたい道なんだ! 応援してくれよ!!」

「自分の子供が死ぬかもしれない道を応援する父親なんてどこにいる! このままだと俺や紫保と同じような道を辿ることになるんだよ!!」


 一旦、お互いに距離を取る。父さんは刀を鞘に収め、裾をめくり、手のひらをこちらに向けてきた。


「零紫が諦めないってことはよくわかった……。だから、この試験には落ちてもらう。本気で潰すぞ……!」

「なっ……なんだ!?」


 父さんの腕が紅く光りだし、煙もモクモクとそこから出始める。


「こっちには瀕死になっても蘇生してもらえる優秀な人材がいるんだ……。だから、遠慮はしないぞ」

「ッ!」


 兎に角、今から父さんがやろうとしていることはヤバい。何かわからないけど、本能が言っていた。


「〝神成火式かんなりかしき火之迦具土神ヒノカグツチ〟」


 刹那、父さんの手のひらから螺旋状の豪炎が吹き出る。その炎は地面に張っている水を蒸発させ、辺りの気温を一気に上げていた。

 俺は炎に包まれる前に、【縮地しゅくち】という足の能力を爆上げさせる魔術を使い、危機一髪で回避した。


「いっ、て……!」


 いかんせん平凡の人の身体。俺の足はミシミシと軋んでいて、痛みが増して行く。


「ごめん、零紫」

「ガハッ……」


 俺の【縮地】と同じくらい、いや、それより速いスピードで俺の前まで移動してくる父さん。そして俺の腹に鳩尾みぞおちを殴られ、数メートル吹っ飛ばされる。

 父さんは本当に人間をやめてるみたいだ。


「くっ……ゔぅ……!!」


 そっちが本気なら……こっちも一気に終わらせてやる。こっちにもがあるんだ。

 ……それを行うのは、父さんの死角に入った時。それもだ。なんせ父さんは二回目で油断しやすいからである。

 だから、今出せる全力を振り絞る!


 【縮地】を再び発動させ、父さんの背後に一瞬で移動する。腕を魔術でさらに強化。そこに回転を足して剣を叩きつける。

 父さんは後ろを振り返ることなく、刀を後ろに持ってきてガードをする。


「くそっ……!」


 もっと速く!

 その後は【縮地】を連続で使い、父さんに向かって剣を振るい続けるが、全て刀でガードされる。

 刀を片手で持ち、再び腕が紅く光りだす。


(チャンスだッ!)

「っ!」


 水系統の魔術を使う。俺の手から放出された多量の水が、紅く輝きだした腕に接触して辺りが蒸気に包まれる。

 これでだ。


「『俺や紫保のような道を進む』とか言ってたかど、俺は鼻からそんな道進むつもりはないんだよ! 俺は死なない、それで大事な人も救ってみせる!!」


 俺は父さんの頭上から叫ぶ。

 ジャンプして上に飛んだのだ。そして落下したまま剣を振り下ろし、父さんの刀と衝突する。


「ッ! それでも、お前を危険な目に合わせたくないんだ!!」


 父さんがそう言うと、ガッと俺の足首を掴んでそのまま地面に叩きつけられる。大きな水柱ができ、父さんの死角になった。

 だ……!



###



 心がすごく痛かった。

 我が子をこうな風に痛めつけるなんて、親失格だろう。だが、それぐらい零紫をこちら側に来させたくないのだ。

 あの時、紫保を失った時のような絶望は二度と味わいたくないんだ。

 ――あの日から、自分を信じられなくなっている。


「――父さんの諦めが悪いのは……承知の上だ! だから、この試験で合格してみせる!!」


 目の前の水の柱の中から声が聞こえる。

 水が地に落ち始め、柱の中から中腰で右腕を引いて構えている零紫の姿があった。

 だが――歯に紫色の欠片を挟んでいて、笑っているように見えた。首につけていたネックレスの宝石だろう。

 それを噛み砕き飲み込むと同時に、右眼の下あたりに紫色に光る線が現れる。その線は右腕にまで広がって行く。

 その姿はまるで――。


「紫保……」


 今は亡き俺の妻の生き写しのようだった。

 落ちる無数の雫と、零紫の紫色に光る拳がスローに見えるが、俺は動けない。

 動きたくないと思った。


 俺は避けることなく、その拳を腹で受け取った。

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