八冊目 ラメルノエリキサ その一

『わたし、吾子嗣ミキミキは、五歳の頃、現○○○高等学校所属同クラス、一年三組水乃戸亜以さまが大切にしていたジャック・オー・ランタンを無理やりに奪い、挙げ句壊してしまった罪で、現在こうして罰を実行中です。服役中なのです。イジメと勘違いされる生徒先生方もいらっしゃるでしょうが、大丈夫です。問題ありません。気にしないで下さい』


「ねえ、いい加減それ外してくれない?」

 お昼休み。いつもの席でいつもの面子。

 夢々ちゃんはいない。今日は今のところ、もっちさんと舞さん学校をサボっていないらしい。

 目の前に座る人物は、トントン、と自分の首に掛かった美術用のスケッチブックを指で差し示した。そして後半に書かれた文言に円を描くようにする。


『大丈夫です。問題ありません。気にしないで下さい』


「私が気にするの! 恥ずかしいの!」

 ガタンと机に手を付き、立ち上がった。そんな私を上目遣いで見上げて、ようやく彼女、吾子嗣ミキミキは口を開いた。

「ふ、ふふふふ、ふふ……わたしは例え、倒れてもタダでは起き上がらないわ。起こせよ二次被害。死なばもろとも。全てを巻き込みわたしも沈むの。ふ、ふふふふ、ふふ……」

「はあ」

 盛大にため息をついた。そっと席に座り直す。

 反省の欠片もなかった。

 そんな私を見て、妹がどうでもよさそうに言う。

「やっぱ池沈めとく?」

 そうだね。チャンスがあったらね。とりあえずそこにある中庭の池でいいかな。


 これには一応の原因がある。どうでもいい理由だ。いいって言ったのに、妹が面白がって実行したというしょうもない理由だ。

 美術の授業で使用するスケッチブックの左右に紐を引っ掛けての無駄遣い。

 正直昨日の騒ぎ事態、もう完全にミキミキに取って罰と言い換えても問題ないくらいだと私は思っていた(現にもしも、立場が逆で私が犯人だったなら恥ずかしくって翌日から学校来てない)。土下座こそ再度実行しなかったものの、ミキミキは本当に制服の上から罪状ぶら下げて学校を歩き回った。

 朝からお昼まで、その姿のまま、なんてことない顔で今まで過ごしている。

 しかも当初は、

『わたし、吾子嗣ミキミキは、亜以の大切にしていたジャック・オー・ランタンを無理やりに奪い、壊してしまった罪で、現在こうして罰を実行中です』

 だけだったのが、ミキミキ自らどんどん情報を書き足していったのだった。

 恥の喧伝である。

 死なばもろとも精神を実行しているらしい。

 同級生に声を掛けられても「いいの。気にしないで」なんて言ってるから余計にタチ悪い。噂が噂を呼んで何事かみたいな雰囲気になっている。

 やったことは酷いと思うけど、五歳の頃の事を根に持ってこんなことやる奴ってのは一体どんな奴なんだ? みたいな感じでうちの教室まで覗きに来る同級生たち。勘弁してほしい。

 ちなみに、昨日の私の探偵染みた行為と、今日のこの行為のせいで、一年生間での私のあだ名はめでたく(?)『メルカトル亜以』に決まったらしい。クラスメイトから先ほど聞いたことだ。

 曰く、酷いことする探偵と言えばメルカトル鮎をもって他にないでしょうとのこと。名誉なんだか不名誉なんだか……。どうなってんだろう、この学校の読書家の割合。ドラマ放映していた貴族探偵ならともかくメルカトルって。麻耶雄嵩なんて読書家の中でも好き嫌いはっきり別れる作家でしょうに。

 世の中読書する人はあんまりいないと思っていたけれど、どうやらこの学校はそうじゃないらしかった。

 もしかしたら私、卒業する頃には同級生全員と友だちになっているかもしれない。


「改めてごめんなさい」

 ぺこりと頭を下げられた。

「いいけどさ」

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