七冊目 どちらかが彼女を殺した。 その四

 証拠。犯人。ね。


 って、言ったって十年も前のことだしなあ。割と細部まで思い出せている自信はあるのだが、指摘されるとなんとも言えないものがある。記憶は塗り替えられる。なるほど正しい。けれど、私と夢々ちゃんが会話しているときのあの様子を思い返してみると、ミキミキだって自分の中で思い当たる節があったから、ああも悩んでいたんじゃないだろうか。だから始終様子がおかしかった。

 白夜行、永遠の仔、友罪、そして秘密。

 過去に犯した罪――秘密――を隠し通そうとする者への糾弾。

 ミキミキにとって、彼女――夢々ちゃんは悪魔にも死神にも見えたんじゃないかな。幼馴染は過去からの刺客だった。なんてね。

 ミキミキは立ち上がってパタパタと自身のスカートを払い始めた。表情は晴れやかなそれ。ぐっと伸びをし、心配ごとは消え去ったと言わんばかりだ。

 悪戯心が芽生える。

 鎌掛けてみようか。

 鎖鎌だけに。

 面白くもない冗談を頭に浮かべつつ、私は肩をすくめてみせた。

「ふう。わかったわかった。もういいよ。なにせ昔のことだしね。今更だよ」

 この言葉にぴくっ、とミキミキが反応する。

 え? いいの? みたいな、嬉しそうな顔。にんまりしてる。その表情に私は心の中でにやりと笑う。

「はあ。それにしても、意外だったなあ~。まさかねえ。私と双子たちが小さい頃に会っていたなんてね~。あのときの二人が、まさかまさか目の前の二人だったなんてね~」

「だねー。言われてみれば、そんなことしてたかも。戦争ごっこかあ。やったかなあ?」

 私はわざと大袈裟に喋った。ミキも会話に乗っかってきてくれる。

 当時を思い出しているのか、天井を見上げて話すミキ。

 私は多少の不自然さを自覚しながらも、話を逸らしてみることにする。

「舞さんだっけ? あともっちさんに夢々ちゃん。あの一緒に遊んだ三人がこんな感じのギャルに成長してるなんてねえ……もっちさんもよく分かったなあ、私のこと。

 たしかに一人、私のこと追い掛けてきた子がいたけれど、それにしても十年も前だもん。顔なんてよく分かったなあ。ねえ?」

 話をミキミキに振った。

 彼女は柔らかく微笑み、遠い目をする。

「そうね。こっちもびっくり。まさか、あの泣き虫眼鏡っ娘が亜以だったなんてね」


「はいちょっと待ったストップ」


「?」

 ミキミキが、どうしたの? と顔で語り掛けてきた。

 なんだかんだ言っても彼女は聡い。今の一瞬で己がすでにけっこうな墓穴を掘ってしまったことには気が付いているだろう。

 その証拠に、汗がまた、つ、と頬を伝った。

「……どうして私が眼鏡掛けてたこと知ってるの?」

 私は読書好きが祟ったのか、子供の頃から視力が悪かった。今はコンタクトだ。中学二年の頃にはもうコンタクトになっていた。眼鏡はそれ以前のお話。私は二人に出会ってからそんなこと一言も口にしていないし、実際に眼鏡を掛けてもいない。語った話の中でも、それと分からなかったはずだ。

 意識してそう喋っていたわけではない。偶然だ。重要ではなかったから。

 相当気をつけて話に耳を傾けていれば、分かったかもしれないが……。

 具体的に眼鏡を掛けていたと喋ったわけではない。

 恐らく、彼女は知っていた。

「えっと……カボチャから、見えたから……」

「見えるはずないよね。カボチャですっぽり頭覆ってたんだし、それに十月終わり、夕方でもうほとんど真っ暗だったんだもんね? 視界は最悪だったよね? カボチャの奥で掛けてた私の眼鏡なんて見えるはずがないよね?」

 された指摘を立て続けにそのまんま返してやる。

 ミキミキはあはとかえへとか曖昧に笑った後、

「そ、そこまで暗くはな、な、なかったかもしれないし……」

 自説をひっくり返すようなことをごにょごにょ言い、足の爪先をもじもじさせた。

「は? よく聞こえなかったんだけど」

「ふぃぎゅっ」

 詰め寄ったら変な声で鳴いた。背は私の方が低い。自然、見上げる形になる。表情は今にも泣きそうだ。

 だけどまだまだ弱い。またひっくり返されないよう補足補足だ。

「それに、私の眼鏡大きめの縁無しだったし、ジャック・オー・ランタンの穴からじゃあ、透明なレンズしか見えないと思うよ? 暗い中じゃあ、中までは見通せないんじゃないかなあ? ねえ?」

「えと、えと、その、違くって」

 まあ、当時掛けていた眼鏡なんてもう残ってないし、そんな詳細に覚えていないんだけど。掛けた鎌にバレにくい範囲で虚実織り交ぜているだけである。

 横では私の狙いにやっとこ気づいたのか、妹が口元を両手で覆っていた。下手に何かを口にしたらマズいと悟ったらしい。

 どうでもいい。気にせず続ける。

 仕上げだ。

「あの日、私は一日中、私とお母さんが一緒に一生懸命時間を掛けて作ったジャック・オー・ランタンを被っていた。暗い中で。視界も悪かった。

 そんな中、山の麓まで下りた私がジャック・オー・ランタンを外したのは一度だけ。頭を包帯で覆っていた双子姉妹のどちらかに無理やり引っ剥がされたその一度だけ。

 私はジャック・オー・ランタンを取られた後は泣いた自分の顔を見られたくなくって、すぐに顔を覆ってしまった。実際タートルネックの子、双子の片方は私の後ろにいた。他の三人は玄関先から離れた場所で花火で遊んでいた。私の顔を確認できるような時間は無かったと言ってもいいはず。だって私はすぐにその場から逃げ出したから。

 けれど、その一瞬だけでも、私の顔をちゃんと確認できた人物が一人だけいた。

 そう、真正面にいたからこそ見えた子がいた。

 その人物こそ、私とお母さんが一生懸命に時間を掛けて作ったジャック・オー・ランタンを無理やり引っ剥がして壊してしまった犯人であり、双子姉妹の片割れでもあった


 ――つまり、あなたね。双子のお姉ちゃん。吾子嗣ミキミキ」


 指を突きつけた。

 ま、正確にはもう一人いたんだけど。

 私のことを一人追い掛けていたおかっぱ娘。同じチームにいたあの子。たぶん、あれがもっちさんだろう。だから記憶力の良い彼女は真っ先に私に気がついたのだ。

 彼女が私の見た目を喋って、友人間で情報共有をしていたら通用しない手だと思っていたが……この様子を見た感じ、どうやらそれはなかったらしい。

 今更もっちさんに聞いていたと言っても遅い。

 ミキミキは思い詰めていて、もっちさんは心に引っ掛かっていて、二人とも話さずそのままだったんだろう。以降、ほとんど話題に出すこともなく、過ぎ去った過去の一つとして思い出になっていたんじゃなかろうか。

 それが今、蘇っただけのお話だ。過去から今へと。十年越しに。

「あ、あ、あ……」

 ミキミキはおかしな呻き声を上げて後退る。後退しようとして、己を取り囲む人垣に今更ながら気付いたらしい。

 二三歩動いたところで何か思いついたのか、彼女は大声で叫んだ。

「そ、そう! もっちが犯人だって可能性もあるわ! だってあの子は亜以を見た瞬間、あなただって気づいていたもの! 亜以の顔を見ている子はもう一人いたのよ!」

 苦し紛れだ。さっきまで双子のどちらかだと自分で認めていたのに、それをまたひっくり返そうとしている。なんだってまた。

 それに、その指摘には呼び方の問題がある。あーちゃん呼び。私のカボチャを壊した包帯女はたしかにそう呼ばれていた。

 丘羽もっち。仮に、彼女があだ名で呼ばれていたとしてももーちゃんになるだろう。名字ならばおーちゃんだ。あを冠する文字はどこにもない。

 それを説明出来ないことには……って、ああ……。

 いつの間にか出来ていた私たちを囲むクラスメイトたちの輪から、二人の、髪を巻いたド派手なギャルが進み出ていた。後ろにいるミキミキはまだ彼女たちに気付いていない。

 その中の一人――もっちさんが、ぽん、とミキミキの肩に手を置いた。

 ミキミキが振り返った。びくっと肩が揺れる。表情はこちらからじゃ伺いしれない。

「ど、どうしてここに。サボったんじゃ……」

「みーちゃんがさっきラインでねー? 学校サボっちゃダメだってー。二人揃ってお説教されちゃったー。あははー」

 背の高いギャル――彼女が舞さんだろう――が、ミキの肩に腕を回していた。

「持つべき者はなんとやらだね。わかったわかった。もう学校サボらないよーって説得されてさ。ま、帰ってみたら超面白いことになってたから戻ってきて正解だったけど」

 ミキは嫌そうに腕を振り払おうとしたが、体格差がどうにもならず、されるがままになっている。

 そういえば。

 先ほどミキがやけに熱心にスマホをぽちぽちやっていたが、あれはゲームをやっていたわけじゃなかったんだ。二人を学校に呼び戻していた。

 二人に幼馴染として説教していたらしい。

「あーちゃんはあーちゃんしかいないよー? ね? あーちゃん?」

 決定打となる一言をもっちさんが告げる。

 ずっと見ていたのだろうか。ここまでの話を、全て理解っているとでも言うように。何でもない口調だった。


 あーちゃん――吾子嗣ミキミキの慟哭が教室に響いた。

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