八冊目 ラメルノエリキサ その二

「いいけどさ」


 ていうかねー。昨日、絶対後半楽しんでたでしょー。いくらなんでも途中からオーバーだったもん。最後のとかなにあれ。あの、映画容疑者Xの献身の堤真一さんばりの慟哭。もっちさんが戻って来ることもひょっとしてあらかじめ知っていたんじゃないの。

 机の配置的にさ。私と夢々ちゃんがじっと見つめてたとき、横に視線逸らしてたけど、あれ隣に座るミキのスマホの画面見てたでしょ、絶対。それで私の指摘に二三歩後退って、人垣に今気付きました風を装い、その人垣の中に、背の高いひときわ目立つギャル――舞さんがいることを確認し、最後、分かっててあんな馬鹿らしい小芝居をした。もっちさんも一緒にいるだろうと予測し、話のオチを付けるためにわざとやった。私の指摘に、もうこれ以上逃れられないって自覚した上で最後ちょっとだけふざけてみた。

 ……これももうどうでもいいけれど。

「今日はずいぶん普通……ていうより質素なお弁当だね」

 改めてミキミキのお弁当を見た。ご飯に梅干し一つ、山菜のおひたし、煮豆、漬物、以上。普段の彼女のお弁当からは考えられないほどにまともなメニューと言いたくなるが、女子高生のお弁当にしては華がない。肉どころか魚すらない。

「反省の意を示しているの。精進料理よ」

 反省と精進の意味を辞書で引いてみてはどうだろう?

 ……うん?

『すっきりするものが読みたい』

 気付けばスケッチブックに書いてある文言が変わっていた。いつの間に。

「すっきりするもの?」

「? なにか言った?」

「いや、それ」

 姉が首を傾げてみせたので、スケッチブックを指で示す。

「ふふ、なにを言っているのかしらね。今のわたしが亜以に何かをお願いできる立場にあると思って?」

 大仰な動作で肩をすくめてみせた。……面倒くさいな。

 口ではこんなこと言いつつも、何かリクエストされているらしかった。私たちの間柄的に、小説以外にないだろう。なんだってスケッチブックで。

「すっきりするものって? 例えば? すっきりにも色々あるじゃん」

 バトロワだって、タイムリープだって、漫才だって、ミステリだってすっきりするだろう。本人の感じ方次第だ。

「はあ~。わたしもなんか昨日で気疲れしちゃったなー。亜以のせいで。すかっとするやつ読みたいかも。なんか書いてよ」

 妹の方も乗っかってきた。書いてよってね。言うほど私のせいか?

 ミキの今日のお弁当は、今日も今日とてカツ丼だった。見ていて安心してしまう。いつだかのシチューよりは。私の視線を感じてか、ミキがカツを一切れ持ち上げてみせた。

「四月も最終日だからね。途中で寄り道こいたけど今日で一周。コンビニ、王道セブンのカツ丼なんだ。なんだかんだ美味いよ、やっぱり」

「へえ」

 一周ってなんだろう。まあいいや。あまり興味ない。

 すっきりとすかっと。

 意味することは同じようで違く思える。すっきりは謎が解けたことに対する感想で、すかっとは嫌な奴を懲らしめてやった時に出てくる感想だ。無論、私の中ではね。

 それが両方満たされる小説ジャンルとなると――


「復讐もの!」

「復讐もの!」


 悩む私の思考を双子姉妹の声が打ち切った。

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