第3話【Y&S】喘ぎ声一つ有るだけでエロさが増すか?

 検証:↓ ↓ ↓



 これは俺の経験則だが。

 男は激務に忙殺されると二極化する。

 周囲に興味を示す気力も失せてただ眠るだけの生きる屍となるか、溜め過ぎたものを吐き出すように荒ぶる性欲をぶつけるか。

 コイツは暗い見た目の割に優男だから前者だと思っていたが、実は違うらしい。

 このムッツリめ。

 まぁ、俺も暫く会えないせいであざとい事をしたから文句は言えないんだがな。


 ◆ ◆ ◆


 現在22時45分。

「おいおい、今日も遅いのか?ここひと月、連絡も寄越さねぇから思わず生存確認しに来ちまったじゃねぇかよ……」

 アイツの自宅マンションの駐車場で明かりの消えたままの部屋を見上げては独り言ちる。


『来週から忙しくなるので暫く相手に出来ませんが拗ねないように』


 相変わらずの生意気な上から目線でそうのたまってから、ウザいくらいに来ていた連絡が実際にパタリと止んだんだ。そりゃ心配もするだろうが。

 あと三十分、いや一時間待っても帰宅しなければ諦めて帰ることにしよう。

 はぁ、俺ってチョロすぎ。


 結局、零時を過ぎた頃にタクシーを降りてふらつく足取りでエントランスに向かうアイツ。

 まさかの酔っぱらい?

 いや、ザルだから有り得ねぇな。

 あー、あー、大丈夫かよ、ちゃんと寝てんのか?

 どうすっかな、俺が行ったら無理してでも起きてそうだな。しっかり休ませたいし、ここは中に入るのを見届けて帰るとする―――。

 んん?動きが止まった。

 うわ、こっち向いた。

 くる、来る、ずんずん来る、こわっ!

 眼鏡をくいっと上げて、コンコン、と運転席の窓を叩く。

 ひえぇぇぇ!

 従うように開けると、

「すみません、いつも居るかどうか確認するのに今日に限ってうっかり見落とすところでした。あまり時間はないけど上がってください」

 ―――こんな時でも、何でそんな台詞をしれっと吐けるんだろうな、コイツは。

 内心、喜び勇んでついていけば、疲れのせいか人目も憚らず(運良く誰も居ないが)エレベーターでまさかの向かい合わせで寄りかかるし、自室を通り過ぎて隣の部屋を開けようとするし。

 これ、だいぶヤべーんじゃねぇの?


「散らかり様は目を瞑ってください」

 そう言うだけあって、カゴに溜まりっ放しの洗濯物に加えて脱ぎ散らかした衣服がソファに三組、床に一組、そして今まさに脱ぎたてホカホカが寝室とリビングの間に産み落とされようとしている。

 台所だけは手つかずの綺麗さを保っているという事は外食産業に貢献し尽くしてるのだろうか。

「お前さぁ、ちゃんと食って寝てんの?」

 お節介だが聞かずには居られない。

「他のメンツとコンビニ飯を会社でとってます。昨日は帰宅して三時間ほど寝ました。今日は大詰めなのでシャワーを浴びて着替えたらまた出ます。その前に……」

 眼鏡をずり上げて目頭を押さえながら近付き、きゅっと抱きついて耳元で力なく囁く。

「元気をチャージさせてください」


 何だかなぁ、分かっちゃいるけど、こういう時の無力感って本当にやり切れないよなぁ。

「おっさんから力奪うなよ、枯れちまうだろ?」

 フフフ、とかかる息が擽ったい。

「全てが終わったらフル充電のためにガンガン注入してあげますから、今日だけは許して」

 ヘロヘロな身体で何をほざくのか。

 いっその事、その減らない口を塞いでやろうか?

「ほら、時間ねぇんだろ、早く支度しろ。会社まで送ってやるから少しでも休め」

「ありがとうございます、お言葉に甘えてそうします、ちゅっ。片付けは後でやるんで放っといて大丈夫ですから、ちゅちゅっ」

 コイツ、人の心配を余所にドサクサに紛れてちゅーしやがった。

 ちっ、先を越されたが仕方ねぇ、許してやろう。


 寝室で着替えを選んでいる間に、リビングに散らかした服を色柄別にソファへと集める。次に、先刻まで着ていたシャツとカーゴパンツ、靴下を拾いにコイツの背後で腰を屈めたその時―――。

「うおっ!バカ、急に後ろから抱きつくな、つんのめるだろうが!ちょ、こら押すなって……わわっ、ぼふ!」

 ベッドへうつ伏せに押さえつけられ体重がかかる。

 ガバっと捲り上げられたトップスを追うように背筋を指が伝い、柔らかな唇が触れ始める。

「あふぅぅ……お、おいーっ!そんな暇があったら早くシャワー浴びに行けっつーの……うぎゃっ!うなじ舐めんな……んむぐ!」

 うるさいと言わんばかりに後ろから無言で口を塞ぎにかかり、これ以上ない激しさで舌が絡んでくる。


 うわぁー、いつになく強引。

 いつの間にかジーンズも脱がされてるし。

 下着越しだった何かが当たってきて、撫でられて擦られてはあれこれ握られて、いつもより掻き回されてる気がする。

「ん……う、あっ……んく…」

 気持ちいいけど丁寧さに欠けてちょっと乱暴。

 常に優しく甘い言葉を囁きながらの〈きゃっきゃうふふ〉とは異なる、オスみ1000%の全力のゴリ押し。欲でねじ伏せる以外は頭にない、単純明快な扱い。


 偏屈オレ様なところが有るからある程度予想はしてたが、いざこういう一面を目の当たりにすると…。

 やべぇー、癖になりそうだな。

 しかし、俺が男じゃなかったら大問題だぞ。

 いや、男同士でもダメなものはダメだな、しっかり取れよ性的同意。

 俺は傍らでこれみよがしにケツを突き出して服を拾ったから完全同意だけどな。

 だって、そんなに遠くない距離に住んでるのに、ひと月も顔を合わせずに居たら寂しくもなるだろ?

 そんなのは俺だけか?


 さて、このままでは首も痛くなるし、背中ばかり攻められるのでは全く足りないので頃合いを見て仰向けになる。

 おほ〜!

 いつの間にそんな技を覚えたのか、触れ合う全てがちょっとした動きで悦楽に変わる。

「はぁ………ん、ふふ……」

 こら、伸し掛かんなよ、重いし、色々潰れるわ。

 でも顔が見える安心感、断然この方がいい。

 この重みはコイツの愛の重みだし、伝わる熱量もあらゆる表情も逃したくないし、何よりたくさんのキスが出来る。あんなのからこんなのまで、な。

 あー、何だよ、まだ眼鏡掛けたままかよ。

 邪魔くさいから外したれ。

 俺って気が利くなぁ、ほらよっと。


 はらりと落ちる前髪を退かして待望の蕩ける満載キスがほてる身体の体温を更に上げていく。


 ―――筈なのに、いつまで経ってもやってこない。

 目の前にあるのは戸惑いの顔で固まるコイツだけ。

「んふぅ……どうしたよ、時間ねぇんだろ?なぁ、止めねぇで進めろよ」

 先を促しても首を横に振るだけ。終いには、

「……オレ、何してんだ……すみません」

 と苦しげに呟いてベッドから滑り落ちて座り込んでしまった。

「いやいや、謝る理由が分からねえし、こっちはイカされる気満々で誘ったんだから互いに収まりつかないをどうにかするのが先だろ。ほれほれ、来なさいよ」

 こちらも床に降りて目線を合わせるように近付き、首に腕をまわしてお強請ねだりをするが。

「そう……だとしても、始めに確認もせず強引に進めるのは間違ってる」


 あらら、相変わらず融通がきかねぇな。

 確かに毎回聞いてくるんだよな、いい雰囲気になりながらも、コイツは。

 たが、そのクソ真面目さも惹かれた要因である俺はそう言われたら反論出来ないのだ、ズルい奴め。

「仕方ねぇな、続きは後に取っといてやるから頭諸々冷やしてこい」

 そう促すと、済まなそうに微笑んでベッドからタオルケットを引っ張って俺を包み込む。

「今回の仕事、15時には決着つくんで改めて会ってください。その時はこれまでの分以上に余すところなく愛し尽くしますから」

 そう言ってひとつキスを残して浴室へと消えていく。

 俺のツボを完全に押さえた行動に、ただただ脱帽。


 ―――そうか、お預けか。

 しゃーないわな、これだけして貰えただけでも十分だと思わねぇとな。

 明日の夜かぁ、待ち遠しいなぁ。

 アイツが定時退社するとして俺は早番だから19時には着く。飯を食って片付けて茶を飲んで21時。それからまったりしながら次の日を迎える―――ムフフ。

 あっ、そういえば俺、今週早番じゃねぇか!

 次の日が遅番だったら午前中ゆっくりと出来たのに、何でそんなシフト組んだんだ、先々週の俺!


 アイツの匂いに包まれて独り悶々としながら、先程のやり取りを思い出す。


『確認もせずに強引に進めるのは――』

 そんな事を言う奴がこの世に居るなんてな。

 あれだけ進めばヤリきるだろ、普通。

 これまでのヤツは大概そうだったし、逆の立場なら、疲れて精神的に麻痺した状態で相手のことなど無視してイクところまで行き着くよな。


 ―――何だかなぁ〜、も〜、ちょっと〜。

 嬉しくて恥ずかしくて涙出そうなんだけど!!

 捌け口にしないで途中で気付いて止めるとか、それだけ大切に思ってくれてるって事だろ?!

 愛されてんだよな、俺?

 そういう事だよな、違うか?!

「へ……へっぷしょん!」

 やべぇ、こっちも身支度整えて準備しねぇと。

 風邪なんてひいたら全てが台無しになっちまう。

 それだけは避けなければ!

 さて、暇だから埃っぽい床にワイパーでも掛けてやるか。こっそり気付かぬ程度にしとかねぇと怒るからな、アイツ。


「放置して構わない、と言ったのにどうして片付けなんてするんですか?」

「そんな事されると、愛しさの余り今この瞬間から一緒に暮らしたくなるでしょう?」

「今すぐ探しますよ、物件、即決しますよ、いいですね?」


 いいからお前は速やかに出社しろ!


 ◆ ◆ ◆


 結論:置きどころにもよるけど、なんかイケそう?


 ◆ ◆ ◆


【おまけ】

「え、ワイシャツ?スーツ着んの?マジで?」


「ハズレくじを引きまして、営業に同席しなきゃいけないんで、一応……」

「バカばか、それは大当りだろ!写メ撮らせろ」


「……いや、時間ないんで車を出してください」

「三枚撮るだけだから、ほらそこに立て、急げ!」


「嫌です、行きますよ」

「待て、待て、待てって!いつもチノパンとかパーカーとか、下手すりゃジャージのラフスタイルSEさんよぉ、キチッとモードを収めてぇんだよ、頼むよ!」


「ジャージはない。はぁ……だったら、改めて来た時にこれでもかと魅せつけてやりますよ。あなたから貰ったネクタイを締めてね」

「うわおぅ!ならば待つ!」


「緩めたネクタイでどこを縛って欲しいか考えといてくださいね」

「……いや、俺はそういう趣味ないんで、やめて」


「遠慮なく申し付けてくださいよ、眼隠しでも腕でもアソコでもお好きなところを締め上げてあげますから」

「お前、眼がやべぇって……背筋がゾワゾワするからそこまでにしとけって、な?ほら、行くぞ!」


「組み合った互いの手を縛ったままで繋がるってのもいいですかね?」

「こわい、コワい、怖い!頭、オカしいぞお前!」


「しー、近所迷惑になるので口を塞ぎ合いながら車まで行きましょう」

「や……やーめーろーっ!」(←小声)


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