最終話:可愛い人

 約束の土曜日。待ち合わせ場所に彼女らしき人を見つけた瞬間、激しい緊張感が襲ってきて思わず足を止めてしまう。深呼吸をして、彼女に近づく。彼女は俺に気づくと、ぎこちなく笑って手を振った。彼女も緊張しているのだろうか。


「森っち、やほ」


「……おう。こんにちは」


「……」


「……」


 沈黙が流れる。やはり俺から切り出すべきだろうと思い「あのさ」と話を切り出そうとすると、彼女と声が重なった。お互いに譲り合い、どちらからともなく笑い合う。


「なんか、こういうの良くあるよね。恋愛物のドラマとかでさ」


「……そうだな。俺から呼び出したんだし、俺から先に言っていい?」


「うん」


「ありがとう。じゃあ、言うね」


 深呼吸をして、速る鼓動を抑えて言葉を紡ぐ。


「前にさ、俺、日向さんのこと好きって言ったじゃん?」


「……うん」


「あの時は本当に、何気無くぽろっと言ってしまっただけで、特別な意味はなかったんだ。けど……あれ以来、ずっとあんたのこと考えててさ」


「……あたしも、最近ずっと、森っちのこと考えてる」


「最初は特別な意味はなかった。けど今は違う。だからさ、日向さん……俺と、付き合わん?」


 言い方が軽かっただろうか。もっと良い言い方はなかっただろうか。思考がぐるぐる巡る。彼女はどんな顔をしているのだろう。見れない。


「……あたしも最初はよく分かんなかったけど、今ははっきりと分かるよ。森っちのこと好き。恋愛的な意味で。森っちが他の女の子と仲良くしてるとむかーってするもん。好きって言った癖に何よー! って」


「あれは……なんかほんと、すまんかった」


「良いよー。あれのおかげであたし、森っちのこと意識し始めたし。それまでなーんも気にしてなかったのに。単純すぎてウケる」


 そう笑ったあと彼女はふうと一息付いてこう言った。


「今からあたしは、森っち——の彼女ってことで良いんだよね」


「……」


「あれ。聞いてる?」


 彼女の声で下の名前で呼ばれた。それだけで胸が高鳴る。こんなの初めてだ。


「……俺も、夏美——って、呼べば良い?」


「……」


「おーい」


「……好きな人から下の名前で呼ばれるって、なんか、破壊力すげぇな」


「夏美」


「うっ……」


「なーつーみ」


「も、もー! 揶揄ってるでしょ!」


「はははっ。ごめんごめん」


 俺のことを可愛いと、彼女は言ってくれる。だけど、俺よりも彼女の方がよっぽど可愛いと思う。

 それを伝えると、彼女は顔を真っ赤にしながら「雨音の方が可愛い」と反論する。それからしばらくお互いに、お互いの方が可愛いと言い合って、どちらからともなく笑い合った。

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ただ可愛いと言われたいだけ 三郎 @sabu_saburou

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