第47話 最初の晩餐

 

 ◇◇◇



 ──ズドォォォォン……




 戦況を確認するため陣地の前縁まで出ていた第二大隊長のラッシュは、後方で轟いた爆発音に振り返る。見れば陣地からは土煙が上り、続いて土石混じりの熱風が彼の元を吹き抜けた。




(ッくそ!! 後方だと!?)



 熱風から頭を庇うようにして腕を上げ、彼は陣地へと駆け戻る。整然と並んでいた防護柵は根こそぎ倒れ、数日を費やして強化を重ねた陣地は、既に見る影も無くなっていた。


 地割れから噴き出した蒸気が霧に変わって視界を遮っているため、被害の全容は確認できない。しかし、恐らくはかなりの数の団員達が戦闘不能になったはずだ。



「霧が晴れるまで無闇な攻撃は避けるのだ!! 総員持ち場にて防御を固め、敵の攻撃に備えよ!!」



 彼は即座に部下達へ指示を出した。敵の姿が見えないこの様な状況においては、同士討ちによる被害こそ最も避けなければならないと考えたからだ。



 だが、その声に応える者はほとんどいない。



 異様な雰囲気を察したラッシュが視力を強化して辺りを見れば、悲惨な光景が目に飛び込んできた。



 爆発の衝撃によって地面に叩きつけられ、四肢があらぬ方向へと折れ曲がっている者がいれば、地面から抜けた杭や瓦礫に、魔導鎧ごと身体を抉り取られた者もいる。


 直接的な爆発の被害を免れた者も、噴き出した高温の熱風に身を焼かれ、部隊の大半の者は既に戦闘不能に陥っていた。



(……ッ密集した陣地が裏目に出たか、まずは態勢を立て直さねば)



『キース、こちらラッシュだ。先程の爆発により第二大隊の半数以上が戦闘不能、撤収も厳しい状況になった。救援を求む』



 …………



『キース…… 聞こえないのか!?』



 ラッシュは念話でキースに呼びかけるが、応答はない。




(っく……この霧、阻害魔法ジャミングか……)




 本隊との連絡を絶たれたことを悟ったラッシュはひとまず生存者を募って態勢を整えることに決め、直参の3人の部下達に指示を与える。



「パースとヴィムは傷の浅い者を集めよ。傷の深い者には、しばらく霧に身を隠して体力を温存するようにとだけ伝えろ。ロイは霧の外に出て本隊に救援要請だ、では行け」





「「「っは!!」」」



 指示を聞いた部下達は即座に行動を開始した。


 彼等が立った後、ラッシュは身を隠しつつ、爆発の中心地へと足を進める。



 ……



(何が起きた? 大規模魔法でも直撃したのか?)



 ……



 しばらく進むが、未だ爆心地は見えてこない



 ……



 そうしているうち、とうとう彼は城壁の真下までたどり着いてしまった



 爆発は第二大隊陣地の最後方、城壁との境で起きていた。



 爆心地周辺は何もかもが吹き飛び、地面には大穴が開いている。

 ラッシュは大穴を覗き込むが、壁は健在である。爆発は城壁の表面を少し焦がしてはいたものの、壁自体を崩すことは出来なかったようだ。


 恐ろしいほどに堅固な城壁が頼もしくもあったが、同時に違和感も覚えた。



(何故これほどの爆発で壁に傷一つないのだ……?)



 ラッシュが考えを巡らせていると、聞き馴染んだ声が聞こえてくる。



「第二大隊ぃぃ〜〜!! 誰でもよい聞こえんのか!? 聞こえたら応答せんか〜〜!!」



 ゴルドーの声である。城壁の上で声を張り上げ、生存者を探している様だ。


 先程まで死にかけていたのを忘れてしまうほどの大声に苦笑しながらも、ラッシュは返事をした。



「ゴルドー殿!! こちらラッシュ!! 第二大隊は壊滅状態、至急救援を頼みたい!!」



「ラッシュ!? 生きてるなら何で念話に応答せんのじゃ!! いまミルダが第三大隊を率いてそっちへ向かっとる!! 女王が突っ込んできたようじゃ!! 何処に潜んでおるかわからぬ!! お主も気をつけい!!」



「御忠告感謝致す!! 霧が念話を阻害しているものと思われる!! 早めに風魔法で飛ばしてくれるとありがたい!!」



「心得た!! しばらく待っておれ!! それまでられるでないぞ!!」



 ──ヒュン




 わかった──そう応えようとした矢先、ラッシュの首元目掛けて背後から鋭い影が伸びる




「……ちッ」



 ラッシュは間一髪で前方に跳び込むと、敵の一撃に合わせて岩石弾を放ち攻撃を相殺した。

 続けて魔導鎧を増幅ブーストさせた彼は、背後の影に向けてお返しとばかりに一回り大きな岩石弾を撃ち出す。




 ──ズドン




 重たい音が響く。闇雲に放った一撃ではあったが、どうやら直撃したようだ。


 しかし、影の主が前進を止めることはない。




 ザリザリザリザリ……




 固くて重い何かを引き摺るような音が、ラッシュの方へと真っ直ぐに近づいてくる




 影が近づいてくるにつれ、ラッシュはその大きさを認識することができた。



 それと同時に、その影が呻き声のようなものをあげていることも。




 ──ォォォォ……




 それは何重にもり合わせた呪言じゅごんのようにも聞こえる





(ッなんだこれは……とんでもなく気味が悪いな)





 ラッシュは身震いするが、直ぐに意識を視界へと戻す。




 ──ザリザリザリザリザリ……






 …………



 

 次第に大きくなっていた影と音が、ある時を境にピタリと止まった



 その代わり、カツカツという高い足音が近づいてくる




 直後、霧の中から姿を現した存在ソレは、女性の姿をしていた。




 ◇◇◇




 霧から姿を現したのは、赤褐色の全身鎧フルプレートアーマーを身に纏う短髪の女戦士だった。


 右手には、血で真っ赤に染まった大鎌を握っている。

 左手も同じく真っ赤に染まっていたが、恐らく彼女の血ではないだろう。

 腰から突き出た釣り針の様な金具には、黒い塊が3つぶら下がっている。



 ラッシュを見つけると、彼女はペロリと唇を舐めて歪んだ口を開いた。




「あらあらあらあら?? 殺すつもりで振ったんだけどお?? なかなか楽しませてくれそうなのが居ると思ったら、あんただったのね〜〜」



 くすくすという声を上げながら、女はひどく残酷な笑みを浮かべてラッシュを眺めている。




「……貴様、何者だ?」



 ラッシュは一分の隙もなく構え、女に問いかける。



「何者だ…… ですって??」




 女はコテンと首を傾げて少しの間ラッシュを見つめていたが、彼の言葉の意味を理解すると声を上げて笑い始めた。




「ッあっはは!! おっかしい!! そっか〜、解らないよねぇ? あんた達には? もんねぇ、は?? ッあっははははははは!!」



 何がそんなに面白かったのだろうか、女は狂ったように笑い転げる。

 


 暫く笑って満足したのか、女は腰にぶら下げていたモノを放り投げてラッシュに言う




「あー面白かった。楽しませてくれてありがとう。、つまらないモノだけどお礼だよ?? 受け取ってね〜〜」




 放たれた3つの塊が鈍い音を立てて地面に落ち、ゴロゴロとラッシュの目の前まで転がってくる



 その正体がわかった瞬間、ラッシュは目を見開いていた。



 それらが、彼が最も信頼した腹心達の頭部であったからだ。

 ラッシュと別れた後ほんの僅かな時間の内に、三人は物言わぬ骸へと変えられていた



「……ッ!! まさか……パース、ヴィム、ロイ…………」




 相手がどんな強敵であろうと、手練れの彼等がこうも簡単に殺られてしまうなんてラッシュは予想していなかった。


 圧倒的な力量、そして、騎士団に対する明確な敵意


 間違いなく、目の前の女性はこの街の人間ではない



 彼は震える声を押し殺し、女を睨みつけて問いかける



「そうか貴様が……貴様が《蟻の女王レジーナアント》だな……」



 女はまた眉根を寄せ、怪訝そうな顔を浮かべながら答えた。



蟻の女王レジーナアント?? あはッ、あの眷属のこと? あれは用済みだったから、もう、あんなのと一緒にしないでもらえるかしら? 私はね……」





 ──ブォォーーーーーン



 その時、平原に角笛の音が響く

 霧を払うための風魔法の準備が整ったのだ。


 集団詠唱により生み出された突風により、周囲の霧が晴れていく


 キース達の、騎士団からの念話が、ラッシュにも届くようになる



『ラッシュさん、応答して下さい!!』とキースの声



『ラッシュ!! いま向かってるよ!!』とミルダの声




 しかし、それらの声はラッシュの頭に全く入って来ない。何故なら彼は、霧から現れた光景に全ての意識を奪われていたからだ




 先程から聴こえていた、ザリザリと何かを引き摺る様な音。


 呪言のように聴こえていた呻き声。


 女の後ろを進んでいた大きな影の正体、それは──



 第二大隊の団員たちを取り込んだ巨大な粘性生物スライムのものだった



 ……ぅ……ぁ…………



 たす……け……



 …たいちょ……にげ……




 まだ生きている団員達は、苦しみながらもがいている。それを見たラッシュはとうとう怒りを爆発させた



「ッおのれ!! この外道がぁ!!!!」




 ラッシュの得意属性は土魔法、魔道鎧は岩石の射出に特化した近・中距離型である。


 彼は両腕に仕込まれたガトリング砲に魔力を集中させ、女に向けてありったけの岩石弾を打ち放した




 女がひらりと舞い上がって避けると、岩石弾は後ろのスライムへと吸い込まれる。ぐぎゃ。あう。取り込まれていた団員の何人かが、情け無い声を上げて生き絶える



「ええ〜。新鮮なまま生かしてるんだから殺さないでよお、お仲間でしょ〜??」



「黙れ小娘がぁ!!」



 ラッシュは女を追いかけるようにガトリング砲を振り回した



「そもそも、そんな飛道具おもちゃで私をどうしようっていうのかしら?」



 そう言うと、女が纏う魔力が視認できるほど赤黒く変容する。次いで彼女が大鎌を握る手に力を込めると、大鎌は凄まじい勢いで回転を始めた。


 高速回転する大鎌を盾のようにして構えながら、女は一歩一歩ラッシュへと近づいてくる



「ほらほら、もうすぐ大鎌コレが届いちゃうわよ? 今度はちゃんと狩り取ってあげるわ。貴方の首を、ちゃあんとね」




「できるものならやってみよ!」



 女が大鎌を振り上げた瞬間、ラッシュは魔道鎧全身を硬質の岩石でコーティングする




「じゃあね、おじさん」




 ──ッザン




 振り抜かれた大鎌が、ラッシュの魔道鎧を両断する。

 その瞬間──






 ッカ──






 ラッシュの魔道鎧が大爆発した





 ◇◇◇





「っよし!! 決まった!!」


 城壁の上でその光景を見てガッツポーズするのはフィンだ。


 爆炎は城壁と同じ高さまで舞い上がる。

 災厄が起こした先の爆発と同じか、それ以上と思えるほどの衝撃が辺りに響いた。



「えげつない爆発じゃの、小僧」


 炎魔法の使い手であるゴルドーも感心するほどの爆発である



「そりゃあ代わりに爆発符をあるだけ全部詰め込んでやったからね。ラッシュさんも助かって一石二鳥の作戦さ。ミレッタはシビアなタイミングで転移を成功させてくれた、流石は大魔女だ」


 目を瞬かせているラッシュの横で、ミレッタが微笑みながら口を開く



「あら……フィン、愛してるって言ってくれてもいいのよ?うふふ」



「ああ、ミレッタ」



 フィンは、大鎌がラッシュを両断する直前に鎧の中身を爆発符とていた。もっとも、正確にはそう指示したというだけで実行したのはミレッタであったが。




「フィン、とっても卑怯ですわ……」


 そんなパートナーを横目にしつつ、呆れ果てているのはセリエだ



「そんな事ないぞ? 兵は詭道なりってね。これは集団戦なんだから、単純な力比べだけで相手に勝つ必要はないんだ。それに、あいつはまだ生きている」


「ッな!? あれでもまだ仕留め切れませんの!?」


 

 セリエはまさかと言う表情を浮かべているが、間違いなくヤツは生きている。




『ッああ! なんて楽しませてくれるのかしら外の世界は。だというのに、初体験がこれじゃあ、しばらく元の生活に戻れそうにないわね!!』



 その時、女の声が直接脳内に響いた




 …………





 爆発の砂塵が収まり、徐々に女の姿が露わになる。



 身体の正面が大きく焼き焦げ、骨が見えるかというほどに肉が削げ落ちているにも関わらず、そいつはまるで遊園地のアトラクションで水浴びをしているかのように両腕を広げ、恍惚の表情を浮かべていた


 グジュグジュと傷口が膨らみ塞がって元通りになると、女は再び口を開いた




『ご褒美に教えてあげましょうか、私が名は《美食の女王ベルゼビュート》、万魔殿の魔王が一柱であり、この世界を滅ぼす者。やっと外に出られたんですもの。もっともっと、楽しませて頂戴ね』



 その時世界は、強大な悪がこの世に解き放たれたことを知った



 ◇◇◇

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シミュラクル!〜強くて(?)ニューゲーム──リセマラしたデータは全てパラレルワールドになった様です〜 やご八郎 @yagohachiro

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