第20話 魂の共有


 ◇◇狭間の空間(観測者の間)───



 笑い転げていたルシフェルも、暫くして落ち着きを取り戻したようである。フィンはようやくまともに会話が出来るようになった彼に向けて問いかける。



「ルシフェル、教えてくれ。転生先の世界で、俺の⦅パートナー⦆が前世の記憶を持っていた。


 そして、継承元に選んだかつての⦅パートナー⦆の方も、俺のことを覚えているようだった。あれはどういうことだ?」




『ああ、あれか。ごめん、君みたいにいくつもの並行世界パラレルワールドに⦅一つの魂⦆を写し変えていく存在って他にいなくてね。それに、⦅シミュラクル⦆の世界における⦅パートナー⦆っていうものが、あんなに強い結びつきを持った存在だということを認識できていなかったんだ。あれは私の責任だよ。』




「で、どうなんだ?次の転生で、あの二人から前世の……これまでの記憶を消すことは出来るのか?」




『うーん、そうだねぇ。それは、現在いまの⦅君の魂⦆からこれまでに取り込んだ⦅彼女たちの魂⦆を分離するって事になるんだけれど、それは相当難しいと思う。ほら、フィンのバックアップなんて取ってないし、下手したら廃人になるよ?』




「そうか……なら、詫びだと思って少し教えてくれ。俺の記憶はあいつら──ラミーとミレッタにはどうされていたんだ?」



『ああ、説明しようか。ラミーちゃんって娘には君がファーストだった時の記憶が夢という形になって共有されていた。これは、二回目の転生で⦅パートナー⦆になったラミーちゃんが、君と一部魂を共有していたからだ。それほどまでに⦅パートナー⦆と君との結びつきは強い。』



「転生先の⦅パートナー⦆には、そこに転生するまでの俺の魂の一部──つまり記憶が入り込む……ってことか?」



『そう、全部ではないけれど、特に、前世で⦅パートナーその子⦆と過ごした強い記憶やイメージは露骨に流れ込むだろうね。思考はまでは伝わらないと思っていいけど、具体的に見たもの。発した言葉なんかは伝わってしまうと思う。強烈な記憶であればあるほど、ね。』



「そうか、では、ミレッタにはどうして俺の記憶があったんだ?」



『彼女は、自分が君の⦅パートナー⦆であるという記憶が残っていたよね。それは、君が彼女を⦅パートナー⦆にした時の世界の魂──スキルを継承したからだ』



「それは、その通りだ。俺が今回転生する前に、ミレッタを⦅パートナー⦆にした世界のスキルを継承したのは確かだ。だが、ミレッタは二回目の転生先では⦅パートナー⦆じゃないぞ?」



『そうだね、それはおかしいよね。けど逆に、君も転生するたび⦅パートナー⦆の魂を共有──つまり⦅彼女達の魂⦆の一部を取り込んでいた──と考えれば、しっくりこないかい?』


「つまり、俺の魂に刻まれた⦅パートナー⦆としてのミレッタが、今回の転生では⦅パートナー⦆じゃないはずのミレッタと魂の共有を引き起こすきっかけになったってことでいいか?」



『そういうことになるね。たぶん、君の前に現れた時点では、君の魂から漏れ出た記憶を実際の自分の記憶であるかのように感じてたんじゃないかな?しかし、実際には君の⦅パートナー⦆はラミーちゃんで、君は彼女にとっての⦅⦆ではなかった。』



『いつからかはわからないけれど、彼女はそれに気がついて、本当の⦅パートナー⦆である君を求めてあの世界から消し去った、また会いに来るようにとも言っていたね。……私なら怖いから絶対に嫌だなぁ。』



「俺もヤだよ。あいつめっちゃ強いけど、いわゆるヤンデレだから本当苦手なんだ。ええと、難しいが結局のところ──、俺が転生するたびに、俺の⦅パートナー(仮)⦆って奴がどんどん増えていくって考えていいのか?」 



『平たく言えばそうだね。やったじゃないハーレムで』



「いや、俺は⦅メアリ⦆一筋だから──って待てよ?」



「じゃあ聞くぞ?俺がもし現在いま⦅メアリ⦆の元へ転生したとして、仮にすぐにその世界で死んだとしても、俺と⦅メアリ⦆はその後の転生先の世界であっても⦅パートナー(仮)⦆として生きていけるってことじゃ無いのか?」





『下衆い考えだなぁ。まあ、君ならそうくるかもと思ったよ──だが、それはやめた方がいい。』




「それは何故だ?」




『端的に言うと──』




『⦅メアリ⦆は君が彼女に出会ったあの⦅シミュラクル⦆以外には、既に存在しないからだ』




「──なんだと?」




『その他全ての世界で⦅メアリ⦆は既に死んでいると考えていい。僕は、君の持っている562個の⦅シミュラクル⦆の他にも、かなりたくさんの世界の──始まりから終わりまでを見てきた。


 だから断言できる。⦅メアリ⦆は君が持っているたった一つの⦅シミュラクル⦆にしか、現時点でいまのところ生存していない。』




 ──ドクンッ



 心臓が高鳴る。



「──そんな……どうして……」




『なぜ彼女が死んでしまったのか、それは、いまここで語るべき事じゃない。──だけど彼女に訪れる⦅死⦆の運命は、この先いつか君が行こうとしている⦅メアリあの娘⦆のいる世界シミュラクルにもやがて訪れるものだ。』




「──じゃあ、お、俺は……」



『メアリと結ばれたければ、彼女の死の運命を捻じ曲げるほどの力をつけるんだ。それしか方法は、ない。』



「い、いったいどれほどの力をつければそれは叶えられる──?その死の運命ってのは、例えば覚醒したミレッタよりも手強いのか?」



『どうかな。彼女も⦅シミュラクル⦆じゃ異次元の強さだからね、それに、僕が確認できた限りではミレッタのデータが少なすぎて判断しかねるよ。よくまああんな⦅パートナー⦆がいる世界を安易に継承で消しちゃうよね。』



「考え得る限りで、一番俺が都合よく転生先があそこだったからな。数10年も同じ世界に居続けたら⦅メアリ⦆がおばあちゃんになっちゃうだろ?あれ?時止めてるから大丈夫か。因みにあと2つほどミレッタの世界は残ってるぞ?ちゃっちゃと消しちゃった方がいいんだろうか……」

 


『それは早計だよ。ミレッタはいつかまともな戦力として数えられる様にした方が得策だと思う。君のを叶えたいならね。』



「ミレッタの協力を仰ぐ……かぁ。それすごいわ。プレッシャーが」




『まあ、君の持ってる世界だから僕は君がどうしようと止めはしないけれど……──おっと、話が逸れたね。死の運命の脅威に対抗したければ、どれくらいの強さを持つべきかっていう疑問だったね。んー、少なくとも君がイメージがつきやすいのは、⦅万魔殿⦆かな。そこの最下層に居るようなヤツと単独で殴り合えるくらいの力は要るだろうね。』



「マジかよ……その死の運命って完全に、ラスボスしか有り得なくない?」



『あれ?諦める?』



「──ッ!そんなわけないだろう!」



『おお!』



「俺が⦅メアリ⦆を救ってやる……必ず救い出してやる!」



『今更ながら聞くけど、どうしてそこまで彼女に入れ込むんだい?彼女とはたった一度の周回でしか会ってないのに。彼女がなのかさえ、本当は理解できていないんじゃないのかい?』




「──それは……」



 ルシフェルは、それを聞くまでここから出さないよ!とでも言うようにフィンをまじまじと見つめている。



 その雰囲気に負けて、フィンはやれやれといった風に自嘲気味に笑った。



「ふっ、確かにそうだな。だが本当に、ただの一目惚れだ。俺の一方通行な⦅恋愛感情⦆だ。」


 



「だけど、俺たちは確かにあの周回で結ばれたんだ。ずっと恋焦がれた相手と、やっと相思相愛になれたんだ。」




「あの世界で、止まった時の中で、まだ彼女は俺を待ってくれてる。俺の手を引いて、やっと冒険に出ようとしてたんだ。あの娘はまだ誰にも世界に連れ出してもらえないまま、無垢なままで俺を待ってる。」





 ルシフェルは、フィンの眼差しに少年の心を見た。余りにも青々と燃える若い情熱は、長い時を生きるルシフェルにとってはひどく眩しくて尊いものだった。




『フィン──』



 ルシフェルは何かを言いかけたが、しかし言うべきではないと思い直し、その言葉を飲み込んだ。




 彼は、フィンはきっと気が付いていないのだろう。あまりに純粋で一途な思いは、彼へと向かうの思いから彼を完全に盲目にしてしまった。



 これから転生していく先々で、彼を待っている全ての⦅パートナー⦆にとっては、彼こそが彼女達にとっての運命の相手メアリだと言う事に。フィンはまだ気が付いていない。




『──もう、ゲームじゃないんだよ。』




 変わらない世界、都合の良い世界、自分ではない自分、誰も失わない世界。そうやって割り切れていた世界と、この世界は違うのだ。


 ルシフェルが、現在いまのフィンに掛けることができた言葉は、それが精一杯だった。



 ◇◇◇

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る