第11話 ⦅豊穣の女神⦆

 

 ◇◇⦅金色亭⦆2階 自室 ──



 その日、街で情報を集めてから金色亭に帰ったフィンは、自室で昨日あったことを思い出していた



 昨日クエストを終えて街に入ったフィンたちは、街中でメインNPCである神官のマリエラに出会った。

 しかし、彼女はどういうわけか冒険者を避けている様であり、足早にフィンたちの前から姿を消した。



「ん〜、名前も容姿も間違いなくマリエラなんだが……どうして冒険者を毛嫌いしているんだろう?」



 ゲーム時代、学園都市で出会ったマリエラは、大人しい性格ではあったものの小さな頃から冒険者に憧れており、ある程度の危険があっても自分から立ち向かっていくような強い意志を持った女性として描かれていた。



「まあとりあえず、クラスメイトになれなかったメインNPCも、この世界で普通に生きているんだってことはわかったな。」



 それぞれ何らかの事情で100期生として学園都市に入学はしていないものの、彼等は間違いなくこの世界に生きている人物として存在している。

 もちろん、その中には⦅メアリ⦆も含まれているのだろう。


 そしてそれは、本命アカウントである⦅562⦆に転生しなくても、⦅メアリ⦆と共に冒険ができるかもしれないという可能性を示している。



「なんか、俄然やる気が出てきたな。」



 フィンは、満足気に大きな伸びをして大きく息を吸う。


 もしかするとこの辺りのことはルシフェルに聞けば教えてくれたのかもしれないが、今はとにかく自分の力だけで生きてみようとフィンは思っていたので、今の周回では転生後にまだ一度も連絡を取っていない。



 ルシフェルはあくまでも⦅観測者⦆であり、この世界に対して過度に干渉しないという基本方針を持っているが、何故かフィンに対しては直接的な干渉を厭わない。


 また、純粋な善意からフィンに能力を与えた訳ではないと本人も言っていたので、ひょっとすれば面白半分で転生キャラロスさせてくるなんて可能性もあるとフィンは思っている。この世界の神(?)にも等しい存在なのだから、ジョーク一つを言うためだけに世界を滅ぼすなんてことも、ありえなくはないのだろう。



 ただ、フィンの方も転生が完全にデメリットかといえばそういうわけではないので、この辺りはちょっとした駆け引きのようなものが必要なのかもしれない。


 


 ◇◇◇




 そんなことを考えているうち、ドアを開けてラミーが入ってくる。午前中、ラミーにはマリエラの事を調べてもらっていた。早速報告を聞く。



「あのマリエラって娘について調べてみたけれど、やっぱり彼女が言っていた通りこの街の⦅地母神⦆の神殿の神官だったよ。3年前にこの辺りで酷い不作があって、その時に⦅レーヴェン⦆の大聖堂から派遣されて来たんだってさ。」



「そうか。それで、冒険者を避けている理由は掴めたか?」



「ううん。だけど、たまたま彼女がこの街へ来た時に同じ馬車に乗っていたって冒険者から話が聞けて……その時の話では、確かに彼女は冒険者志望だって言っていたらしいよ。

 あと、今よりもなんかだいぶ幼い感じだった。とも言ってたね。」




「ほう。じゃあその3年間で何か冒険者に対して悪い印象を持つ様な経験をした。ということなんだろうか?」



「うう〜ん。それがねぇ、何も無いの。むしろ、彼女は怪我をした冒険者の治療を自分から申し出てくるくらい、冒険者に友好的みたいだよ?」



「うう〜ん。解らなくなったな……」



「でも報告はまだあるんだ。そんな冒険者への友好的な態度から、彼女は一度この街の冒険者ギルドから冒険者登録を勧められたことがあったみたい。」



「なんだって?じゃあ彼女は既に冒険者として登録しているのか?」



「それが、その時彼女はひどく悲しそうな顔をして、断ったみたいなの」



「……そうか。冒険者は好きだが、何らかの理由で冒険者としての活動は避けている。ということだな?」



「たぶんその線が濃厚なんじゃないかと思う。」



「……わかった。ありがとう。俺の情報と合わせると、なんとなく見えてきた様な気がするぞ。」


 フィンはラミーに礼を言った。



「えっ、ほんとに?

 じゃ、そっちの方もどうだったのか聞かせてよ?」



「ああ、こちらは⦅地母神⦆と、近々催される⦅収穫祭⦆について調べてきたぞ」



「おお〜。収穫祭!なんか、美味しいものがたっくさん食べられそうね!それでそれで?」


 ラミーは、少し前に乗り出しながら興味津々である。



「⦅地母神⦆は、農業を生業としている者の多いこの地域で最も信仰を集めている。多産と豊穣を司る神だ。

 ラミーも神殿で彫像を見たかもしれないが、緑の髪と大きな胸を持つ大人の女性の姿をしているとされている。」



「ふぅ〜ん。緑の髪ねぇ。」


 ラミーはやはり察しがいい。いいところに気が付いたようだ。フィンは、報告を続ける。



「⦅収穫祭⦆は、今年の豊作を感謝し、来年の豊作を祈願して、⦅地母神⦆に歌と供物を捧げるための祭りだ。

 そして収穫祭のメインとなる儀式は、ここ数年⦅豊穣の女神⦆と呼ばれている⦅地母神⦆に良く似た容姿の神官を中心にして儀式が執り行われているらしい。

 それが大変な評判となり、⦅レーヴェン⦆を初めとした周辺の都市から儀式を見にくる者までいるそうだ。」




「わかった。それが……」



「「マリエラだ」ね!」



 フィンたちは2人同時にそう口にした。




 ◇◇◇




 フィンたちは、これまでの情報を整理して次の様な予想を立てた。


 おそらく、マリエラはまだ冒険者になりたいという思いを捨て切れていない。

 もともとは、この街への派遣も短期的なものとして了承したのだろう。

 だが、珍しい緑の髪という身体的特徴から、一躍⦅収穫祭⦆の主役として奉り上げられることになってしまった。

 今彼女は、冒険者になるという夢を諦め、この街の人達のために⦅豊穣の女神⦆として留まろうとしている。



「ええ〜、それじゃあマリエラちゃんが可哀想だよ!

 冒険者になるために神官になったのに、これじゃあんまりだと思う!」


 ラミーは随分と憤っているようだ。



「ああ、しかしこれはあくまでも俺たちの予想に過ぎない。マリエラ自身がどう思っているかは俺たちには解らないからな。


 とはいえ、マリエラがパーティに加わってくれれば、彼女は夢が叶えられ、俺たちも他の回復役を探す手間がなくなり、やっとまともな冒険に出られる。ここは何としてもどうにかしたいところだな。」




「何か策はありそう?」




「あるにはあるんだけど──」




「……けど?」




「非常に胸が痛い。胸だけに。」




「なにそれ?よくわかんない」



 その後、目をシパシパさせたラミーに向けてフィンは計画を説明するのであった。



 ◇◇◇

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