第12話 伝説の果実


 ◇◇⦅収穫祭⦆当日、⦅地母神⦆の神殿──



 ──ゴーン……──ゴーン……


 今日も時計塔の鐘の音が、一日の労働の終わりをカナンの住人達へと教えている。



 聖堂の中央で床に膝をつき祈りを捧げていた少女マリエラも、その音を聴いて今日の務めが終わった事を知った。そして、ゆっくりと目を開いた。



「ハァ……もう、今夜なのね──」



 しかし、その表情は憂鬱である。

 彼女はその視線を自身の大きな胸に落としつつ、ため息をこぼした。


「いつか街で声をかけてくれたあの子たち……きっと、私をパーティに勧誘しようとしてくれてたんだろうなぁ。」



 彼女の頭には、数日前に大通りで自身に声を掛けた二人の冒険者の姿が浮かんでいた。



「ちょうど私くらいの年齢に見えた。それに、学園の卒業生の指輪をしていた……。

 神様……もし運命が違えばあの学園に通い、あの子達のように世界中を旅することが私にも許されていたのでしょうか……」



 彼女は⦅地母神⦆の像を見つめ、問いかけてみるが今日も神の像は何も答えてはくれない。



「ああ……ああ、やはり何も答えては、下さらないのですね……」



 ……しばらくの沈黙の後、マリエラは肩を小刻みに震わせて嗚咽混じりに嘆きの声をあげた──



「これはきっと神様が私に……人々を罰をお与えになっているのだわ。でも、でもこれでは余りに……」



 目からこぼれ落ちた涙が、彼女の法衣に染み込んでゆく。




 ◇◇◇◇◇




 ──数時間後



   ─ やぁやぁ!寄ってらっしゃい見てらっしゃい!


   ─ こっちの果実は美味いよぉ!


   ─ 今日摘みたての野菜だよ!食べてってくれよー


   ─ さぁ!うちは羊肉の衣揚げだよ!

    たっぷりあるから買った買った!食った食った!


   ─ 酒だよ美味いよ!

     うちのが⦅レーヴェン⦆で通用するかどうか、

     ここで試してやっちゃあくんねーかー?



 陽も落ちかけた頃、ついに収穫祭が始まった。


 大広場は所狭しと沢山の出店が立ち並び、売り子の声や、男女問わない大きな笑い声で埋め尽くされている。周辺には、ちらほらと酔い潰れた住人達も見える。



 ⦅カナン⦆は小さい街ではないが娯楽に乏しい。


 そのため、年に一度のこの収穫祭は、ここに住む者達にとっては唯一と呼べるほどの娯楽なのである。

 現在フィンとラミーも、カナンの街の大広場で祭りを楽しんでいる。



「もうふぉろそろかな?」



 口にいっぱいの食べ物を詰め込みながら、ラミーがフィンに問いかける。



「ああ、もう陽は完全に落ちたから、そろそろ儀式が始まるはず。頼んだぞラミー。」



「……ん、ゴキュ。オッケー、ラミーちゃんに任せといてよ!あんなに練習したんだもん。きっと成功させてみせるよ!」


 ラミーは鼻から息をふんふんさせて意気込んでいる。



「いいか……何度も言うけど」



「わかってるよー。でかい声は出さないよ!」



「あれ?いつかもそんな事を言ってたような……う、頭が──」 



「どーしたのかしらフィン??ふふふふ〜?」



「えっ?なんか怖い!」




 ◇◇◇




 ──ゴーン……ゴーン……ゴーン……



 そんなやり取りをしていると、時計塔から儀式の始まりを告げる鐘の音が聞こえてきた。



   ─ おい。いよいよだぞ?


   ─ しっ静かに!豊穣の女神が来るぞ!


   ─ おいアンタ前が見えねぇ少し屈んでくれ!



 ざわざわとしていた広場も、しばらくするとシンとした静寂に包まれていた。



 ──その時広場中央のステージの松明がいっそう大きく燃え上がる。



 シャーン……シャーン……



 鈴の音とともに、儀式用の緑と黄と白の衣装に身を包み、金色の髪飾りをつけた緑髪の神官、マリエラが現れた。



 マリエラが独特のステップで舞踊を始めると、観客たちは、思わずほぅとため息をつく。



  ─ さすが、豊穣の女神様……


  ─ なんてたわわに実ったなんだ……



 本当に、美しく、幻想的な光景である。


 舞踏は進み、いよいよクライマックスへと近づくという時── 一つの松明の炎が、まるで生きているかのように動き出してマリエラへと近づいてゆき、踊りに加わる


  ─ おい、アレ……


  ─ な、なんだ?


  ─ 精霊様か?


  ─ こんな事、初めてだ……


  ─ なんて美しい……



 その余りにも幻想的な光景に、観客達ははっと息を呑む



 ……( ──マリエラ…… )


 ……( ……… !!)


 ……( 聞こえていますね…マリエラ…)


 その時、マリエラの頭の中に、聞き慣れない女性の声が聞こえてくる。


 ……( はい………聞こえております。 )


 マリエラは、戸惑いながらも踊りを続け、その声に返事をした。


 ……( マリエラ…私は、風と狩りの神、マリスです。 )


 ……( ………!! )



 ……( 貴女は何をしているのですか?貴女が使える神は、彼女ではなく、私のはずですが……? )



 ……( ──そ、それは……)



 ……( 早く真実を明かして、自分のやるべき事を行いなさい。)



 ……( で……ですが……彼等は私を、⦅⦆としての私を、求めています…… )



 ……( ……… )



 ……( どうして……どうして今まで……私のもとへ現れて下さらなかったの……?な、何で今更になって…… )



 ついにマリエラは、舞いを止めてしまい、その場に跪く




  ─ど、どうなってるんだ……?



 広場にざわめきが広がっていく。


 その時、炎が一瞬大きく揺らめいた



 ……( ──! ……の…… )



 ……( ………? )



 ……( この、甘えん坊!!あんたは、自由の民の子でしょう!!自分じゃない誰かに、自分の運命を決めさせてんじゃないわよ! )



 ……( ……え? )



 ……( 本当は、冒険に出たいんでしょう?そのために、たくさん頑張ってきたんでしょう?

 なら、 自分の声に従いなさい!自分の心の声を、聞きなさい!)



 ……( ……ま、待って……貴女は── )




 マリエラが手を伸ばして炎に触れそうになった瞬間、炎は静かに消えた。同時に、頭の中がスッと晴れたような感じがする。



「そ、そうか……私、私は……」



 マリエラは、決意を込めた瞳で前を向くと立ち上がり、観衆に向かって声を上げる。



「皆さん。聞いて下さい!私は、これまでずっと皆さんをいました……!」



  ─ っえ、どういうことだ?


  ─ な、なんだ?女神様の化身じゃないのか?



「私。私は、エルフです!本当は、⦅豊穣の女神⦆でも……人間でも、ありません!この緑色の髪と、この耳が、その証です!」



 マリエラがヴェールを取り、結んでいた髪を振り解くと、その下からはスッと尖った長い耳が覗いた。

 今まで本当に、よく隠していたものだと思う。



  ─な、なんと……エルフ……。伝説の……


  ─ほ、本物か?


  ─い、いや。あんな胸をしたエルフなんて、聞いた事ないぞ……?


  ─そ、そうだ!エルフは貧乳のはずだ!



 観衆のざわめきが、何だか変な方向に……みんな、マリエラの巨乳好きだったんだなぁ。マリエラ……どうする?



 マリエラは、顔を真っ赤にしながらも、胸に手を入れる。

 胸の中から引き出した彼女の手には、2つの金色をした果実が握られている。


(そして、彼女の胸は、何というかとてもすっきりしている……!)



 「これは──これは、つまり……」



 マリエラは、続く言葉を紡ごうとするが、うまく言葉にならない。



 だが、観衆の一人が気がつく……



  ─ ま……まさか!あれはエルフの御伽噺に出てくると言われる……!


  ─ な、なんと!で、伝説の……



 マリエラの胸から出てきた果実。その林檎は、あらゆる生命の命を倍に伸ばすという、人族も知るほど有名な伝説の金の林檎エデンの果実そのものであった。



 ──しばらくの沈黙のあと、全ての観衆が辿り着いた答えは、しかなかった。




「「「「ほ、本物(偽物)だぁ!」」」」




 その後なんだかんだで儀式は終了ということになるも、⦅豊穣の女神⦆について参加者達は酒を交えて大いに語り始め、会場の其処や彼処で大宴会が始まった。

 宴会は翌日の明け方頃まで続き、最終的には冒険者ギルドの職員まで動員されたことでようやくお開きとなった。



 この収穫祭で起きた一連の騒動は、末長くカナンの街で語られ、後に伝説となったそうだ。



 そしてこの収穫祭以降、マリエラには⦅⦆という不名誉な二つ名がついたのであった。


 ◇◇◇

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