第6話 あいをそだてよう

「なんだったんだよ…あの女」

自分のアパートに戻って、即口から出たのは、その言葉だった。

四人の男にも怯まず、ナイフさえ怖がった様子はなかった。

只、静流の涙が、どこかで見た気がして、ベッドに転がって、今日を思い返していた。


いつもの様に、昼頃から動き出して、夜はカツアゲ、喧嘩、何のいわれもない筋違いの暴力。


そんな行為をずっとし続け、この一年、束縛だらけだった父と母を殴った時、もうそこで自分が自分じゃなくなっていた…。


「ん…だよ。俺は悪くない。あんな奴ら、殴ったところで、俺の気持ちが分かるはずねぇ…」

目に右腕で目を塞いだ。



「原田さん…何かあったの?…何があったの?」

同じ時間、同じように泣いてる静流がいた。

瞳から光をどんどん奪われ、信じていた人を信じられない結末で失った。



その時、嘘みたいなタイミングで現れて、ブレザーは暖かくて、

「大丈夫か?痛いとこないか?」

その声は、とても優しかった。


あの時だけにしていれば良かったんだ。

こんなに好きになる前に、初恋は、俊哉じゃない。

本当の初恋は、亮だった。


俊哉の事は、今思えば、仲の良い友達だった。

一緒に居ても、楽しくはあったけれど、ドキドキする要素はどこにもなかった。


そして、あんなことされて、でも、亮まであんなことしてて…。

私は一体何を信じていたの?私は一体亮の何処にと言う感情を持ったの?



自分を助けてくれたから?

優しい口調だったから?

思いやりのある慰め方だったから?


「ダメだよ…原田さん…もうこれ以上私を壊さないで…」


やりきれない想いで、それでも、どの理由も信じたかった。


助けてくれて、優しくしてくれて、只の知らない女の子に警察が来るまで頭を撫でてくれて…。


「原田さん…」


「名前…なんて言うんだろう?ああああ!思い出せねぇ…どっかであった気がすんだよな」

よく泣いて、冷静になった亮は、頬っぺたの涙をちょっと離れた机の上のティッシュペーパーを取り、涙と鼻水を拭った。


その瞬間、流れた涙と一緒に、自分のとがった心の一部が欠けたのが分かった。

自分が両親にした事も、そこに至る束縛も、仕方ないと思っていたけれど、少し冷静になって、話し合う事は可能だったんじゃないか?

あの時溢れた涙を気絶してしまった父親に何か伝えるべきことがあったのではないか?


今、この瞬間まで、亮は心だけではなく、口に出して呟いた。



「ごめん…父さん…母さん…」


止まったはずの涙なのに、今度は両親とのひび割れの、修復は可能だろうか?

と、少しずつ亮は本当の自分のに、気付き始めた。


(そうだ。俺は勉強が好きだった。努力すれば結果が付いてくる。少、中、高でも、勉強が好きで…。父さんの事も、誇りに思ってた。母さんだっておいしいお弁当…作ってくれた。『頑張ったんだ』ってもっと言えばよかった。『これからも頑張る』って、また努力すればよかったんだ)


「父さん…母さん…ごめん…ごめん…」


ずずっと鼻をかんだ。



そして思ったんだ。

この気持ちをあの人に伝えたい。あなたのおかげで、本当の自分が見えた。

壊れそうになってたけど、また、一から築いていく。

どんなに許してもらえなくても、俺が傷つけた人たちに謝る意味でも、もう一回壊れても、構わない。


「家に、帰ろう」


しかし、家に戻る前に、やっておかないと、後悔することがあった。


謎の無敵の少女だ。

あの子にも伝えたい。自分の身の上話や、どうして人を傷つけたか、何故、自分だけを倒さなかったのか…。あの子なら、やってやれなくはない。


そして、

「あんたは許してあげる」

その言葉の意味は?

しかし、絶対どこかで会ってる。どことなく印象に残る美少女。



その少女に、恐ろしい形で再開する。



(棒!棒!何か…何か無いの!?)

静流は、東京に来て何回、何十回、修羅場を動じることなく切り抜いてきた。

しかし、今夜は違った。武器なしで被害者をその場から離れるようにと言ったが、どう闘うか、そう。ピンチだ。


「なんだ威勢のいい嬢ちゃんだな」

「ま、さっきのは男だったから、こっちとしてはラッキーだけどな」

「!!」

静流の記憶がよみがえって来た。

『やばい!レイプだ!』


棒がないと何もできない静流は、駆け足でその場から離れようとした。


走って、走って、走って…・。


「おーら!」

静流は右手をつかまれた。

「やめて!離して!!」

大人の男二人、背は二人とも高く、一人は体育会系の体のでかい男だった。

もう一人は…おそらく、金魚のふんだ。


しかし、大人の男二人に、剣道を使えない、そんな状況で、静流はパニックになった。

俊哉の時の事だ。


(もうダメ!!!)

恐ろしいほどの視線をくらわすくらいしか、もう出来る事はなかった。


「グヲ!!!」

(へ?)

いきなり両手が解放された。

見上げると、

「は…原田さん…?」

「ほら!これあれば、敵なしだろ?」

そっとパイプを手渡した。

「…はい…はい!!」

「はっ。嬢ちゃん、そんなんでこのお…」


ノックアウト!


その時、やっと、亮が静流の事を思い出した。


「お前…一、二年前レイプされたガキか?」

「はい。ずっと、探してました。…それから、原田さんがおうちの人ともめて、東京駅までは追いかけたんですけど、見失っちゃって…」

「マジか…」

「強かったですよね?とっても、優しかったですよね?どうしてカツアゲなんて…」

「…心が…ぶっ壊れたからかな」

「…私も…あの時、壊れたから、一人で東京で暮らすなんて事…出来たんだと思います。そして、原田さん、あなたも壊れてしまいそうな瞳でおうちの人に叫んでたから」


「ごめん。あの時もっと早くあの公園にいってたら、まだ、もう少しお前の事救えたのに…ごめん」

「私はありがとうを言いたくて…。こんな優しい人居ないって…思って…い…たのに、ありがとうも…言えなくて…」



二人は抱き締め合った。



「原田さん、好きです…」


「うん。俺も…お前の事、もう怖い想いさせないから」

「静流です。私の…名前…」

「静流…名前まで、優しいんだな」

「なんですかそれ?」

「良いんだよ。俺がそう感じただけだ」



「亮」

「!」

二人は慌てて離れた。

「父さん…母さん…」

どんな怒号がきかされるか、亮は静流がそばにいたから、じゃなきゃ、今すぐにでも、逃げ出したかった。しかし、

「済まなかった。お前は頑張っていたのにな。必死で私の期待に応えるために。

それがエスカレートして、お前への見えない虐待になってしまっていたんだな」

「…父さん…すみません…すみません…」

「ごめんね、亮…」

泣きながら、母親は亮を抱きしめた。

「お帰り」

「う…すみません…」

「もう良いの。あなたは何にも悪くないんだから」


その場にいた四人の中で静流が一番泣いていた。

「良かった…良かったね、原田さん…」



ぎくしゃくしていた三人も、幼さがらに遠くで亮が両親と家に帰っていく姿を、涙目のまま見つめていた。


「こら。静流」

「パパ…ごめんなさい!!どうしても原田さんに会いたくて…」

「まぁ、毎日電話もメールもあったから何とか怒りを収めるから、もう心配させるなよ?」

「はい」




こんな風に二人の愛は、きっと育っていくのだろう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

壊れかけた私にやっぱり壊れかけたあなたとで愛を知った @m-amiya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ