第5話 格好いい女2

ボロボロの生徒手帳に書いてあった住所に近づくと、亮と両親が何だか様子がおかしい。

(何?)

「うるせぇ!!」

両親から財布を奪い去り、大通りへタクシーを拾うために、亮が走って行った。

何が起きたのかはわからなかったけれど、とりあえず、静流もタクシーを拾い、亮を追いかけた。すると、タクシーは駅に止まった。

そのまま電車に乗り、つけていくと、どうやら東京に向かうらしい。

しかし、東京駅に着くと、静流は亮を見失ってしまった。


元々あか抜けている顔と背丈もあった静流は、この街で、只の勘でしかなかったが、年齢を偽り、アパートを借りると、毎日、歩いて歩いて、何処にいるかも全く見当のつかない人を探した。


そんな毎日をすでに一年もの間、過ごしていた。

「もう…会えないのかな?」

と諦めかけた時、薄暗くなった冬の空の星が、鮮やかに照らし出してくれた。


「あ!」

(あの人…原田さん…だ…よね?)


自分を救ってくれた人との再会。だったのだが、様子がおかしい。

亮は、二、三人の仲間を引き連れ、自分よりはるかに弱そうな男の子の腹を思いっきり蹴り倒した。

「ひゃっ!」

思わず、静流は小さな悲鳴をあげた。

どうやら、金品を要求しているらしかった。



「原田さん…あの時はあんなに優しかったのに…」

かなりの期待外れに、静流はがっかりした。

やっぱり、原田さんも同じなのかな?あの俊哉クズと…。


「キャーッ!!」

落ち込んで、それ以上に悔しくて、どんどんどんどん大通りから離れ、泣きたい気持ちだった。

そんな薄暗い細い道で、悲鳴がした。

「!?」

声をよく聞いて、静流は声の方へ向かった。


すると、男二人が声の主とみられる、女性のシャツを破こうとしている。

もう一人はスカートの中に手を入れている。


『レイプ…!』


その瞬間、捨てられた傘を素早く手にして、

「やめて!!」

「!?」

その声を聴いて振り返った二人を、二人とも一瞬で倒した。

「な、なんだお前!?」

「そんなの名乗る義務ない。警察呼ぶか?それとも私にぼこぼこにされたい?」

「キッ!なんだお前!一緒に真っ裸にしてやるよ!!!」

殴りかかってくる二人に、赤子の手をひねるがごとく、見事な太刀筋で静流は、男二人を、息をしているのか…と思うほど、見事に気絶させた。


「大丈夫ですか?」

「……」

その、レイプされる直前の恐怖を味わった静流だから救えた心だった。

「大丈夫。もう警察呼びました」

「…うぅ…あ…」

「泣いて良いですよ。怖かったですよね…。悔しいですよね。全部、分かります」

「…う…じゃあ…あなたも?」

「はい。私、そういう人、倒します。何人でも、何回でも闘います」

「ありがとう…」

そう言って彼女は大きな声で泣いた。


警察での事情聴取が終わったのは、もう明け方だった。


静流がいつでも五百万くらい携帯しだしたのは、その次の日からだった。お金で解決するしかない事案もあるかも知れない。

あの日傘がなければ剣道の力を大いに振舞う事も出来ない。いつも竹刀を持って歩くわけにもいかないし、そうしたら、剣道がなんのちなんの力にもならない。そんな時

、たいていの奴らはお金で解決することが出来る。


あの日、見かけた原田亮は、本当に原田亮だったのだろうか?

後姿と声はよく似ていた。静流の嫌な予感は、もうすぐ現実になる。


一週間後、いつもの通り、薄暗くなったのを確認して、静流はパトロールに家を出た。



「おらっ!おらっ!金出せよ」

今日真っ先に見つけたのは、一番出会いたくない人、場面だった。

「原田さん…」

静流は、涙が薄っすら頬を濡らした。

「何よ…何がだいじょうぶ?よ。痛いとこないか?よ…同じじゃない」

助けてもらった時の俊哉への何倍も悔しかった。


「おい!待て!」

カツアゲにあっていた少年の顔は唇と左頬に殴られただろう傷が残っていた。

(レイプじゃない…)

そんな事、本当は考えてはいけないと思いながら、亮の好意が、レイプではなく、カツアゲだったことに、何処か、安心してしまった。


こっそり細い道の入り口で張り込み、あのチンピラの一人の足元にパイプの棒が転がっている。

(よし!武器はある!)

一刻も早く助けなければ、と、出て行こうとした時、

「なんだよ、五千円かよ!」

「待ってください…今日…おばあちゃんの誕生日で…プレゼントを…」

弱弱しく涙で情けないように見えるかも知れないけれど、この子は強い。

自分の傷より、大切な人を想っている。そんな子を、そんな奇麗な心を持つ子にを、いじめる人じゃなかった。

少なくとも、あの時の、亮は…。

カツアゲした五千円を何の痛みも感じず、その場を離れよとする、亮たちを、


「待て!五千円返して!」


この一年、ずっと会いたかった人。

どんなに優しいか、どんなに強いか…。


私が、初めて好きになったのは、本当は誰だったのか…。

俊哉だった?本当に?


その人を泣きながらパイプでぶん殴った。

「くッ!」

「なんだお前!ふざけんな!!」

剣道三段で二人は秒殺。次に亮をかばっていた一人が右から殴りかかってきた。

それを、パイプがひん曲がるほどの力で、ぶっ倒した。二人は完全に失神した。

後ろからなんの準備もしていなかったせいもあったが、棒らしきものがあれば、そのまま起きれない亮をノックアウト出来るだろう。


レイプされた時、味わった悔しさの時と同じくらい、悔しかった。

一年も東京に居るのかどうかすら分からない、原田亮に、どうしても、最後の一発を決めるか、金で解決するか、悲しい二択が天秤を揺れ続けさせた。


そうこうしていると、やっと少し回復してきた亮が、ポケットから、ナイフを取り出した。

「ふざけんな!!!」

顔を狙って、切りつけて来た。

サッとよけるも、奇麗な顔にナイフの傷がついた。しかし、掠り傷ですんだ。

その時、亮は静流の涙が目の中に飛び込んできた。


亮も攻撃を止めた。

「何…泣いてやがる」

「知らなくていい。お金、返せ」

「…」

亮が渋々渡すと、ぱぁぁん!!と百万円の束で亮の頬をぶった。

「あの五千円にはその百万より大きな想いが詰まってるんだよ!これから、あんたがふざけてるところ見つけたら、殺す気で行くから!」


パイプを捨て、靴から取れた飾りやら何やらを歩道に落としたまま、消えていった。



こんなにボロボロにされたのに、亮の口からポロっと零れた言葉は…、

「………かっけぇ………」

だった。



そして、記憶が、タイムトラベルしたみたいに静流の顔が目から飛び込んできた。


「まさか…あの時の…なんで東京ここに居るんだよ…」

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