28 呼び声

 冷え切った闇の中を猛スピードで武装車両が疾走する。

 その上に乗るのは高見とちよだ。

 街は死人の腹のなかのように冴え冴えとした静寂が広がっている。

 巨大ワーディングを霧谷が使っているせいなのか。

 それともエレウシスの秘儀が広げている海のワーディングの影響か。どっちにしろ、一般人たちは夢を見て目覚めることもない。

 エレウシスの秘儀は現在、列車のレールのうえ、たゆたっている。

 見た目は巨大なクラゲのようにも見えるし、一つの島のようにも見える。

 神話においてエレウシスの秘儀は、もともと、小さな孤島で行われた儀式だったというので、それが関与しているのかもしれない。

 片腕しかないヴラスターリは外に出るとバランスを崩すため、なかで待機している。

「なんか、はじめのころと同じ」

「ん?」

 ちよの呟きに高見が片眉を持ち上げる。

「あの子とあったときも、こんなかんじだった」

 ちかと巡り会ったのは寝台特急のなかだった。。

 へんな気分だとちよが口にしたとたん、耳につけているイヤフォンから声がした。

「前方、ケートスを確認しました」

 アイシェの緊張した声にちよと高見は視線を交わした。

「本番だな。だが、まだだ」

「はい」

 走り先にケートスがいたのにちよがぎくりとしたが、けれど武装車両は止まらない。むしろ、スピードをあげていく。

 と、タイミングを見計らって顔を出したのはマルコ班だ。持っているマシンガンには抗レネゲイド弾が仕込まれている。彼らがそれでケートスを牽制するのに、武装列車は乱暴に走り抜ける。

 一匹のケートスが前足を伸ばしてきたのに、牽制がきかないと判断したマルコ班たちが飛び出して迎え撃つ。

 彼らが道中護衛をし、引き付けてくれたおかげで、ケートスの被害もなく、ようやくエレウシスの秘儀の前まで来た。

 問題はここからだ。エレウシスの秘儀を覆う海のワーディング。

「このまま海のなかに突撃しますっ!」

 アイシェの声にちよと高見は衝撃に備えた。

 海に触れたとき、ぐらん、と揺れた。

 まるで柔らかな羊膜にぶつかったような不思議な弾力だった。そして、かたい。

 弾かれようとも、武装列車を運転するアイシェはスピードを緩めない。

 ぐぷっと音をたてて先が入った隙間に赤い血の槍が追撃する。

 高見たちが顔をあげると、赤い従者が――さんざんやりあって、痛い目を見せられた従者たちが集まって穴を広げようと攻撃している。

 ヴラスターリのことを心配して、なかから出てこないが支援は口にすると言っていたヴァシリオスの行動にちよは少しだけ驚いた。まだ、疑っているところはあったからだ。

「従者によい顔をさせては困る。では、私も参るか」

「支部長」

「お前は備えておけ」

 そう口にすると高見は鉾を取り出し、低く構えると突進した。

 光よりもずっと早く――衝撃は音すらさせず、膜に穴が開く。

 そのチャンスをアイシェは逃さず、ねじ込んで、穴を広げていく。ようやく武装列車によって開いたその道はすぐに閉じてしまいそうだ。

「今です! みなさん、先にいってください」

 その声に背を押されてちよは海のなかに飛び込んだ。

 呼吸ができない――そう思ったが、出来た。

 海のなかなのに息が出来る不思議な空間のなかをちよは駆け出していく。一瞬、大きな揺れが――まるでちよを否定するような波が、背中を支えてくれたのは高見だった。後ろには椿たちもいる。

 前に進む。進むしかない。

 小さな光をちよは見る。

 真っ白い、うたかた。

 出会ったとき、泡みたいなだと思った、あの子が立ち尽くしている。

 ちよを認めると、儚げに微笑んだ。

 そして、ケートスが少女を飲み込んだ。思わず悲鳴をあげそうになる残酷な光景だが、ちよは足を止めない。

 もっともっと加速して、早くなって、切らなくちゃいけないのにちよの足はこれ以上はやく走ってくれない。

 じれったい。

「チャンスは作る。お前はただひたすらに走れっ!」

 高見がちよの前に飛び出し、無数のケートスが現れて向かってくるのを鉾で受け止め、いなす。

 あともう少して届く、というときに少女を飲み込んだケートスが大きく尾ひれを振るった。それを防いだのは大ムカデだった。

「名乗ろう! 新たな世界を作る欲望を持つマスターレイス! 狂乱の蟲使い、否、叶わぬ理想を追いかけ、それを思うがゆえに傷つく、永久に叶うことのない望みを抱く者・・・・・・コードネーム、夢の上!」

 椿が腹の底から声を発し、手を伸ばす。

「きぃ……桔梗! 僕の声に応えてここにこいっ」

 椿の声に応えるように海の――水を割って声が響いた。それは歌だ。羽の重なり合う、蟲の歌声。

 ちよは目を見開く。

 大きな、羽を広げた蝶――いや、そりよりもずっと細く長い透明な羽を震わせて、人の姿をした蟲が椿に寄り添う。

「道を開いてくれ、頼む」

 椿の手をとり、答える歌声は大地を割ってケートスを飲み込んだ。

 すごい、とちよが思わず声を漏らす。それほどの破壊力は、はじめて目にするといっても過言ではない。

 この強さがあれば遺産だって難なく破壊できるだろうが、蟲とともにいる椿の顔が苦しげに強ばっている。

 強ければ強い力を使うだけ、負担も並々ならないのだ。

「いまだ、いけ!」

 椿の声にちよは駆け抜ける。

 足を止めず、ケートスに目指して――口を開く、ケートスに――その顔が爆発した。

 後ろで、ヴァシリオスに支えられ、スポッターをしてもらったヴラスターリが狙撃したのだ。

 見事な一撃によって剥き出しの少女にちよは小太刀を振り上げた。

 斬る。

 そして

 触れる。

 自分の脳が焼き切れてもいい。

 海のなかに沈む。

 深い、深い暗い――少女の心のなか。

 それが一瞬にして白い、真っ白くなる――泣いている少女を抱きしめているかすみ。

 ごめんねとかすみは謝っている。

 守れなくて、ごめんね

 繰り返し、繰り返し、何度も謝っている。

 それは誰に対しての謝罪だろう。少女に対して? それとも、覚醒したとき、かすみが殺せなかったジャームを殺してしまったちよに対して? 

 本当はずっと戦うことを嫌って、逃げたいと思っていた自分にたいして?

 現実は苦しく、辛いことばかり。だからここにいて、ずっと、ここにいれれば

「戻ってきて、かすみちゃーーーん」

 かすみが弾かれたようにして振り返るのに少女がいやいやとしがみつく。

 流れ込んでくる。

 殴られて、苦しくて、辛くて、泣いてばかりの日々――この世に生まれてきた不運を呪い――そこで見つけた小さな光。

 花びらが散る。

 青い空色の花ばたけのなかで少女が笑っている。

 ここに、ずっと

 願っている。

 ここに、ずっと、いて

 祈っている。


「かすみちゃーーーーん」

 ちよは魂をこめて、ありったけの声で叫ぶ。

 もっと何かいいたいのに、言えない。言葉が出てこない。だから

「目をさましてぇええええええええ」

 消えていない絆をかたく握りしめる。

 この世界は辛いことばかりだ

 ままならないことばかりだ

 つらくて

 くるしくて

 けど、あなたがいるから私は生きていける。

 守られるんじゃなくて

 守っていきていく

 一緒に、生きてほしい。こんな世界でも、夢や希望を忘れずに進んでほしい。



「ちよーーーーーーーーーーーー!」


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