クライマックスフェイズ

27 作戦選択

 目覚めたとき、大切なものが目の前にある奇跡をヴラスターリはいま、知った。

 眠って起きると当たり前みたいに自分の手をとってくれているヴァシリオスに微笑みを向ける。

「私、どれくらい眠ってた?」

 部屋に連れ込まれて、眠ってしまい、時間の感覚がない。

 視線を巡らせても、暗い世界では今が朝なのか夜なのかすら、わからない。

「三時間ほどだな。あの子たちはずっと情報を探している。朝になれば殲滅部隊が向かってくるそうだ」

「そう」

 むくりとヴラスターリは起き上がる。体中が痛むのはまだ完全に回復してないせいだ。

 頭のうえでアリオンが

「もうちょっと寝てたらどうですか。人間ってもろいんですから」

「・・・・・・平気よ、アリオン。ねぇ聞きたいんだけど、あなた、知ってたのね? あの子が遺産だって、あなたはギリシャ神話にかかわるレネゲイドビーイングですもんね?」

 アリオンが本来は黒馬の本体ではなく、アクセサリーになっているのはある遺産と関わりがあることを隠すためだと以前、口にしていた。

 ギリシャ神話は多岐にわたるからわからないところが多いが、アリオンはあの少女の前では声を出そうともしなかった。おしゃべりな相棒が!

「・・・・・・はじめからではないですよ。途中から、なんとなくは察してましたけど」

 遠慮がちにアリオンは言い訳をする。

「まさか、ああいうものになっているとは思わなかったんです」

「あなたも知らなかったの」

「知りませんよ」

「そう」

「怒ってます?」

「怒ってないわ。ただあなたがヒントをくれるかと思った期待してる」

「……アッシュのやつが言ったのがだいたい正解ですね。ギリシャ神話の女神はそういう性質を持ってる。だからあんまり関わらないほうがいいんです。ギリシャ神話の性質上、安易な救いはありません。あのケートスは・・・・・・海の怪物です。たぶん、生命とかエネルギーというものが海のイメージとしてあれとなったんでしょう。本来はアンドロメダを襲う怪物です」

「お話はどうなったの?」

「たしか、化け物を退治して、あとは他の話と同じようにお姫様とかほっぽいて英雄として活躍を」

「それは少し違う」

 アリオンの説明にヴァシリオスが口を挟んだ。

「アンドロメダはギリシャ神話でも珍しく、救ってくれた英雄と幸せになる話だった」

「それ本当?」

 ヴラスターリがおずおずと聞いた。

「ああ。英雄の話は子供の頃好きだった。なかで珍しいものだったので覚えていた・・・・・・いや、好きな話だったんだ」

「・・・・・・あなたの子供時代?」

 珍しがるヴラスターリの反応にヴァシリオスが笑った。

「君みたいにはじめから大人ではないさ」

「・・・・・・そう、ね。あなたにそんな子供のときがあったのね」

「あったさ。そういう英雄に憧れていたんだ。強くて、優しくて、みんな幸せになる」

 ヴァシリオスがベッドに腰掛けて身を寄せてきたのにヴラスターリも寄りかかる。頭を撫でられたのに目を眇めて片方しかない手をそっと伸ばそうとしたとき部屋のドアがノックされた。

「おきてくださーい。マルコ班がきましたよー」

「迎えが来たようだな」

 大賀の明るい声にひっぱられるようにしてさっさと立ち上がるヴァシリオスの横では前のめりにこけそうになったヴラスターリは恨みがましい視線をドアに向けた。

「ほら」

 苦笑いとともに手を伸ばされて、ヴラスターリはその手をとった。


 会議室に行くと、すでに高見とちよがいた。そして、マルコ班の派手な色と獅子の紋章が刻まれた制服姿の椿が、いつも持っている杖をくるりと回転させて、そこから刃をあらわにした。

「これが、鬼切りの小太刀だ。マルコ班が持つ遺産であり、ジャームに有利に働くものだ。これに切られればどんなものも力を無くす。それはエレウシスの秘儀も同じだろう。これで切ることで暴走を鎮め、さらに持たせることで半永久的に衝動をおさえられるはずだ」

「・・・・・・あのときの、戦いでお前が鳴らしたのはこれか」

 高見がまじまじと小太刀を見つめる。

 小太刀というには大ぶりな刀だ。

「これは物理的な力ではなく、因果を切る。ゆえにどんなものにも効果がある」

「エレウシスの秘儀にも有効ということか」

 こちらが必死に探し回った情報を椿はすでに理解に至っている。

「遺産同士が重なり合い、相殺するということか。・・・・・・お前にはお前の事情があるだろう。いいのか」

「ああ」

 椿が、伏目がちに言い返した。

「僕の事情には手を打った。マルコ班の隊長として、独断だがこれをあの娘に使うことも許可する。ただ僕は体が不自由だから、これを振るえない」

 椿が刀を差し出すのにちよが進み出る。それを高見と大賀は驚いたように見た。

「私が、使います」

「ちよ」「おい」

 高見は槍や鉾は使えても刀は振るえない、大賀はキュマイラでそもそも武器を持たないスタイルだ。

「確かノイマンだったな」

「はい。ノイマンとソラリスの力です。治癒しかできません。けど、一度見たものは忘れませんし、それである程度は動けます」

 だから、刀も使える。

 どんな武器の扱いも、一度見ればある程度は覚えられる。正確にはノイマンとして脳で理解し、自身の肉体にその動きをトレースするのだ。

 無論、どれだけ理解しても鍛えていない身体では誤差は生じるだろうが、ある程度は計算にいれて動くことはできる。

 それがどれだけの負担になるかもちよはも理解している。

 自分のするべきことだと思うから刀を受け取った。

「これであの子を切ればいいんですね?」

「・・・・・・正確には見えない暴走や狂気だ。そのあと、お前があれに触れれば、お前の能力でかすみという少女を連れ戻せるはずだ」

「やってみます」

「おい、ちよ」

「大賀、ごめん。けど、この役は誰にもあげたくないです。支部長」

「まったく。お前から奪うやつはいないさ。ここには適役がいないからな。私もかまわん。つまり、私たちは道を作ればいいんだな?」

「そうだ。僕たちが道を作る。そしてちよに託す、そういう作戦だ。シンプルでいいだろう?むろん、失敗する可能性はある。遺産同士がぶつかれば力で押し負ける可能性もある。ただ幸いなことにまだエレウシスの秘儀は動いていない。それはお前たちが名を与え、人格を固定した少女が遺産の邪魔になっているからだと推測される」

「邪魔?」

 ちよが目をぱちくりさせて聞く。

「完璧なシステムのバグさ。遺産は遺産ゆえに人の感情などというものを考えなかった。だからレネゲイドビーイングをゲートにしたんだろう」

「あ」

 盲点をつかれたようにちよが声を漏らした。

 遺産はギリシャ神話にかかわるからこそ、少女を門とし、神話の性質から感情を力の発動条件にした。けれど同時に心があるということは、抗うこともあるということだ。

 矛盾し、望み、悲しみ、怒り――少女は怒っている、同時に救ったことに安堵とし、自分の暴走を悲しみ、遺産の力と戦い続けている。

 遺産という絶対的なシステムには理解できない代物だろう。

「かすみちゃんを連れていったのも」

「望みであり、そうでないのだろう」

 椿の言葉にちよは目をかたく閉じ、息を吐いた。

「救ってみせる」

 誰をとは言わない。

「もし、遺産が止められなかったときは僕が」

「いいえ。あれを破壊するのは私よ」

 ずっと黙って聞いていたヴラスターリが割ってはいった。

「私は狙撃手だもの。遠くから獲物を狙うことは得意だわ。それに、その体で出来ると思っているの?」

「・・・・・・お前こそ、片腕がないのに出来るのか?」

「彼が私を支えてくれるわ」

 ヴラスターリは手を握ってくれているヴァシリオスを見上げた。ヴァシリオスは目を細め、あいている手でヴラスターリの頬を撫でた。それだけで言葉はなくても通じ合うものがあったのだろう、黙ってヴラスターリは椿を見返した。

「償うチャンスがほしいの。彼に」

 一分、椿とヴラスターリは睨み合った。そして根負けして視線を逸らしたのは椿だ。

「……霧谷は黙らせたのか」

 椿が何か言おうとしてあえて別のことを口にした。償うにはあまりにも足りない。けれどそれはこれから、していくことだ。

「言い負かしてきたぞ」

 高見が、にぃと得意げに笑った。

「とはいえ、朝日が昇れば待ってくれまいが」

「では、今から作戦開始だな。行くぞ」

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