25 選択、決意

 ドアがノックされて、開いた。

 そこからひょこんとヴラスターリが顔を出した。

「ヴラスターリさん?」

「・・・・・・話したいことがあるの」

 なぜか動きが、ひどくぎこちないヴラスターリにちよと大賀は不思議そうな顔をしながら向き合う。

 ヴラスターリが話したのは、遺産についてことだ、どうしてあれがああいう性質なのか、そしてああなってしまったのか。

 ちよのなかで全部のピースがかちりと音をたてる。

「・・・・・・かすみちゃんを取り戻すことはできると思います」

「ちよ、それってどうするんだ」

「私が、あの子に近づいて、門の中に入る。記憶探索者だもん。自分の意識を切り離すことはできるわ。ソラリスの力であの子を落ち着けることはある程度できると思うし。それでエネルギーになったかすみちゃんを呼び戻すの。だって、私とかすみちゃんには強い絆があるから、それで引き戻すことはできると思う」

「思うって、思うだけかよ」

 大賀が顔を強ばらせた。

「失敗したらちよは」

「戻ってこれなくなるかもしれない。けど、それが思いつく最善だから」

 真剣な顔でちよは言い返す。

 危険でも、しない理由はない。

 かすみがいないこの世は残酷で、寂しくて、後悔ばかり。だったら、連れ戻す。それで後悔は少なくなる。

「勝手だよ」

 大賀が辛そうな顔をする。

「それで、ちよまでいなくなったらオレ・・・・・・オレっ」

「大賀、信じてよ。私のことも、かすみちゃんのことも、私たちはあんたの背中を押した女じゃないのっ」

 ちよが震える大賀の手を両手に握りしめて怒鳴っていた。

 弾かれたように大賀は目を丸めて、ゆるゆると頷いた。

「信じる。けど、オレも、一緒に」

「・・・・・・大賀はずっとかすみちゃんの手をとってあげていて」

「なんで、オレだって」

「かすみちゃんの体を守ってほしいの。あと、目覚めたとき、一番会いたいのはアンタだもん」

 ちょっと腹立つけどさ、とちよは悪態をつく。大賀は目をぱちぱちさせたあと、吹き出した。

「そっか。役得だな」

「そうだよ」

 つっこけんどんとちよが言い返し、はっと気がついてやりとりを見守っているヴラスターリに視線を向けた。

「手伝ってくれますか?」

「そのつもりよ。なにができるかわからないけど、ヴァシリオスも手伝うって」

「・・・・・・ありがとうございます。もし、全部終わったら、ヴァシリオスさんのジャームだっていうUGNの判定、違うって、申請します」

 ヴラスターリが目を見開いた。

 UGNは、その危険性や行動から特定のオーヴァードをジャームと判定し――登録して、情報を全てのUGN関係者が確認できるようにネットワークを共有している。けれどあくまでそれは言動などから導きだされたもので、本当にジャームなのかということはわからない。

 そもそもジャームとは、その定義が曖昧だ。

 ジャームとは、レネゲイドウィルスに支配され、衝動に飲まれてしまったことを示す。

 一時的に衝動に飲まれるのも珍しくはない。それが長期化した場合をジャームという。

 ジャームは治すことができない。

 だから生け捕りにして冷凍保存。

 未来の――治療方法が発見されるまで生きながらえさせるのだ。

 ヴァシリオスはこのままだとそうなる。

 けれど、UGNでも複数人がその人物をジャームだと言わなければ、取り消されることもある。かなりの厳しい条件だが、支部一つ分の人数、そして科学者のレネゲイド数値の判定をクリアーすれば、UGNの本部も受け入れざる終えないはずだ。

でなければジャームでも受け入れるFH組織に寝返るしかない。

 ヴラスターリの今の願いはヴァシリオスと生きること。

 彼のしたことは決して許されない。ジャームとして冷凍保存されたほうがきっとずっとラクなこともあるだろうが、ヴラスターリはそれを望んでいない。ちよが思いつくのは、今のヴァシリオスの行動を引き合いに、みんなにジャーム判定への抗議文、戸口に裏回しをしてもらって数値の提示だ。――たぶんヴァシリオスはジャームだ。けれど戸口なら数値を偽造して提出もしてくれる。

「そういう取引です」

「・・・・・・あなたは」

「私と大賀、支部長の推薦状、あとこの支部にいる出来る限りの人たちのももらいます。どうですか」

「わかったわ。応じる」

 ヴラスターリは静かに、微笑んで言い返した。

「ありがとう」

「お礼は、全てが終わってからです。あと、一つ聞いてもいいですか」

「なにかしら」

「なんでそんなにも動きがひょこんひょこんしてるんですか」

「あ、オレも気になってた。体調悪いんですか」

 とたんにヴラスターリが真っ赤になった。

「ちが、これは・・・・・・あたらしいけいけんを、その、したから」

 ちよも大賀ももじもじするヴラスターリを見て首を傾げた。どうしてそんなにも慌てて、俯いたりしているんだろう。

「ヴラスターリ、ここにいたのか」

 ドアをノックしながら、ヴァシリオスが顔を出してきた。顔に心配していると書いてある。

 ちよと大賀を認めてヴァシリオスの眉が少しだけ動いた。

「あまりふらふらしないでくれ。体に障る」

「へ、平気よ。っあ」

 バランスを崩したヴラスターリをヴァシリオスが慌てて受け止める。とても大切なもののように胸の中におさめるその姿にちよはあてられて頬が赤くなるのを感じた。大賀も同じく。

 これが大人なんだ。

「少し休もう」

「う、うん。ごめんなさい。少しだけ休ませてもらうわ」

「はい!」

「ッス」

 なんだか照れてしまうちよと大賀は慌てて言い返した。

 その様子にヴァシリオスが静かに、微笑んだあとヴラスターリを抱えて! ――ちよは心のなかで叫んだ。お姫様抱っこしてる!

「ちょ、いいわよ。そんな、私、平気よ」

「倒れたら困るだろう」

「倒れないわよ。私強いんだからねっ」

「知っている。だが、無理はよくない」

「う、ううっ」

 言い負かされるヴラスターリにヴァシリオスが勝ち誇った顔をする。

 あ、もう無理。

「うひゃあああああ」

 思わずちよは身もだえた。

 こういうのってずるすぎる~。

「あー・・・・・・ああいうのって女の子されて嬉しいもんなんだ?」

「嬉しいよー。ぜったいうれしいよー。ヴラスターリさん、うれしそう~~。はぁああん、もうばか」

 大賀がへぇーと感心の声を漏らすと

「悲鳴が聞こえてきてみれば・・・・・・なんだ。いちゃいちゃか?」

 高見がドアの前に立ち、小首を傾げる。

「すまんな。邪魔をするが……マルコ班の隊長殿と連絡がとれん」

「椿のことか」

「そういえば、マリンスノーのときにも言っていたな。知っているのか」

「あいつは……FHにいた者だ」

 抱っこされて悶えているヴラスターリ以外の全員がその言葉にぎくりとした。

「旧マスターレイスだ」

「マスターレイスだと! それも旧とは……都築京香の時代のか」

 高見がとんでもないとばかりに聞き返したのにヴァシリオスは頷いた。

「彼は、マスターレイス、二つ名を狂乱の蟲使い。もう一人のマスターレイス日下部仁とコンビを組んでいたと聞いた」

「あの裏切者とか」

 高見は眉を寄せた。

 日下部仁はマスターレイスであり、賢者の石を使って世界を支配しようとした男だ。神すら殺すと豪語し、結局UGNの手によって阻止されている。そのあと彼は死んだと言われているが、その遺体などは回収されず、不明のままだ。

「現在、古いマスターレイスたちは現在のFHに属する者、足抜けをする者といたそうだ。そのなかで椿も抜けたと聞いた。正確には行方をくらませて、日下部が探していると小耳には挟んだ」

「まて、あいつ、生きていたのか」

「ああ。今はほとんど隠居していると言っていたが」

 高見が険しい顔でうーと唸った。あまりにも恐ろしい敵の内情を聞いてしまい、聞かなったことにしておきたいと露骨に態度に出ている。

「まさか、今やUGNで働いているとは思わなかったが、あの強さはさずかのマスターレイスといったところだが」

「・・・・・・そうか。いろいろと腑に落ちた」

 どうしたものか、と高見は両肩を竦めた。

「マルコ班の協力なくしては、私たちの支部単体で遺産に突撃は厳しいぞ」

「けど猶予はないんですよね」

「……今日一日だ。明日には本部に殲滅隊が揃うそうだ。そうすればもう止められんぞ」

 高見の言葉にちよは下唇を噛む。

 今日一日が猶予だとしたらもう時間はない。かすみを取り戻す方法、そしてちかを助ける方法を。

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