24 結論を出すとき

 データを何度も参照、検討、分析、解読からなるいくつものパターンを構成、それに伴う対応の方法――たった一人でちよはかすみの側で孤独に戦っていた。

 ノイマンは前線ではあまり戦わない。身体能力が向上し、ただ脳の回転率があがるというものだ。正確には演算処理能力。

 それは知識を使い、経験を積み、強くなるもので地味で、見栄えは決してよくない。

 他の能力と引き合いに出したら、決してすごいことはない。むしろ、個体の底上げこそがノイマンの真髄ともいえる。

 もっと戦闘向きのシンドロームだったらとちよも何度か考えたことはある。

 ノイマンとソラリスどちらも後方支援向きだ。

 せめてどちらか片方がもっと攻撃に特化していればと願うことはなあった。けど、今はこれでいい。

 自分の体内でカフェインを作り出して眠気を最低限に押さえ込み、脳を活性化させる。

 そんな荒技ができるのも、この二つのシンドロームのおかげだ。

 はたからみれば、ちよはたった一人で書類に向き合い、ぶつぶつと言葉を呟いている、どこか人ではないもののように見られるだろう。それくらい彼女は意識を集中させていた。

 いくつものパターンが浮かんで消える。

 もっともっと知識があればよかった。悔しくなる。自分はノイマンなのに、考えれる可能性には限りがある。それが歯がゆい。

 今まできちんと努力してこなかったからだ。

 かすみの側で守られる立場に甘んじていたから。ノイマンのくせにいろんな知識を手に入れることをしなかった。自分で自分を扱いきれてなかった。なんてばかなんだろう。

「っ」

 ちよの口から細く長い息が漏れる。

 悔しい。

 自分が無力すぎて。あのときとなにもかも同じだ。

「ちよ」

 声にちよは集中を解いた。

 顔をあげると、大賀がにこりと笑って立っていた。疲れているのに、そんなそぶりをちっとも見せない。

 かっこいい男の子。

 あ、叶わないな。

 かすみが、大賀のことを好いていることは知っていた。いつも、かすみの目は大賀を追いかけていた。誰よりも先へと進む少年を。

 その少年の顔が、少しだけ大人びて見える。

 ままならない現実を受け止めて、傷ついて、疲れ果てて、けど、諦めない男の顔だ。

 大賀はちよの横に腰掛ける。

 二人揃って、かすみの眠るベッドの下で身を寄せ合う。

 大賀はちよのためにお皿に乗ったおにぎりを持ってきてくれていた。

「食べないと倒れちゃうよ」

「う、ん」

 ちよは苦笑いして、おにぎりを頬張る。塩がよくきいて、しょっぱい。味覚を刺激されて意識が覚醒するのがわかる。

「先、食堂でマスターレギオンに会った」

「うん?」

「あの人、きょろきょろしていて、なにしてんだろうなぁと思ったら、声かけてきて、食料をどこで貰えるかって聞くんだ。ヴラスターリに食べさせたいって」

「・・・・・・すごいね」

「今、支部のメンツ、総出中だろう? 食堂係の人、おにぎりいっぱい作ってくれてるの。あの人、もらって帰ってた。すごく礼儀正しいねっておばちゃんがいってたよ。お礼いってくれたし」

 食堂などの裏方は非戦闘員のUGN協力者だ。

 彼らの援があるから自分たちは戦っていられるのだ。

「ふつーの人だった」

「うん?」

「奇襲かけてきたときと違って、すごくふつーだった。ヴラスターリさんのこと気にして、遠慮がちで、いい人だった。ジャームでもさ、ああなるんだなって思った」

 大賀は目を細める。

 彼はマスターレギオンの狂いを知っている。恐ろしさも、強さも。

 ちよもそうだ。

 世界の不平等を憎みがら、自分こそが不平等を作ろうとしていた。完璧な支配を行い、平等を招くなんて所詮は無理なことだ。彼自身がそのことが不正解をどこかで知りながらもやっていた。自分の行いが間違いだと言いながらやるのは、ただの狂人だ。

「オレたちもいつかああなるのかなって思った」

「大賀は、怖いの?」

「怖いよ。めちゃくちゃ怖い」

「・・・・・・そっか」

 その素直なところが強いところなんだと思う。悔しいくらい大賀は強い。

「あのさ、オレ、かすみに告白されたの。知ってる?」

「え」

 思わずちよは動きを止めた。なにいった、こいつ。

「オレさ、答えを、うわっぷ」

 大賀が思わずのけぞって。

 ちよの鉄拳がとんだからだ。

「お前、一回死んどく? かすみちゃんの告白に即座におっけいしてないってなに? いい男ムーブなの? 余裕あるの? むかつくんだけど、あ、うん、やっぱり殺す」

「ちょ、たんまたんま、ちよ、怖い」

「怒ってるから怖いに決まってるじゃない?」

 本気で怒ったちよに大賀はひくっと口元をひくつかせて後ずさる。

 しかし、ちよはすぐに冷静さとを取り戻して拳をおろした。

「・・・・・・知ってた。かすみちゃんが大賀のこと好きなの」

「うそ、まじで」

「見てればわかるよ。かすみちゃん、ずっとずっと大賀のこと、見てるもん」

 その視線が切なくて、宝石みたいに輝いていて、だから、ああ好きなんだってちよはわかった。

「へ、へー」

 大賀の戸惑っているのに、はにかんだ顔が、男のものでちよはわかる。

 こういうのを

「両思いってやつかー」

「え、えええ。なんで急に……オレは、別に、いや、その・・・・・・好きだけど」

「ならなんでオッケイしないの? ばかなの? 本当にばかなの?」

「ちよ、言葉使い悪くなってる」

 大賀が呆れてつっこんだ。

「・・・・・・うん。オレも自分のこと馬鹿だって思う。けどさ、かすみのこと、大切だからさ・・・・・・いいのかなって迷った」

「・・・・・・それは大賀の問題?」

「うん。オレ・・・・・・いつも背中を押してくれる女の子がいてさ、その子のおかげで前に飛び出すことができた……その子を助けるのに間に合わなかった。けど、その子はオレに前に進めって」

 大賀の過去は出来るだけ触れないようにしてきた。彼が触れてほしくないと思ったからだ。

 こうしてぽつぽつと語られるのにちよは黙って聞くことにした。

「けどさ、肝心なときに助けられなかった」

「それはかすみちゃんのこと?」

「うん」

 大賀が下唇を噛みしめて、俯いた。

「ごめん」

 誰に、というわけではなくて独り言のように。

 ちよは黙って大賀を見た。こんな風に弱い姿を自分は見てしまってもいいのかとためらいが生まれる。

 きっとかすみなら、この弱さも受け止めるのに。大賀はきっとかすみの前で弱い自分をまだ出したくないんだ。

 男の子って勝手すぎる。

「大賀がさ、かすみちゃんに言えないこと言ったから私も言うね」

「へ?」

 大賀がきょとんとする。憎めない顔だ。

「昔のこと覚えてるよ」

「・・・・・・ちよ、それって」

「忘れてるふりしているほうが、たぶん、みんな、都合がいいと思ったんだけどさ。私ね、記憶探索者としての力を持ってるらしいの」

 ソラリスのシンドロームが持つ特殊な力の一つで、科学物質により相手の意識とシンクロを行い、相手の記憶を読み取り、相手のなくしてしまったものを、なくしていないと思い込ませる能力だ。これは特殊な力で、なくしたものをすくいあげたときの記憶を、思いを復活させる。同時にそのなくしたものにも――現実にも微妙だが影響があることも多々確認されている。

 これに似たことをちよは常にかすみに行っている。

 かすみの意識にシンクロして、彼女の能力をサポートする。

 そんなことをしていてかすみの過去を見ないはずがない。

「覚醒したことをみんな事故だって言ってるけど、そんな優しい嘘は私に通じないんだよ」

「・・・・・・かすみはちよのこと守ってるつもりなのに、言わないのかよ」

「言えないよ。かすみちゃん、私のこと守ってるんだもん」

 力なくちよは笑い、大賀を見た。

 自分が、怒りにまかせてジャームを殺した――守ろうとしてくれたかすみは躊躇って出来ないことを――悲しくて、悲しくて、それが一回転して、笑ってしまった壊れた自分――ああ、これで私もこいつと同じだね、と――かすみの心を抉ってしまった過去の言葉。

 全部覚えてるよ、かすみちゃん。

「けど、今度会えたら言うよ。もう守らなくてもいいし、一人で背負わなくてもいいって・・・・・・だから、大賀も、背中を押してくれる子じゃなくて、一緒に走ってくれる子のことを見てあげて」

 大賀が黙って、眠るかすみを見たあと、小さく頷いた。

 ああ、やっぱり男の子の顔だ。

「オレさ、もっと強くなりたい」

「うん」

「……だからここに居続けてちゃだめなんだ」

 決意する言葉と表情にちよは何か言おうとして、やめた。

 だって敵に塩を送る必要なんてちよにはない。

 やっぱり男の子だ。むかつく。

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