第5話:恋をしない人

 大学生になると、また一人の女の子に恋をした。一匹狼でクールな関西弁の女の子。タイプがわかりやすいなと自分でも笑ってしまう。今度はもう、誰にも恋心を知られないようにしなければ。そう気をつけていても、どうやら私はよっぽど分かりやすいらしく、すぐに友人にバレた。そしてまたお節介を焼かれて、彼女と顔見知りになってしまった。遠くで見ているだけで良かったのに。

 私は極力彼女を避けた。友人からは話すことすら恥ずかしいピュアな女の子に見えたらしく、お節介は加速した。


 ある日のこと。友人達とカラオケの約束をした。なのに、待ち合わせ場所に行くと誰も居なかった。やって来たのは彼女だけ。約束の時間を過ぎても誰も来ず、ハメられたと察してため息を吐くと、彼女も同時にため息を吐いた。気まずい空気が流れる。


「……あざみさん? やっけ」


「あ、う、うん。三浦みうらあざみです」


「あー。下の名前やったんか。苗字やと思ったわ。あたしは白狼はくろう夜月やづき


「厨二臭い名前やろ」と彼女は笑う。彼女が笑った顔は初めて見た。思わず見惚れてしまい、言葉を失ってしまう。すると彼女は私から目を逸らし、言った。「あたし、恋愛的な意味で人を好きになったことないんよ」と。そして目を合わさないまま「三浦さんは? ある? 恋したこと」と私に問う。彼女はきっと、私が向ける恋愛感情に気づいているのだろう。


「……あるよ。でも、私の恋は、普通とは違うんだ」


「普通とは違う?」


 興味を示したのか、彼女が私の方を向き直す。

 今度は私の方が目を逸らしてしまう。


「えっ……と……その……」


「あぁ、ごめん。……あたし、マジで恋愛感情ってのが分からんくて。自分に向けられるそれはなんとなく分かるようになってきたんやけど、共感は出来へんのよ」


 彼女は語る。そういう人がいることは私は知っていた。


「アロマンティック……だっけ」


 口に出すと、彼女はパッと顔を輝かせて「そう! それやねん!」と私を指差す。しかし、すぐに顔を曇らせてしまう。


「あー……だからその、勘違いだったら凄く恥ずいんやけど……自分、あたしのこと好きやろ?」


「好き……です」


「やっぱなぁー! そんな気ぃしたもん! かんにんな。さっきも言うたけど、あたし、人を好きになれへんねん」


 ほんまごめんと両手を合わせて謝る白狼さん。話してみると思ったより表情が豊かで、クールなイメージがガラガラと崩れていく。しかし、むしろそのギャップに萌えて恋心は加速する。彼女になら、話しても良いだろうか。私の恋のことを。


「あ、あの、私……」


「うん?」


「私……白狼さんのこと好き」


「聞いた」


「恋愛的な意味で好き」


「それも聞いた。けどあたしは——「わ、私! 君のこと好きなんだけど、その、付き合いたいとは思わなくて。むしろ、好きにならないって言われてホッとしたっていうか、ますます好きになったっていうか」


 早口で語ってしまうと、彼女は「へ?」と間抜けな声を上げた。その反応が、私の心をざわつかせた。


『付き合いたくないのに誰とも付き合ってほしくないなんて、そんなのただの独占欲じゃない』


 元カノに言われた言葉が、彼女達の泣き顔が蘇る。私の恋はただのわがままだ。人を傷つける。


「や、やっぱり変だよね。こんなの。あの、私、変なんだよ。普通じゃないの。わがままなんだよ」


 自分の意思に反して次々と自分を否定する言葉が溢れ出てくる。その言葉が突き刺さり、涙が溢れる。だけど止まらない。とめどなく溢れてくる。すると彼女は、私の両頬を押し潰すように両手で押さえて私を黙らせた。

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