第44話 競走
帰還した斥候部隊の報告には特筆して対処が必要となりそうなものは無かった。
翌日も探索を続けたのだが、森のかなり奥まで踏み込んでもハグレの
そんな訳で俺たちは二日目の夜に明日の出立を正式に告げられた。
「明朝の日の出とともに出発する。準備はいいか」
「私達は大丈夫ですけど、伯爵が抜けて砦は大丈夫なんですか?」
「森に入った斥候隊が無事に帰ってこれるほど魔物が減っている。これなら副官の指示でも十分戦えるだろう。お前たちが心配する事もないさ。そんな事より今晩は良く寝ておけよ。ローバーまではあまり休まず駆けるからな」
速駆けか。それはそれで楽しみだ。襲歩を試せるな。
オルフェにも言っとかないとな。また怒られる。
そう思って馬房に行ってみるとオルフェは存外に機嫌が良さそうだった。
『ふ〜ん、明日から走るのね。ここじゃあんまり動けなくて体が張って来てたから丁度いいわ。それよりアンタまた何かしたでしょ?』
「ナ、ナニモシテナイデスヨ」(棒)
『嘘言いなさい。じゃあなんで急にあたしの待遇が良くなったのよ。丁寧にブラシはかけてくれるし、餌の量も増えたし。何より兵士たちが妙に寄ってくるのよね』
オルフェが俺の馬だと知っている兵士が感謝のつもりでやってくれたようだ。
「オルフェがいい馬だからだろ。みんなそれが分かってきたんだよ」
『今更?なら仕方ないわね』
否定せんのかーい!あっさり受け入れたようだ。
「そういう訳だから、明日から暫く頼むな」
『任せなさい。あ〜思いっきり走るの久しぶり。楽しみだわ』
景色が飛ぶように後方へ流れ去っていく。
油断をすればバランスを崩して落馬しそうな勢いだ。
(鐙、長めにしておいて良かった〜)
鐙を短くした方が手綱に力が加えられるので馬の挙動を御しやすくなるのだが、その反面重心が高くなり急な馬の挙動にバランスを崩しやすくもなるし、足での扶助も難しくなる。
つまり、より高い乗馬技術が必要となるのだ。
言葉で指示を伝えられるオルフェには手綱はあまり意味が無いので安定性重視で鐙は長めに調整していた。
俺たちは翌日の早朝に予定通り砦を出発し王都への旅路についた。
順調に旅路を進んでいたのだがオルフェが
『そろそろ好きに駆けさせろ!』
というので伯爵に断ってから許可を出したらこのザマだ。
「すいません伯爵、少し好きに走っても大丈夫でしょうか?」
「ああ、この先の河原で休む予定だからそこまでなら構わんぞ」
「じゃあそこまで先行しますね」
「なら私も久しぶりにノイアーを走らせてみるか。競走だな」
ノイアーとは伯爵の馬の名前だ。
その漆黒の馬体は伯爵を乗せるのに相応しい巨体だ。
「よし、行くぞ!」
ノイアーの巨体が地響きと共に加速する。
「オルフェ、負けるなよ」
『当然!』
その力を解き放ち加速したオルフェが靡く伯爵のマントを横目にノイアーを一気に追い抜く。
初めて乗った時に仕掛けられた悪戯の時にも思ったのだが、
ノイアーと比べれば小さいが馬として十分立派な馬体だし、乗せてる重さが違う。何しろノイアーが乗せてるのは熊なんだから人との重さの差は歴然だ。(一応人だけど)
疾走は五分程で終了した。河原に着いちゃったので。馬の体力的にも丁度良かった。
『くぅ〜水美味しい!やっぱり思いっきり走るのは楽しいわ』
川の水を飲みながらオルフェが独り言ちる。
まだ余裕がありそうだが満足してくれたようで良かった。
汗を拭いてやっていると伯爵が来た。
「ノイアーが追い付けんとは大した馬だな。いやー負けた負けた」
『くっ、お前が重いだけだ。俺は負けてなどいない』
ノイアーは悔しかったのか伯爵に文句を言ってる。伝わってないけど。
伯爵を降ろしたノイアーもオルフェに並んで水を飲む。
『お前、中々やるな』
『そういうあなたもね。あんな重そうな人間乗せてよく走れるわね。あたしじゃ無理』
『おお、分かってくれるか。あやつ、段々と重たくなりおって苦労している。今日は鎧を付けていない分まだマシなんだがな』
『当り前じゃない。あたしを誰だと思ってるのよ』
おい、お前ちょっと前までただの貸し馬だったろうが。
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