第13穴 女の勧
サラリーマンに戻って、家族の目がなくなったのをいいことに、亮一は自由を満喫し始めた。週末はゴルフの練習に行き、月に1度はコースに出ると言って薄暗い早朝からいそいそと出かけて行った。
仕事から帰って来ても肌身離さずスマホを持ち歩き、何やら打ち込んだり写真を見たりしているようだった。一緒にコースを回るゴルフ仲間ができて、グループでやり取りをしていると言っていた。
ある日、珍しくスマホを置きっぱなしで、亮一がお風呂に入りにいった。彩也子は人のスマホを勝手に見ることはしてこなかったが、画面が開いたままになっていたので何気なくスマホを見ると、ゴルフのグローブの写真が出ていた。またゴルフグッズを買おうとしているのかと、値段を見ようと思ってスマホに顔を近づけてみると、それはショッピングサイトの商品写真ではなく、亮一が撮った写真だった。なんでグローブの写真なんか撮っているのかと覗き込むと、それは亮一が手に持って写したレディースのゴルフグローブだった。
彩也子は一瞬で、理解した。
(プレゼントだ)
もちろん、彩也子にではない。薄々感じてはいたが、ゴルフ仲間というのは男性ばかりではなかったのだ。
クリスマスのカード明細の一件も、彩也子はまだ黙っていた。気付いてないふりをしていたら、亮一はどこまで嘘をつき続けるのだろう。
ゴルフや飲み会に行く時、亮一は、一応彩也子にちゃんと予定を告げた。しかし、
「今週、お客さんとゴルフ」とか「今日の夜は、お客さんと飲み会」彩也子には見えない「お客さん」という便利な存在を使って、詳細は言わなかった。仕事の付き合いの話を、彩也子が聞いてくるはずがないと思っているからだった。
その週の土曜日の夜、次の日にゴルフに行くからと、遠足に行く準備をする子どものようにいそいそと支度をしていた亮一に、彩也子が聞いた。
「何人で行くの?」
ふいに予定の詳細を聞かれ、亮一は「え?」と声が上ずった。
「3、4人・・・だと思う」
「コース回るのに、誰と行くのか何人かも知らないとかあるの?」
「早朝の安いコースだから、仲間が見つからない人同士でこの日行ける人いませんか、みたいなゴルフのサイトがあって、だから行ってみないと分からないんだよ」
「へぇ~。そんな初めましての人とゴルフして楽しいの?」
「じゃないと、回りたい日に人集めたりするの大変だし」
「ふぅん・・・」
彩也子は、うまくごまかされたのは分かったが、それ以上の追及はしなかった。
翌朝、彩也子がまだ眠っているうちに、亮一は出かけて行った。
夕方、帰って来た亮一はご機嫌で饒舌だった。
「今日は午前中42で回れたんだよ。午後もう少し調子上がれば90切れたのに、惜しかったなぁ」
「90がうまいのか下手なのか、よくわかんないけど」彩也子はどうでもいいという感じで言った。すると、
「2週連続で悪いんだけど、来週もゴルフに誘われちゃって」
「えぇ~、また?」
「来週はお客さんとだから」
(あれ?)
彩也子には、なにか違和感があった。なにかを感じた。とりあえず、
「よくそんなにお金がもつわね。私も子どもたちもどこにも行ってないのに」と文句は言った。
金曜日の朝、亮一は出がけに、
「今日、お客さんと食事してくるから、晩飯いらないや」と言った。
その時、彩也子はピンときた。
(嘘をついてる)
言い回しの違いもあった。亮一が本当にお客さんと出かける時は、無意識に「今日は」と言った。お客さんではない誰かと行く時は、飲み会と言わず「食事」と言った。食事することに嘘はないから罪悪感が減るのだろう。そして、本当はお客さんとではない時は「行ってきます」と言った時に、彩也子と視線が合うことはなかった。
ほんの些細なことだったが、彩也子は気付いてしまった。気付きたくはなかった。でも、第六感としか言いようのない、女の勧は研ぎ澄まされていたのだった。
蟻は、穴を掘り進めていく。
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