第12穴 クリスマスの嘘

 亮一が脳梗塞で倒れ、奇跡的な回復を見せて2週間で退院できたのは良かったが、目立った後遺症はなかったものの、喋りづらさや不眠のような症状が少し残った。なぜか夜になると「眠れない、眠れない」と夜中に何度も起き、明け方になるとぐっすり眠った。夜に寝られていないから寝てないと亮一は言うが、彩也子より、睡眠時間はたっぷり取っていた。

 結局、2か月ほど休み休み仕事をしていたが自分でやっていくには厳しくなり、1年後には、事務所を閉めることになった。パートの長谷川さんは、涙を流しながら「お世話になりました」と言って去って行ったが、奈美は「別の仕事探さなきゃならないの、めんどくさいな」と、最後まで態度が悪かったが、彩也子にとってはこれで奈美と一緒に仕事をしなくて済むと思うと、ホッとした。

 

 精神的にも落ち着いてきた亮一は、地元の事務機を扱う会社に就職した。中途採用だしそんなに給料は高くはなかったが、毎月、決まった収入がある安心感で彩也子も穏やかに過ごせるようになり、地域のフリーペーパーを作る会社で事務のパートを始めた。家から歩いて15分くらいで通える所だったし、週4日ほどのパートは、家事や育児に支障もなく、家族以外と仕事をするのは、彩也子にとってもいい気分転換になって良かった。


 亮一は、初めて就職した時のことを思い出したのか、新しい会社での営業が新鮮で楽しいと言っていた。サラリーマンらしく、スーツを着て出かけていく亮一の姿が前より頼もしく見えて、彩也子はやっと普通の生活ができることに満足していた。

 残業もあれば接待もあった。そこまでの余裕があるのかは疑問だったが、付き合いがあるからと、亮一はゴルフを始めた。倒れてから1年半ほど経ってはいたが、仕事で疲れている週末に飲みに行ったりゴルフをしたりして、大丈夫なのだろうかと、彩也子は、亮一が風呂場で倒れていた時の映像が脳裏に焼き付いていたので、もしまたと思うと、とても怖かった。

「体、気を付けてよ」

「軽く汗かくくらいの運動だから、いいリハビリなんだよ」などと言って、亮一は週末になるといそいそとゴルフの練習に行くようになった。


 彩也子も新しい仕事に慣れ、子どもたちの学校の役員をしてママ友ができたり、今まで大変な思いをしてきた分を取り返すように、充実した毎日を送っていた。

 

 それから2年ほど、これまでにない平穏無事な生活が続いていた。

 亮一の仕事はどんどん忙しくなって、取引先の接待や社内の付き合い、残業も増えていた。それでも、昔のように疲れた様子をアピールしてくることもなかったので、亮一の仕事は順調なのだな、と彩也子は思っていた。


 12月に入って街が賑やかに飾られ、気忙しい中にも華やいだ気持ちになって、家でも子どもたちとクリスマスの話題が増えていた。

 まだサンタクロースが来ると信じている次女は、便箋を前に、何をお願いしようかと一生懸命考えていた。長女は、信じていると思っていた方が得だ分かっていて、次女と一緒にクリスマスプレゼントを考えていた。

 そこへ、年末に向けて残業が続いていた亮一が帰って来た。

「パパ、おかえり~。サンタさんにお手紙書いてたんだよ」

 無邪気に言う次女に、亮一は、

「はいはい、サンタさんも世界中にプレゼント配って大変なんだから、あんまり高いもの頼むなよ」と投げやりに言った。

 クリスマスを楽しみにしていた子どもたちが、しゅんとしてしまったのを見て、彩也子は亮一を小突いた。

「疲れてるのは分かるけど、子どもたちの夢、壊すようなこと言わないでよ」

「今年のクリスマス、俺、出張でいないから」

「え~、そうなの?子どもたち、楽しみにしてるのに」

「仕方ないだろ。こっちは営業で飛び回って、年末なんて稼ぎ時なんだよ」

「・・・分かった」


 その年のクリスマスは平日だったので、出張でも仕方ないと、彩也子は義母と子どもたちと過ごした。

 26日の夜に帰って来た亮一は、

「売れ残りだけど、仕事でクリスマス一緒にいられなかったお詫び」と、ケーキを買って帰ってきた。このところ忙しくて機嫌が悪い日が多かった亮一が、いつもの父親に戻っていたので、

「パパと、もう一回クリスマスしちゃおうか!」

とケーキを食べながら、子どもたちがもらったプレゼントを見せたり、クリスマスのやり直しを楽しんでいた時、亮一の携帯のメールの着信音が鳴った。

 チラッと一瞬だけ携帯に目をやった亮一は、着信に気付かないふりをした。

 その一瞬を、彩也子は見てしまった。


 子どもたちが寝るまでは平静を装っていた彩也子だが、その後も何度か鳴ったメールの着信音をずっと無視していた亮一が不自然過ぎたので、

「メールの着信いっぱい来てたみたいだけど、大丈夫なの?」

と聞いた。亮一は、

「仕事のメールなんか見たら返事しなきゃいけなくなるから無視してんの。家に帰ってまで、勘弁してほしいよね」

と言ってはいたが、彩也子が洗い物を始めた途端、携帯を持って「風呂入って来る」と下に降りて行ったのを見て、彩也子はピンときた。

(亮一は、嘘をついてる)


 もともと小さな嘘をついても、すぐにばれるのが亮一だった。それが嫌で、彩也子はいつも嘘に気付かないふりをしていたが、今回はいつものくだらない嘘とは違う気がしていた。


 翌月、彩也子は見たくもなかったのに、亮一が置きっぱなしにしていたので、カードの明細書を見てしまった。

『12/24-26 ホテルメトロ東京 宿泊費 36,000円

 12/25 ホーリーナイトディナー 30,000円』


 蟻ですら、穴を開ける場所を躊躇した夜だった。

 


 


 

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