【1巻発売御礼】皇宮の地下牢宮~

無事、書籍①巻が発売されました。ありがとうございます!

御礼も兼ねて、この後の展開や冒頭部分をご覧いただこうと思います。

続巻できるかどうかは、1巻次第ですが……こんな展開を考えてるぞアピールです!

よろしくお願いします!

*書籍版で兄のカイルはケインという名に変わっています。


――――――――――――――――――――――――――――


「お嬢、本当にあの野郎に会うつもりですか?」

「ええ、そのつもり」

「まあ、止めはしませんがねぇ……」


やれやれと鼻を鳴らした後、トニマはあきらめたような顔で無精髭を撫でた。

トニマは黒と赤を基調にした真新しい軽鎧(けいがい)を纏(まと)っている。小柄で強面でもないせいか、とても腕っ節が強そうには見えない。だが、彼はかの大戦の末裔達からなる凄腕の傭兵団『サムルク』のリーダーであり、今は私の騎士団の団長を務める超一流の剣術の使い手だ。


出会った頃は、ウェーブの掛かった髪を雑に束ねていたが、今は首筋くらいまで短く切ってオールバックに整えている。一応、彼なりに、私の体面を考えてくれているのかも知れない。


皇宮の奥に立つ四角塔の中に入ると、部屋の中央に地下牢へと続く階段があった。

周囲には誰もいない。螺旋階段が内壁に沿って、ずっと上の方まで伸びている。


「うわぁ、すごい……」


イネッサにも見せてあげたいと思いながら塔内を見渡していると、トニマが階段を下り始めたことに気付き、私はすぐにその後を追った。


「夜露で滑ります」


先導するトニマが振り返って手を差し出した。


「ありがとう」


トニマの手を取り、薄暗い階段を下りると、二人の若い兵士が道を塞いだ。


「これより先はお通しできません」


目を伏せる若い兵士に、私は薄い笑みを向けた。


「ご苦労さま。トニマ、許可状を――」


少し顎を上げたまま、トニマが懐から取り出した書状を兵士に見せた。


「確認いたしました。あの御方の部屋は一番奥になります」


兵士は相棒に目配せをして、鉄格子の鍵を開けさせた。


錆び付いた鉄格子の扉が開く。金属の擦れる耳障りな音が響いた。

ここは、牢の中でも政治犯や元貴族など扱いが難しい罪人達を集めた『牢宮』と呼ばれる隔離独房だ。奥に収監されている罪人ほど身分が高く、政治的リスクを多分に孕む。


通路を進むと赤錆のついた独房の扉が等間隔に並んでいた。扉の上部には小さな覗き窓、下の方には食事を差し入れる小窓がついている。


不気味だ……物音一つ聞こえない。

この扉の向こうで、誰かが息を潜めているのかと思うと、やけに自分の足音が気になった。

すぐにでも踵を返し、この場を立ち去りたい気持ちに駆られる。

でも、引き返すわけにはいかない――。


「トニマ、ここで待っていて」

「いや、お一人で行かせるわけには……」

「問題ないわ」


有無を言わせず、微笑みを返した。

困り顔で頭を掻くトニマを置いて、私はさらに牢宮の奥へと進んだ。


突き当たりの角を曲がると、壁に掛けられたランプの数が増えて視界が明るくなった。

正面にある部屋の扉には、重厚感のあるウォルナット材が使われており、竜の形を模した真鍮製のドアノブが付けられている。


とても独房だとは思えない。皇宮の部屋の扉と比べても遜色ない造りだ。

私はゆっくりと息を整え、意を決して扉を開いた。


中に入ると一面に大きな鉄格子が嵌められていて、さながら巨大な猛獣の檻を思わせる造りになっている。


だが、鉄格子の奥は別世界だ――。


まるで貴賓室のような臙脂色の絨毯、美しい深緑色をしたダマスク柄の壁紙、精巧な装飾が施された調度品の数々が飾られている。ここが牢だと誰が信じようか。それほどに贅を尽くした部屋であった。


「アナスタシアか……。まさか、君が会いに来てくれるとはね」


部屋の奥で本を読んでいた白髪の美丈夫が、静かに本を閉じて私に顔を向けた。


彼の名はウィリアム・グレイリノ――。

次期皇帝を約束された身でありながら、サマル・グレイリノ皇帝陛下に対する反逆、毒殺未遂、そして、禁じられた奴隷売買に手を染めた罪により、皇位継承権を剥奪された元皇太子だ。即処刑の声も多数あったが、陛下の配慮により、この牢宮に幽閉されている。


彼には私も酷い目に遭わされた。できることなら、もう会いたくない相手だが、宝石の情報を得るためには仕方がない。


「……ウィリアム様にお聞きしたいことがあって来ました」

「ほぅ……。まさか今頃になって、私に興味を持ったのかな?」

「ち、違いますっ! お聞きしたいのは『精霊の瞳』についてです」


話を聞いているのか聞いていないのか、ウィリアムは鉄格子の向こうで優雅に紅茶を淹れている。


「君にも一杯差し上げたいところだが……生憎とこの有様でね」と眉根を寄せ、小さく頭を振った。

「いえ、お構いなく……」

「そういえば、アイザックには会ったのかな? あの男も随分と目を掛けてやったんだが……薄情な奴だよ、まったく」

「お願いします! あの宝石は……父の形見でもあるんです!」

「ほぅ、そうか、それは良い物をいただいた。ケインに感謝せねばなぁ」

「ウィリアム様!」


何も答えず、まるで私を焦らすように、飾られた置物を手に取って眺めている。


「……せめて、誰にお譲りになったのかだけでも!」


鉄格子を握る手にぎゅっと力が入る。

目の前の男は宝石の行方を知っているのだ。それがもどかしくて堪らなかった。

そんな私の気持ちを見透かしたように、微笑を浮かべたウィリアムは、そっと置物を棚に戻して私の前に立った。


「まあ、こうして、わざわざ君が逢いに来てくれたのだ……教えてやらんこともない」

「あ、ありがとうございます!」


ウィリアムは片手で鉄格子を握り、前屈みになって私に顔を近づけてきた。

長い白髪がはらりと垂れる――。

彼が悪だとわかっていても、その造形美を僅かながらに意識してしまった自分に嫌悪感を覚えた。


「アナスタシア……宝石の在り処を知りたければ、アイザックを連れてこい」


ウィリアムは本性を現したかのように冷笑し、私の顔に手を伸ばそうとする。

が、その手をとめ、私の背後を蛇のような眼で睨みつけた。


「――おっと、それ以上は見過ごせませんなぁ」


世間話でもするような声が聞こえたかと思うと、背後からすっと剣先が伸びていた。


「ト、トニマ⁉」

「お嬢、そろそろ時間でしょう? こんなところに長居は無用です」


ぶれることのない剣先を睨みながら、ウィリアムが鉄格子から離れた。


「元皇太子殿下のご理解とご協力に感謝を――」


トニマが剣を収め、恭しく礼を執(と)る。

ウィリアムが一瞬だけ、苦虫を噛み潰したように顔を顰(しか)めた。


「フンッ、貴様のような雑兵に剣を向けられるとはな……興が冷めた。アナスタシア、用が済んだのならさっさと帰りたまえ。せっかくの紅茶が冷めてしまう」


ウィリアムは踵を返し、奥のサイドテーブルに置かれたティーカップを手に取った。


「お時間をありがとうございました。では、これで――」


背を向けたままのウィリアムに頭を下げる。これ以上は何も聞けないだろう……。

トニマと並んで牢宮を引き返していると、遠くからティーカップの割れる音が聞こえた。


「おやおや、荒れてますなぁ」


まるで天気の話でもするように呟くトニマが、私は少し羨ましく思えた。



    §



部屋の窓から心地よい風が通り抜けた。

朝日に向かって背伸びをすると、遠くから風に乗ったミラの声が聞こえてくる。

庭師のエドワードを朝食に呼ぶ声だ。


その後、すぐに侍女のニーナの明るい声が割って入り、いつもの賑やかな朝が始まる。

階段を下りてリビングに向かうと、食卓に座ったエドワードとニーナが、バゲットの本数で言い争っていた。


昨日はトマトの数だったわね……。

朝食を運ぶミラが私に気付いて「ほら、あんた達! アナスタシア様だよ、みっともないからおやめ!」と、二人を叱った。


「「すみません……」」


しゅんと肩を落とす二人。まるで大型犬と猫が落ち込んでいるように見える。


「ふふっ、毎朝毎朝大変ね」

「……おはようございます」

「おはようございます、アナスタシアさま!」


申し訳なさそうなエドワードと、全く気にしていない様子のニーナ。

両手を腰に当てたミラが、対照的な二人を見て大きくため息をつく。


「まったく……いい年してバゲットの本数で喧嘩するなんて、アナスタシア様からもきつく言ってやってくださいな」

「まあまあ、それもこれもミラの焼くバゲットが美味しすぎるのが原因よ?」


私が答えると、「そうですよ!」「それはあるかもな……」と二人が追従した。

「も、もう! そんなことで誤魔化されませんからね! まったく……あぁ、忙しい忙しい」


頬を朱く染めたミラは、そそくさとキッチンに入ってしまった。

あれは照れ隠しだねと、私達は顔を見合わせて笑った。


私はこの何気ないやり取りに、前世では感じたことのない幸せを感じていた。


ヴィノクール家は無くなってしまったけれど、ここには私のヴィノクールがある。


「さ、朝食にしましょう――」



    §



セルディア家との養子縁組は、ウィリアムとの婚約から逃れるために、私が講じた秘策だった。

高齢で跡継ぎを探していたセルディア夫妻は、突然の申し出にも拘わらず、真摯に私の話に耳を傾けてくれた。そして危険を顧みず、「わたしたちで力になれるのなら」と、その場で快諾してくれたのだ。二人には本当に感謝しかない。


リビングのテーブルに両肘をつき、両手で顔を挟みながらニーナが言った。


「しかし、ケインさまが挙兵なさるなんて……そこまでやる御方だとは思いませんでした……」

「そうね……本当に頭が痛いわ。できることなら、このままずっと牢獄で反省していて欲しい」


身分差を理由に婚約解消を狙った私の策は上手くいかなかったが、結果的にウィリアムは身柄を拘束され、婚約は晴れて白紙となった。


だが、あろうことか、ウィリアムに加担した兄ケインが、挙兵をした罪により爵位を剥奪され、投獄されてしまうという想像の遙か斜め上の事態に――。


あぁ、いま思い返しても頭が痛い……。

結局、前世でも現世でも、兄はヴィノクールを潰してしまったのだ。


「す、すみません! 余計な話をしてしまって……」

「いいのよ、事実だもの」

「でも……ノーマン卿の申し出は本当に断っても良かったのですか? これから何をするにしても、アンダーウッド伯爵家の名は心強いと思ったのですが……」


父の親友だったノーマン卿は、私にアンダーウッド本家の養子にならないかと言ってくれた。

ノーマン卿の娘で、親友のイネッサも姉妹になりましょうと言ってくれたのだが、あの時にはもう、私の心は決まっていたんだと思う。


「たしかにそうね……でも、やっぱり私はここを選ぶかしら」


私はリビングを眺めた。

陽光が射し込む窓のカーテンが風に揺れている。

憧れたあの人のように、このセルディア荘園を運営しながら自由に生きてみたかった。


もちろん、私のことを『本当の娘になってくれませんか』と言ってくれたセルディア夫妻に恩返しがしたかったのもあるが、この荘園なら、その両方が叶えられると思ったのだ。

そう思った瞬間、セルディア・ブルーの教室で逢ったアレンの横顔を思い出していた。


「それはそうと、セルディア夫妻は仲睦まじくて……見ているだけで癒やされますねぇ~」

「ええ、あんな風になれたら幸せでしょうね……」


そう答えると、ニーナ悪戯っぽく笑った。


「アナスタシアさまには、アレンさまがいらっしゃいますもんねー」

「ちょっと! ニーナ⁉」

「えへへ……冗談ですってばぁ。あ、それでウィリアムさまからは何か聞けたのですか?」


急に話を変えてきたニーナに、私は小さく「何も」と頭を振って見せた。


「……でも、あの様子からして、アイザックはウィリアムを切り捨てたみたいね」

「変わり身が早いというか、やっぱりそれくらいじゃないと、皇族や貴族相手に商売はできないんでしょうか……」

「それはわからないけど……彼らのやってることが真っ当な商売じゃないってことはわかるわ」

「ですよね! その点、アナスタシアさまは、荘園運営以外にも、ご令嬢達の自立を支援なさってますし、綺麗ですし、可愛いですし、最高ですし、私も鼻が高いです!」

「あ、ありがとう、ニーナ。でも、あんまり褒められると恥ずかしいから……」

「あわぁ~っ! その表情いただきましたぁ~! 近頃は日に日に可愛さに磨きが……」


ニーナが席を立って、後ろから抱きついてきた。


「わ、わわっ! ちょっと……ニーナ! くすぐったいから!」

「すみません、取り乱しました」

「……もうっ」


ニーナが向ける愛くるしい笑みに、胸の奥があたたかくなった。

こんなに私のことを思ってくれるなんて、本当に嬉しいな……。

 

取り潰しとなったヴィノクール家からは、ニーナ達以外にも執事だったスロキアが駆けつけてくれた。正直、スロキアなら引く手あまただと思ったのだが、彼は頑として、ここで私に仕えさせて欲しいと言って聞かなかった。


そこで私は、スロキアをフォルティナ商会の相談役として、オルガと組ませてみた。

もちろん、初めこそオルガは猛反対していたが、今では、二人で土地を物色したり、計画を練ったりと満更でもなさそうだ。


こうして、大勢の仲間が支えてくれたお陰で、セルディア荘園での生活は順調そのものといったところ……だったのだが。


事の発端は、私の父アキムが残した一通の手紙だった。


「た、大変です、アナスタシア様!」

「どうしたの、スロキア? そんなに慌てて……」


いつもは丁寧に後ろに撫でつけている白髪から、数本の毛束が垂れ下がっていた。

長年に亘りヴィノクール家を支えたスロキアがこんなにも取り乱すとは……いったい、何事だろう。


「これをご覧下さい!」


震える手で差し出された一通の手紙。


「ヴィノクールの紋章……?」


封蝋には見慣れたヴィノクール家の紋章が押されている。

ケイン? いや、まさか……お母様?


「恐らく……アキム様のものかと」

「お父様の⁉」


慌てて封を開き、中の手紙を読んだ。

あぁ……父の字だ……。

懐かしさと愛おしさで思わず涙がこぼれそうになる。


――――――――――――――――――――――――――――


とまあ、こんな感じで始まろうかと思っております。

気になる本編の流れは……


亡き父アキムの手紙を発見したアナスタシアは、父の愛に触れ再び宝石を探すことを決意!

オルガが南部の水晶鉱山を手に入れたことで、

アナスタシアは南部と皇都を結ぶビッグビジネス『クリスタル・ロード構想』を打ち立てる⁉

(この構想は皇帝としてまだ実績を持たないアレンを救うことに……)


前世で超人気だった細工師の若者を南部で発見!

南部に新アトリエを建設し、アナスタシアブランドの装飾品を売り出す。


そんなこんなで盛り上がっている中、

デルハイム聖堂教会の力で牢宮のケイン(カイル)が脱獄!

ケインの屑っぷりはマシマシで……。

みたいな感じで、いよいよ舞台はデルハイム王国へ!


母イメルダの悪女っぷりやアイザックの真の雇い主も判明し……。

あと、リッジも出ます!笑 ニーナがちょっと可哀想なことになるかも……?


えー、ちょっと書き切れないので、この辺で終わります。

大体こんな感じで色々な要素が絡み合っていくイメージです!


説明下手ですみません……笑

これをきっかけに、少しでも本作に興味を持っていただけたら嬉しいです!!


来月には、続巻できるかどうかが完全に決まると思うので、

読みたいと思ってくださった方は、ぜひ続きが書けるように応援してくださると嬉しいです!


お願いばかりですみません!

でも、何もせずにあきらめたくないので、何卒よろしくお願いします!


まだまだ寒い日が続きますので、皆様お身体ご自愛くださいませ。

最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました!

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【WEB版】 黒幕令嬢アナスタシアは、もうあきらめない 二度目の人生は自由を掴みます 雉子鳥 幸太郎 @kijitori

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