第28話 父の死
「……という具合なんだ、その男がまた傑作でね、ものの数分で全部の皿を平らげてしまったんだよ!」
「まぁ、とても信じられないわ」
「えー、本当だよ! こーんな大きな口でね、あっという間に……」
「あははは!」
「ちょっともうやめてったらぁ……」
こうしてカイと話すのは初めてだった。
だが、とても初めてとは思えないくらい、私もイネッサもお腹を抱えて笑っていた。
本当に不思議な人……。
冗談ばかりかと思えば、遠い燕国の話や近隣国の情勢などを教えてもらったりと、話の幅も広く、カイの話は聞いていて飽きない。そのうえ、このルックスとくれば……モテないわけがないだろうなと、私はもはや感心するように頷いていた。
小一時間ほど話したところで、カイが用事があるとかで席をたった。
残念な気持ちもあったが、正直、私は心の中でホッとしていた。
これ以上、一緒にいると……何だか変な気持ちになってしまいそうだったから。
「アナスタシア?」
「……」
「アナスタシアってば!」
「え? あ、ごめんなさい、ぼぅっとしちゃって……」
イネッサが意味深な笑みを浮かべる。
「ふぅ~ん、ぼーっとね。ま、あれは急がないと取られちゃうかもねぇ……」
「な、なんの話よ⁉」
「ふふ、なんでもない。じゃあ、私はそろそろ行くからね」
「もう帰るの?」
「言ったじゃない、今日はお父様のお客が大勢来るって」
「ごめんそうだった、わかった、表まで送るわ」
「いいからいいから、じゃあ、来週また顔を出すわね」
「うん、ありがとう」
軽くハグをした後、イネッサは店を出て行った。
「はあ……」
向かい側のカイが座っていた席を見つめる。
「あっ⁉」
いけない、花のお礼を言うのを忘れてた……。
何でこんな大事なことを忘れちゃったんだろう。
次はいつ会えるのかな……。
ハッと我に返る。
違う違う、ちょっと気にしすぎだわ。
「ここ、相席してもええですか?」
「へっ?」
突然声を掛けられてハッと顔を上げると、紫がかった赤髪が目に入った。
「申し訳ございませんお客様、こちらは予約席となっておりまして……」
すぐにキーラがフォローに入ってくれた。
「あ、そうやったんですか、これはえらい失礼を……」
「キーラ、構わないわ、ありがとう」
「かしこまりました、ではごゆっくり」
キーラは丁寧に礼をして、カウンターに戻っていった。
「ごめんなさい、良かったらどうぞ」
私は赤髪の男に声を掛け、向かい側の席に手を向けた。
「ありがとうございます、いやぁ光栄ですねぇ」
男は細い目をさらに細くして、席に座った。
左目の下に涙型のタトゥーが入っている。
かなり訛りの強い言葉だけど……どこの国の人だろう?
「素敵なお店ですねぇ、まさに時代の最先端、これからはこういう店が増えるんかなぁ……」
男は店内をぐるっと見渡して言った。
「ええ、私はそう思います、あ、申し遅れました私は――⁉」
男に鋭い三白眼を向けられ、私は思わず言葉に詰まってしまった。
が、男はすぐに笑顔に戻り、
「さすがはヴィノクールのお嬢様やねぇ」と私をまっすぐに見た。
「……どうして私のことを?」
「こんな可愛らしいお嬢さんが、あの凶悪な鉄相場を席巻したフォルトゥナ商会を影で操っていたとは信じられへんなぁ……ヘパイストスの生まれ変わりとちゃうの?」
私のことだけでなく、フォルトゥナ商会のことまで……⁉
一体、この男は……。
「あ、あなたは……誰?」
「ああ、気にせんといて。これからどんどん稼いでくれたらええよ、応援してますから」と、質問に答えず、席を立つ。
「ちょ……」
「ああそうや」
男は思い立ったように私に向き直ると、恭しく礼を取った。
「新しい伯爵様に、どうぞよろしくお伝えください。では――」
「え……」
ふふっと笑って男は店を出て行く。
待って――い、いま……あの男、たしかに指が六本あった……⁉
もしかして、今の男がアイザック⁉
ということは――
「新しい……伯爵?」
サッと血の気が引く。
慌てて席を立ち、カウンターのキーラに言った。
「ごめんなさい。後を頼めるかしら?」
「え、ええ……もちろんですが」
「ありがとう、あとで使いを寄越すわ!」
私は急ぎ店を出て、家に馬車を走らせた。
§
馬車を降りてエントランスへ駆け込むと、スロキアが出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、アナスタシア様」
「スロキア! お、お父様は……⁉」
「先ほど王宮からお戻りになられ、今は奥様とカイル様が――」
「ありがとう」
私はスロキアの言葉を遮り、父の部屋に走った。
「――お父様っ⁉」
扉を開けて中に入ると、母とカイルの冷たい視線が向く。
「騒がしいぞ、こんな時でも静かにできないのか……」
カイルの小言は私の耳を素通りした。
ベッドに横たわる父の側に駆け寄る。
「お、お父様……!」
土色になった肌、うっすらと笑みを浮かべているようだ。
綺麗で、とても安らかな表情だった。
「葬儀の準備はスロキアが手配しています、アナスタシア、あなたにはこれから家の仕事に集中してもらいますからね、そのつもりで」
「……それは、今話さなければならないことですか?」
気づくと拳を握り絞めていた。
いつもなら、母が怒り狂うところだが、今日は違っていた。
私の肩に手を置き、そっと囁くように言った。
「あぁ、可哀想なアナスタシア……これでもう、あなたの味方はいないのね」
「なっ……⁉」
母は鼻で笑うと、私の肩をそのまま突き押してきた。
私は体勢を崩し、そのまま父のベッドに倒れてしまう。
「ああ、そうそう、あなたの騎士団だったかしら……」
「――⁉」
「あーやだやだ、そんな目で見ないでちょうだい。とりあえず、ヴィノクール家にはふさわしくない方達だもの、ちゃんと、お暇をあげておきましたからね」
「か、勝手なことをしないで⁉ 彼らは私の騎士よ⁉」
その時、カイルがガンッとベッドを蹴った。
「ひっ⁉」
「勝手なことをしてるのはどっちだ! チッ……どうやら、父上が甘やかしすぎたようだな。これからは兄であり、当主である私がお前の身の振り方を決める、それまでは大人しくしていろ」
「そんな……自分の生き方くらい自分で決めるわ!」
「ふん、あのままごとサロンか? どうせ、家の金で始めた商売だろう? 後は私が引き継ぐ、お前は当分家から出なくて良い」
「あれは私の……」
だめだ、ここでフォルトゥナ商会のことを話すわけにはいかない……。
「おい! アナスタシアを部屋に連れて行け、表に出すな!」
カイルが外にいた護衛騎士に言う。
「アナスタシア様、お部屋にお願いします……」
騎士達が私を自分の部屋に行くよう、詰め寄ってくる。
彼らに悪気は無い。
仕方ない、ここは一旦従うしかなさそうね……。
「わかりました」
父の部屋を出ようとしたとき、母が私の背中に向かって声を掛けてきた。
「安心しなさい、食事くらいは用意してあげるから」
「……」
私は振り返らずにそのまま自分の部屋に戻った。
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