第27話 サロン・グラツィオーゾ
「いらっしゃいませ、ようこそサロン・グラツィオーゾへ」
続々と訪れる招待客を、スタッフがテーブルに案内する。
まだあどけない少女たちには、可愛らしい制服を用意した。
もちろん、制服はニーナに頼んで最新の流行を取り入れてある。
「これはこれは、可愛らしい。妖精さんのようだね」
「ありがとうございます、光栄です」
ちょこんと膝を折るスタッフに、客の紳士夫妻も思わず顔を綻ばせている。
その様子を見ていたイネッサが、そっと私に囁いた。
「やったわね、アナスタシア……見て、あの子たち本当に妖精みたい」
「ええ、みんな笑顔がキラキラして輝いてるわ」
店のスタッフには、敢えて貴族階級の若い令嬢たちを選んだ。
彼女達の家からすると、ちょうど婚約前に一般教養やマナーを学ばせたいと思っている時期の娘たちだ。
大抵の場合、自家と縁のある家に侍女に出すのが普通だが、派閥やしがらみもあり、これがなかなかどの家でも頭を悩ませる問題なのだが……そこに、私は目を付けた。
まず、繋がりを持つ相手として、ヴィノクール家は申し分ない家柄だろう。
次に、ヴィノクール家の長女である私が経営する店となれば、訪れる客層もおのずとそれなりの家格になると想像がつく。
ヴィノクール家に侍女として仕えるのではなく、不特定多数が出入りする店で働くとなれば、高位貴族家の殿方から働く娘が見初められる可能性もあるし、派閥のしがらみからも解放される。
さらに、働く本人は近くに家を借りれば、そこに自分の侍女を置くこともできる。
他家に仕えた場合とは、精神的にも肉体的にも雲泥の差が生まれるのだ。
要は家にとっても本人にとってもメリットしかない。
「それにしても、イネッサには驚かされたわ」
「ん? あぁ、キーラのこと?」
「ええ、まさかキーラを連れてくるとは思わなかったから」
半円型のカウンターの中では、色違いの制服を纏ったキーラが、スタッフたちにテキパキと指示を出していた。
「あれから何度も手紙をもらっていたのよ」
「そうなの?」
「ええ、いかに自分が世間知らずだったかって……ふふ、それだけの話を何十枚にも渡って書いてくるんですもの、私、根負けしちゃって」
イネッサがクスッと笑みをこぼした。
「でも、ありがとうアナスタシア。理由も聞かずに私を信じてくれて……」
「ううん、実際に見て、駄目なら断るつもりだったから。そこはビジネスだしね」
「そっか、で、キーラはどう?」
「文句なしに良い」
「でしょ? 彼女には人を仕切る才能があるわ」
「ええ、本当に人ってわからないものね」
キーラは、取り巻きを連れていただけあって面倒見が良かった。
負けん気の強さは、スタッフから見れば頼りがいがあるように感じるだろう。
実際、少し癖の強そうな客には、自らが対応するようにさりげなくフォローに回っていた。
「キーラの友達も良い動きしてるわね」
「彼女達も名誉挽回のチャンスだから、かなり気合いが入ってるみたい」
「あの調子なら、すぐに挽回できそうね」
「ええ」
と、そこにカイが店に入ってきた。
ふわっと良い薫りが漂う。
「いらっしゃいませ、ようこそサロン・グラツィオーゾへ」
「どうも、ちょっとごめんね」
カイはスタッフの少女に断りを入れ、私の方へやって来た。
「アナスタシア様、この度は開店おめでとうございます、心ばかりの品ではありますが開店祝いをお持ちいたしました」
カイが目配せする先には、大きな荷を積んだ馬車が三台も停まっていた。
「あ、あれは……」
「燕の茶葉です、まだこちらでは珍しいものかと」
「まぁ!」
あれが全て燕の茶葉なら、この店が買えるくらいの額になるけど……⁉
え、ちょっと待って、カイって一体……。
「そ、そんな……とてもじゃないですけど、高価すぎて受け取れません……」
「ははは、なるほど、アナスタシア様は普通に買った値段をご存じなのですね、さすがですね、でも、ご安心を。私は燕国の人間です、独自のルートを持っていますので、正直、普通の茶葉よりも安いくらいなのですよ」
カイが爽やかな笑みを見せた。
思わず「はい、そうですか」と頷きそうになる。
「でも……」
「では、こうしましょう、今度、私とお食事をご一緒していただけませんか?」
「へっ⁉ い、いや、その……」
「良かったわね~、アナスタシア。で、いつになったら紹介してくださるのかしら」
イネッサがからかうような笑みを浮かべる。
「あ、ご、ごめんなさい。カイ、紹介するわね、こちら私の親友で、アンダーウッド伯爵家のイネッサよ」
「どうも、イネッサとお呼びください」
「初めまして、レディ・イネッサ。私はカイと申します、しがない商人ですが、どうぞよろしくお願いします」
カイが微笑みを向けると、イネッサが、
「素敵な方ね」と私に耳打ちをした。
「あ、ええと、ここじゃなんですし……奥の席に行きましょうか」
「ええ、ありがとうございます」
カイは丁寧にお辞儀をして、奥の席に向かった。
その後、イネッサが席に向かう途中で私に耳打ちをしてきた。
「アナスタシアも隅に置けないわね」
「ちょ⁉ そ、そんなんじゃないのよ!」
「へぇ~、なら、私が取っちゃおうかなぁ~、彼、イケメンだし」
「え⁉ ちょ、ちょっとイネッサ……」
「ふふふ」
私は奥の席で待つカイを見る。
たしかに、あの席だけ輝いて見える……かも。
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