第21話 贈り物

 珍しくスロキアが微笑んでいるように見えた。


「アナスタシア様、贈り物が届いております」

「私に?」


 勉強していたテネス語の辞書を置き、スロキアに向き直った。


「はい、送り主は……カイ様と書かれておりますが、お心当たりはございますか?」

「カイ……え、ええ、確かに私宛ね、運んでちょうだい」

「それが、運んでしまいますと、お部屋が花で埋め尽くされてしまいます」

「はい?」


 屋敷のエントランスに向かうと、一面の鮮やかな青が視界に飛び込んできた。

 まるで、小さな青い宝石をちりばめたようだ。

 丸っこいフォルムも可愛らしい。


「これは……」

「エキザカムですね、かなり数がありますので裏庭に植えられてはどうでしょう?」

「そうね、そうしてちょうだい」

「かしこまりました、それとこちらも」


 スロキアがメッセージカードを差し出す。

 手に取って見ると、そこにはカイからのメッセージが書かれていた。


『――レディ・アナスタシア。

 エキザカムの花を眺めていると、ふと貴方の顔が浮かびました。

 また、お会いできることを期待して――。 カイ』


 これは……もしかして……。


「やっと、アナスタシア様の魅力に気づかれた殿方があらわれましたね」

「わ、私にはまだ早いわよっ!」


 特に深い意味はない……そう、私は伯爵令嬢なわけだし、これは営業みたいなものね。

 うん、きっとそうだわ!

 カイくらいイケメンだと、他の女性が放っておかないでしょうし、私なんかじゃ……って、あれ? あ~! だめだめ、ちょっと意識しちゃってる。


 関係ない関係ない……。

 私にはやることが山ほどあるんだから!


「スロキア、後でニーナを部屋に呼んでくれる?」

「かしこまりました」


 私はそっと一輪だけ花を摘み、自分の部屋に戻った。



    §




「アナスタシア様、お呼びでしょうか?」

「ああ、ニーナ、実はお願いがあるんだけど」

「はいっ、何なりと!」


 ニパッと笑顔を見せるニーナ。

 本当に彼女が濡れ衣を着せられなくて良かった。


「人と会うの、メイクと服を選んでくれる?」

「もちろんですともっ! それで……お相手はどのような御方でしょう?」


 ニーナはブラシ片手にやる気満々だ。


「そうねぇ……傭兵? 少し荒っぽい人たちかな、旧テネス人だと思うわ」

「えっ⁉ ア、アナスタシア様……何をなさるつもりで⁉」

「大丈夫、危ないことはしないから。そうね……商談みたいなものよ」

「商談ですか……お相手はテネス人……」


 テネスはかつての大戦で敗戦した国の名だ。

 サムルクたちはそのテネス人の末裔ということになる。


 鏡越しの私と洋服を何着か見比べながら、何やら考え込む様子で上を見るニーナ。


「どう? 大丈夫そう?」

「……わかりました! 以前、侍女仲間から騎士団の方たちは、高嶺の花というものにめっぽう弱いと聞いたことがあります!」

「た、高嶺の花……?」

「そうです! アナスタシア様には今から、高嶺の花になっていただきますっ!」


 鼻息を荒くしたニーナが袖を捲り、私の両肩を掴んだ。


「まずは、リンパの流れを徹底的にマッサージしますよっ! これだけで肌の透明感が違います、さぁお覚悟を!」

「ひっ……⁉」


 ニーナの号令で駆けつけた侍女たちが、数人がかりで私をマッサージしていく。

 ああ……き、きもちいい……けど、痛い!


「あ、足の裏は……! い、いったああああいいい!!!」

「我慢です、アナスタシア様っ!」

「ほら、そっちしっかり押さえて!」

「はいっ!」

「ひぃいいいいい!!!!」


 ――小一時間後。


「え……す、すごくない⁉」

「ふふふ、ご満足いただけましたか?」

「え、ええ、私じゃないみたい……」


 顔のむくみもなく、自分でも目元がすっきりと見える。

 いつもより一回り目が大きくなったような……。


「普段よりも少ししっかりとアイラインも引いてあります。アナスタシア様はまだお顔に幼さが残っておられるので、メイクとのギャップが殿方には魅力的に映るはずです」

「そういうものなのかしら」

「そういうものです! そしてさらに、こちらのお洋服を着ていただくことでワンランク上のレディを演出できます!」


 ニーナが黒を基調とした細身のドレスを持って来た。


「黒? 珍しいわね……」

「テネスでは黒は高貴な色とされていました。そういう感覚って、親から子へと受け継がれていくと思うんです」

「ニーナに頼んで良かった、本当にありがとう」

「そ、そんな! 侍女ならばできて当然のことですから!」

「謙遜しないで。頼りにしてるんだから」

「アナスタシア様……」


 ニーナの手を握り、「ありがとう」と微笑みかけた。

 そして、鏡台の横に生けたエキザカムの花を見つめる。


 さあ、あとは私次第ね――。

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