第19話 ティーサロン予定地

 ハンスの件は上手く口止めができていた。

 他の使用人たちには、体調不良ということにしてある。

 幸いなことに、何かとうるさい母が謹慎中のカイルにべったりなお陰で、今のところは気づかれていない。


 あれから、進展のない日が続いている。

 未だにアイザックの行方もわからない。


「はぁ……」


 ため息をつき、読みかけの本を二三ページ読んでは閉じ、また別の本を開いた。

 駄目だ、大好きな読書にも身が入らない……。


 父は自ら宝石を探しているようだったが、恐らく見つからないだろう。

 前世でもかなり手を尽くしたらしいが、結局、宝石が見つかることはなかったから……。


 父の人脈を持って見つからないということは、他国に売られた可能性もある。

 もちろん、前世と今世で宝石の行方が変わっている可能性も……。


 じれったさも限界を迎えようとしていたその日、オルガから手紙が届いた。

 はやる気持ちを抑え手紙を見ると、そこにはご所望の土地を手に入れたと書いてあった。


「よし! よし、よしっ!」


 あの土地さえあれば勝ったも同然!

 私は思わず拳を握り絞め、小躍りしそうになる。


 あの土地は、前世のティーサロンブームの中心地となった場所。

 その中でも飛び切りの一等地を選んだのだ。


 いくら大金を積んだとしても、ブームが来てから売る馬鹿はいない。

 誰も見向きもしない、今だからこそ買えるのだ。

 しかも、その価値から考えれば……二束三文の値段で。


 私はすぐにオルガに返事を出し、近く会う日程を調整するように伝える。

 そして、イネッサにも手紙を書き、同席をお願いすることにした。



    §



 臙脂色の馬車からイネッサが駆け下り、私に抱きついてくる。


「アナスタシア!」

「ちょ、ちょっとイネッサ、あぶないわよ⁉」

「ふふ、ごめんなさい。でも、嬉しくって!」


 イネッサは薄緑の瞳をキラキラと輝かせる。

 こんなにも真っ直ぐな好意を向けられると、何だか照れくさく感じる。


「私も……会いたかったわ」

「ふふ」

「えへへ」


 私たちがいちゃついていると、見かねたオルガが口を挟んだ。


「お嬢さん方、仲が良いのは結構ですが……そろそろ本題に入りませんかねぇ」

「あら、こちらの御方は?」

「ごめんなさい、紹介するわ、開店を手伝ってもらうオルガよ」

「どうも、レディ・イネッサ、お噂はかねがね……」


 オルガが丁寧に礼を取る。

 いつものオルガと違い、なかなか様になっていた。


「ご丁寧にありがとうございます、オルガ様。どうぞイネッサとお呼びになって」

「では、イネッサ様と呼ばせていただきます」


 二人が笑顔を交わして、挨拶を終えるとオルガが建物に手を向けた。


「ご案内します、この建物は元々古い劇場だったそうです。かなり老朽化が進んでいますが……手を入れれば十分使えるそうです、では中へ入ってみましょうか」


 私とイネッサは、オルガの案内で建物の中に入った。


「ねぇ見て、アナスタシア! 元劇場だけあってステージがあるわ」


 目の前に半円形のステージがある。

 古びた緞帳も残っているが、傷んでいて使えないだろう。

 幕の奥は恐らく楽屋に続いている。

 ステージの下には、奈落もあるかも知れない。


「ほんとね、上がれるかしら?」

「おっと、お嬢様方、板が抜けるかも知れませんので」


 上ろうとして、オルガに止められる。


「大丈夫じゃない?」

「ちょっとだけ……」

「駄目です、諦めて下さい」

「……むぅ」

「それよりも、どうです? 何か良いアイデアは浮かびましたか?」

「そうねぇ……せっかくだからステージを使って何かできないかしら」

「ステージ……」


 イネッサが顎に指を当てながらステージの周りを歩く。

 上を見上げたり、客席の方を向いたりして何かを考えているようだ。


「ねぇ、アナスタシア、ステージはそのまま改修してカウンターにしましょうよ」

「カウンターに?」

「ええ、ステージを囲むように椅子を置くでしょ、ステージの中はくり抜いて人が出入り出来るようにするの。そうすればU字のカウンターになるわ」

「おぉ! そいつは面白い」

「さすがね、イネッサ! そのアイデア頂くわ!」

「えへへ……あとはなるべく、劇場っぽさを残した方が良いと思うの。いまあるティーサロンって、どこも似たような内装でしょ? もっと非日常的な……ゴージャスな感じがいいと思って」と、活き活きと声を弾ませた。


 イネッサは、やっぱり空間演出の才能がある。

 ノーマン卿のセンスといい、アンダーウッド家の血なのかしら。


「良くこんな逸材を見つけて来ましたね」と、オルガが私の耳元で囁く。

「すごいでしょ、私はあなたも見つけたのよ?」


 と、その時、オルガがイネッサの手を引く。


「こっちに! アナスタシア様とステージの影に隠れて!」

「ちょ、オルガ、何を……」

「静かに、いいから早く隠れて!」


 オルガの口調に並々ならぬ気配を感じ取る。

 私はイネッサの肩を抱き、ステージの影に身を潜めた。


「ア、アナスタシア……」

「大丈夫、オルガがいるわ」


 ぎゅっとイネッサのか細い手を握り、私は様子をのぞき見る。

 オルガは腰に差してあった護身用の短刀を抜き、大きな柱を睨んでいた。


「誰だ!」

「ヒヒヒ……」


 柱の陰から薄気味悪い笑い声が聞こえてくる。


 オルガが私に目で隠れろと合図する。

 私は小さく頷き、イネッサの手を引きながら、ステージに沿って奥へと向かった。

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