第17話 告解

 私はオルガの連絡を待つ間、エドワードの件を調べようと厨房のミラを訊ねた。

 兄のカイルは自室で謹慎中、お陰で母はカイルの部屋に入り浸っている。

 いっそこのまま、二人で引きこもっていてくれないかしら……。


「あら、お嬢様! どうでしたか、先日のタルトは?」


 ミラが調理の手を止めて笑顔を見せた。


「ええ、最高よ、お陰で大好評だったわ。あ、ねぇミラ、少し話を聞かせて欲しいんだけど……」

「なんでしょう?」

「実は食材の発注について聞きたいの」


 その時、副料理長のハンスの手が止まったのを、私は見逃さなかった――。


「食材ですか? 今はハンスに任せてますが……ハンス! ちょっと来て」


 ハンスがやや緊張した面持ちで側に来る。


「な、なんでしょう?」

「お嬢様が食材の発注について聞きたいって」

「えっと……お嬢様、何か問題がありましたでしょうか?」

「食材はどうやって選んでるの?」

「昔から決まっている農家と、専属の出入りの商人に希望を伝えるだけです」

「ずっと同じところで頼んでるの?」

「ええ、珍しい食材を扱う時は違いますが……」

「予算はスロキアが?」

「もちろんです」

「じゃあ、スロキアに聞けば詳細はわかるかしら?」

「ええ、何を買ったかはスロキア様が記録なさっているはずですから」

「わかった、ありがとう」

「い、いえ……」


 ハンスは頭を下げ、持ち場へ戻った。

 あれは何か隠している……。


「じゃあ、ミラ、また来るわ」

「もう良いんですか?」

「ええ、大した用事じゃないから」


 私は厨房を後にして、スロキアの部屋に向かった。



    §



「食材の発注履歴ですか……」

「ええ、かなり古いものまで遡れるかしら?」

「もちろんでございます、当家の帳簿はどこに出しても恥ずかしくないと自負しておりますので」

「そうだったわね、ありがとう」

「では、とりあえず10年分ほどをお持ちします」


 スロキアは書棚から帳簿を抜き取り、私の座る机に置いていく。

 早速私は帳簿を開き、目を通していった。


 契約農園はこの数年変わっていない……。

 数字にも特に不自然な点はなかった。


「何か気になることでもありましたか?」

「かなり昔の話になると思うんだけど……ヴィノクールが契約を反故にした農園の話を聞いたことってある?」

「当家が? いえ、それはありえません。今、契約を結んでいる農園は、ヴィノクール家の小作人ですし、新たに契約を増やす必要もありません」

「……それは昔から?」

「はい」


 スロキアの知らぬところで、誰かが不正を働いている。

 しかし、オルガはなぜ、スロキアにエドワードの件を話さなかったのか?

 単に言う必要が無かったのか、それとも何か思惑があったのか……。

 どちらにせよ、今はこの件をハッキリさせないと。


「ハンスが食材担当になってからの帳簿は?」

「はい、ええと……こちらになります」


 スロキアが帳簿を取り分けてくれた。

 ざっと数字を追っていくと、ある月の発注に引っかかる部分があった。


「この月だけ支払いが倍以上あるわね」

「ああ、それは確か、旦那様が王族の方をパーティーにお呼びすると言われた時に、特別な香辛料を使うとハンスから報告を受けました」

「特別な香辛料?」

「はい、他国から寄り寄せた百里香ひゃくりこうなるものです」

「百里香……わかったわ、ありがとう」

「アナスタシア様、何か私にお手伝いできることはございますか?」

「そうね……なら、図書室にハンスとミラを目立たないように呼んでもらえる?」

「はい、かしこまりました」

「それと……お父様にはまだ内緒にしておいて」


 スロキアは深く頭を下げた。

 私は部屋を後にして、図書室に向かう。

 随分と昔の話だし、これ以上は直接問いただすしかないわね……。



    §



 二人の顔から笑顔は消えていた。

 特にハンスは顔面蒼白で、さっきからしきりに腕や指を触っている。 

 私はスロキアに、「ありがとう」と礼を言い、二人に目を向けた。


「仕事中にごめんなさいね、ちょっと聞きたいことがあったの」

「あの、お嬢様、発注で……何かあったのでしょうか?」


 ミラが泣きそうな顔で私に訊ねる。


「わからない……、ね」


 ハンスに目を向け、じっと目を見つめた。

 すると、何かを察したミラがハンスに掴みかかった。


「あ……あんた! また、何かやらかしたんじゃないでしょうね!」

「お、俺は……」


 ブルブルと震え始めるハンス。

 誰が見ても、何か隠しているとしか思えなかった。


「――ハンス」

「は、はいっ!」


 ハンスがビクッと体を震わせ、慌てて姿勢を正した。


「一度だけ訊ねます。自分の置かれた立場と、これから先の人生を考えた上で答えなさい」

「は、はい……」

「あなた、不正を働いたわね?」

「ハ、ハンス⁉ あ、あんたって男は! なんてことを……!」


 ミラが泣きながらハンスの肩を叩く。

 私はスロキアに目で合図する。

 スロキアがミラの肩を抱き、ハンスから離した。


「さあ、答えて」

「……も……申し訳ございませんでした……」


 ハンスが崩れ落ちる。


「うぅ……こ、こんなはずじゃ……うわあああ!」


 頭を抱えるようにして、床に這いつくばった。


「こんなはず……? ハンス、私が気づかなければ、このままヴィノクール家の禄を食み、楽しく過ごせたとでも? 皆が楽しく笑っている中で、あなたは何を思い、考えていたの?」

「あ、い、いえ……」

「あなたの周りには、道を踏み外さぬようたしなめてくれる人達がいたでしょう? 酒に溺れようが、賭け事に夢中になろうが、その人たちを裏切ったことに比べれば可愛いもの……恥を知りなさい!」

「も、申し訳ございません!」


 ハンスは頭を床に擦り付ける。


「今、あなたに出来ることは、すべて包み隠さず話すこと。それだけよ」

「うぅ……わ、わかりました……」

「初めから話しなさい」


 袖で涙を拭い、ハンスは床に座ったまま事の顛末を語り始めた。


「俺には多額の借金がありました。普通に働いても……とても返せねぇ額です。ある時、自暴自棄になって、街の賭場で全財産を賭け、一か八かの大勝負をしました。へへ、当たり前ですが結果は散々で……。俺は死を覚悟しました。でも、そこにアイザックという男が現れて、俺を助けてくれたんです」

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