第15話 庭師エドワード

「誰かしら……」


 手紙には差出人の名前もなく、封もされていなかった。


「オルガ……!」


 やっと、オルガから連絡が来た。

 でも一体、誰がこの手紙を? スロキアなら直接持ってくるはず。

 この家の中に、スロキア以外にもオルガの協力者がいるのかしら……。


 手紙には商会の設立が完了したこと、今後のために他の商会に顔を売りに行っていたと書かれてあった。

 ――ほっと胸をなで下ろす。

 心のどこかで最悪の事態も考えていた。

 だが、こうしてオルガは、自分の役割を果たそうとしてくれている。


 手紙の最後には、近く打ち合わせを行いたいとあった。

 そして……オルガへの連絡は、庭師のエドワードが取り持つと書かれていた。

 

「エドワードが⁉ 嘘でしょ?」


 庭師のエドワードは、ヴィノクールに仕える専属の使用人。

 寡黙だが腕も良く、仕事をキッチリこなす職人気質な男だ。

 前世では父が亡くなった後もヴィノクールに仕えてくれていたけど、まさか彼がオルガと繋がっているなんて……。


「スロキア繋がりかしら? それにしても不思議ね……」


 手紙を暖炉に投げ入れる。

 窓から裏庭にあるエドワードが住む小屋を見ると、まだ灯りがともっていた。

 私はローブを被り、そっと部屋を抜け出して裏庭へ向かった。



    §



 古い木の扉をノックすると、少しだけ扉が開いた。

 隙間から見えるエドワードの目が大きく見開く。


「こ、これはお嬢様、こんな遅くにどうされました⁉」

「しっ……オルガのことで話があるの」


 エドワードは辺りをキョロキョロと見回し、私を中へ招き入れる。


「すみません、汚いところですが……」

「いいえ、汚くなんてないわよ」

「今、何か温かいものを」

「ありがとう」


 小屋の中は綺麗に片付いていた。

 壁には造園に使う様々な道具が並べられている。

 どれも古く使い込まれているが、きちんと手入れされているのがわかった。


「エドワードとはあまり話をしたことがなかったわね」

「そりゃあ、庭師の私がお嬢様と話すだなんて……とても恐れ多いことです」

「なら、これからは話をしてくれると嬉しいわ」

「……は、はい」


 エドワードが温かいお茶を出してくれた。


「すみません、お口に合うかどうか」

「大丈夫、こう見えて好き嫌いはないのよ?」


 ニコッと笑って答えると、初めてエドワードの口元が緩んだ。


「それでオルガのことなんだけど……」

「ああ、そうでしたね」

「二人は知り合いなの?」

「はい……元々、ヴィノクール家に口を利いてくれたのはオルガでした。あいつがスロキア様に俺を紹介してくれたんです」

「そうだったのね」

「……俺の両親はヴィノクール家に殺されました」

「えっ⁉」


 思わずお茶をこぼしてしまった。


「あっ、ご、ごめんなさい」

「いえいえ、大丈夫です、いま拭くものをお持ちしますので」と、エドワードが席を立った。


 いきなり何を言うかと思えば、ヴィノクールがエドワードの両親を殺した?

 一体、どういうことだろう。

 だったら、なぜヴィノクールで仕えているのか……。


「お待たせしました、新しいお茶です」

「ありがとう……」


 テーブルを拭くエドワードを観察した。

 後ろに撫でつけた黒髪、日に焼けた逞しい腕、男らしい外見をしている。

 だが、その影のある瞳には見覚えがあった。

 そうだ、辛い過去を背負った者特有のもの悲しさ。

 いつも鏡で見ていた自分の瞳だ。


「何があったのか、私に聞かせてくれないかしら……」


 エドワードはタオルをテーブルの端に置き、ゆっくりと席についた。

 コップを両手で隠すように持ち、静かに口を開いた。


「俺の両親は農園を営んでいました。近所の顔見知りのレストランや食材店に野菜や果物を卸すだけの小さな農園です。家族三人、贅沢は出来ませんでしたが、貧しくもありませんでした。でも、ある日、父が興奮した様子で家に帰ってきたんです」


 私は頷き、エドワードに先を促した。


「父は大きな仕事が決まったと、これでもっと楽な生活ができると浮かれていました。母も大喜びで……その日は、生まれて初めて、仔牛のステーキを食べました。その日から、父も母も忙しそうに夜遅くまで新しい仕事の準備をしているようでした。その仕事は……決められた食材をヴィノクール家に納めるというものでした」


 ヴィノクール……。

 何だか空気が重くなったように感じた。


「取引相手がヴィノクールともなれば、街のレストランや食材店なんて比べものにならない額の報酬を得ることができます。父は農園を売り払い、その資金で新たに広大な土地を買いました。人夫も雇い、指定された野菜や果物を育てました。ですが……」


 エドワードが言葉につまる。

 私は恐る恐る先を促した。


「……どうなったの?」

「ヴィノクール家との約束は守られませんでした。納入の直前になって、急に買えないと言ってきたのです。当然、父は抗議したのですが、理由を聞いても『買えない』の一点張りで、まともに取り合うつもりはないようでした」


 それはおかしい……。

 ヴィノクール家の食材調達の責任者はスロキアだ。

 スロキアがそのような無茶をするわけがない。


「父は多額の借金を背負いました。とても払えるような額ではなかったです。二人は私を置いて消え、それから三日後に……河で浮かんでいる二人が発見されました」

「そ、そんな……!」

「借金取りは私に支払いを求めてきました。ですが……私にそのような大金が払えるわけがなく、私は奴隷として売られることになりました。そして、それを助けてくれたのが……オルガです」

「オルガが? でも、どうやって……」

「彼とは家が近かったので、小さい頃に良く遊んだことがありました。大きくなってからは疎遠になっていましたが、どこからか話を聞きつけたのでしょう、借金取りに連れて行かれる日、オルガがその場に現れ、借金取りにこう言ったんです――」


 エドワードが私の目を見た。


「こいつを奴隷商に売ったところで、あんた達の金はいくらも回収できないだろ? それよりも、こいつが死ぬまで永遠に金が入り続け、こいつはこいつで両親の復讐ができる素晴らしい方法がある――と」

「何それ……そんな都合の良い方法なんて……」

「俺も頭でもおかしくなったのかと思いました。でも、聞いてみると……俺も借金取り達も納得したんです」


 その時のことを思い出しているのか、エドワードがフッと短く笑った。


「あいつは俺にヴィノクールで働けと言いました。お前の両親に借金を背負わせた相手の金で、借金を払ってやれと。そして借金取り達には、奴隷として得られる額は俺がヴィノクールで稼ぐおよそ5年分で終わるが、俺はこの先50年は生きるだろう、この意味がわかるか――と」


 思わず息を呑んだ。

 そうか、それなら……。


「それで、オルガからスロキア様に紹介してもらい、ヴィノクール家で働くことになったんです」

「……その話、スロキアは何と?」

「いえ、スロキア様には話しておりません。知っているのはオルガだけです」

「……その食材を頼んだ相手の名はわかる?」

「それが……わからないんです。父はヴィノクールとしか言わなかったので……」


 やはり、調べる必要がありそうね。

 ん? もしかして、オルガはこの為に……私にエドワードの件を調べさせるために引き合わせた……いや、それはさすがに考えすぎかしら。

 仮にそうだとしても、私のやることは変わらないわ。

 この事実を知った以上、このままにはしておけない――。


「わかったわ、私の方で調べてみます。オルガには来週、例の場所で会いましょうと伝えてくれるかしら?」

「はい、お伝えします」


 エドワードの手を取り、両手で握った。


「お、お嬢様⁉」

「エドワード……もし、ヴィノクール家が貴方のご両親を騙すようなことをしたのなら、本当に……本当にごめんなさい。でも、私に時間を頂戴、この話……何かおかしいと思うの。必ず調べて真実を明らかにするから」

「お嬢様……」

「悪いようにはしない。だから待ってて」

「……わかりました、では、お待ちしております」

「ありがとう、エドワード」

「いえ……」


 私はローブを被り、

「お茶美味しかったわ、ごちそうさま」と言って、エドワードの小屋を後にした。

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