第13話 パーティーの始まり

 パーティーの当日になった。

 ヴィノクール家のエントランスに、貴族令嬢達を乗せた馬車が次々に到着する。

 スロキアを中心とした使用人達は一糸乱れぬ連携で、馬車から降り立った令嬢達を大広間へエスコートしていく。


 さすが、ヴィノクール家の使用人たちだ。

 この規模のパーティーなら、毎日やっても平気かも知れない。

 これなら、出迎えの方は問題なさそうね。


 ふと、二階の母の部屋に目が向く。

 すると、カーテンの隙間から母の顔が覗いていた。


「……」


 目が合うとすぐにカーテンが締められ、母の姿は消えた。

 一応、話は通してあるが、母からすれば面白くないのだろう。

 あの人は、自分が中心じゃないと駄目な人だから……。


 私はカーテンに閉ざされた窓を一瞥した後、会場に戻った。



    §



 会場に戻り、イネッサと合流する。


「アナスタシア、探していたのよ」

「ごめんね、まあイネッサ、今日は一段と綺麗じゃない!」


 イネッサは鮮やかな蒼のドレスを纏っていた。

 しかも、ちゃんと流行を押さえて、手持ちのハンドバッグは同系色の淡いものを選んである。

 元々、スタイルが良いだけあって、体のラインが美しい。

 パッと見るだけで思わず目を惹きつける。

 殿方が見れば、思わず守りたくなるような衝動にかられるはずだ。


「そ、そうかしら、そんなこと言ってくれるのはあなただけよ。それに……アナスタシアには負けるわ、どうやっても勝てる気がしないわよ」と、イネッサは呆れたようなため息を吐く。


「お上手ね」

「私は思ったことを言っているだけよ?」


「あら、奇遇ね? 私と同じだわ」

「まあ」


 二人で顔を見合わせて笑う。

 するとそこに、ノースモア男爵の令嬢キーラを中心としたグループがやって来た。


「あらあら、どなたかと思えば……イネッサ様ではありませんか」


 扇を広げて口元を隠し、イネッサに棘のある視線を投げる。

 今時、金髪の縦ロールに、やたら宝石をちりばめた赤いドレス。

 取り巻きの令嬢達も、どこか田舎臭くて垢抜けない。

 なるほど、これが分相応にもイネッサを虐めたお馬鹿さん達か……。


「ご、ごきげんよう……キーラ」


 イネッサは顔を強ばらせながらも挨拶を返した。

 しかし、あろうことかそれを無視して、キーラは私に話しかけて来た。


「今日はお招きいただきましてありがとうございます、レディ・アナスタシア。ノースモア男爵家のキーラと申します、以後、お見知りおきを」

「……良く来てくださったわ、皆様も今日はありがとうございます」


 取り巻きを含め、ひとまず挨拶を済ませる。

 イネッサは所在なさげで、随分と緊張しているようだ。

 可哀想に……。


「それにしてもアナスタシア様、このような素晴らしい飾りをお考えになるなんて、尊敬の念を抱かずにはいられません。ねぇ、皆様」

「ええ、それにこの花器の美しいこと」

「この飾られた花は、もしかして……招待客の領内で採れるものを選んでおられるのですか?」

「ええ、良くおわかりですね」


 私が答えると令嬢達が感嘆の息を漏らした。


「事前に皆様の領内で一番美しいとされる華を選んであります、当然、一番の華は皆様です」

「まあ……!」

「そのようなお言葉をいただけるなんて……」

「こちらの華も素敵だわ」


 キーラ達はイネッサの考えた演出とは知らず、自領の花にまつわる話や、他の花の噂話に夢中になっている。

 その中でイネッサだけが、今にも泣きそうな顔になっていた。

 大丈夫、もう少しの辛抱だから……。


「素晴らしいです……ぜひともご指導いただきたいですわ」

「さすが伯爵家ともなると、パーティーにも品位を感じます」

「その通りですわ、私もそう思っておりました」


 次々にお世辞が飛び交う。

 本当にくだらない。


「そういえば、イネッサ様もおめかしをしてらっしゃるのね?」

「まぁ、キーラ様、そのような、ほほほ」

「そうですよ、イネッサ様に悪うございます、ふふふ」


 へぇ、私とイネッサが主催したパーティーで……。

 男爵令嬢風情が随分と好き勝手やってくれるじゃない。

 そこに、イネッサが選んだ食器に乗せられた料理が運ばれてくる。


「まあ! 何て美しい……!」

「料理も素晴らしいですが、何よりあの食器はどちらのものかしら……」

「ええ、主張しすぎず、料理が引き立って見えますわ。やはり名門であらせられるヴィノクール家ともなると皿一つからして違いますこと……」


 席に着くと、キーラ達のグループ以外の令嬢達からも、イネッサが選んだ食器や飾りを絶賛する声が聞こえてきた。


 そろそろ頃合いかしらね……。

 会場がしんと静まり、皆が私の言葉を待っていた。

 私はゆっくりと立ち上がり、皆に向かって口を開いた。


「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます。無礼を承知で、私とイネッサが主催する初めてのパーティーにご招待させていただきました。このようにたくさんの方にご出席いただき、驚きと共に嬉しさで胸が一杯になっております……」


 私は隣に座るイネッサの手を取る。

 驚くイネッサに大丈夫だからと囁き、席を立たせた。


「このパーティーは私の無二の親友であるレディ・イネッサと共に、というか殆どイネッサに頼り切りでしたけど……」


 おどけたように笑うと、他の令嬢達からもクスクスと笑い声が漏れた。


「今、皆様の前に置かれている食器、テーブル、椅子、そして飾り付け、全ての演出はイネッサが企画したものです。本当に素晴らしく、私も友として誇らしく思っています、どうか皆様、イネッサに盛大な拍手を!」


 すると大勢の令嬢達が席を立ち、イネッサに拍手を送った。


「アナスタシア……」


 潤んだ瞳で私を見つめるイネッサ。


「あなたがいなければ、こんな素敵なパーティーなんて開けなかったわ。ありがとうイネッサ」


 私は微笑みを向け、イネッサにハグをする。

 再び拍手が鳴り響く。


「さあ、皆様、本日の料理は当家の料理長が腕によりをかけたものです。どうぞ最後までごゆっくりお楽しみください」


 皆が席に着き、談笑が始まる。

 既に前菜のスープの美味しさに目を丸くしている令嬢も居た。

 見ると、キーラ達のグループだけ、青ざめた顔でスープを見つめている。


「あら、冷めてしまいますわよ?」


 敢えてキーラに話しかける。


「あ、ええ……その……」

「どうかなさったの? お顔色が優れないようですけど……」


 キーラより先に別の令嬢が口を開いた。


「あ、あの、イネッサ様、先ほどの非礼をお許しください……。その、ど、どれも本当に素晴らしいものばかりで……」

「わ、私も以前からイネッサ様には、謝罪をしなければと思っておりました」

「あ、あなた達……」と、キーラがか細い声を出す。


 周りを見ると、噂好きの令嬢達は私達の会話に注目していた。

 そう、ここでの発言や立ち振る舞いは全て、今後の社交界での評価に繋がる。

 親友と公言したイネッサを貶めた彼女達には、それ相応の報いを受けさせねばならない。


 私は皆に聞こえやすいように、一段高い声で言った。


「まあ、あなた達……ご自分に非があると気づいてらっしゃったの⁉ 私ったらてっきり、気づいてないものだとばかり。皆様のお家には、後ほど正式にヴィノクール家から抗議状を送らせていただこうと思っていたのですけど……」


 私の言葉にキーラ達の顔が凍り付いた。

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