第36話 最後の日
「はぁ・・・はぁ・・・」
大怪我をし、大量に血を流した村人が横たわっている。意識が薄く、高熱を出している。僕はその人にお腹に手を乗せて目をつぶり集中する。そして魔力をその村人に流し込んだ。
「はぁ・・・・・はぁ・・・・・すぅー。すぅー」
男性の呼吸が整い表情も穏やかになった。それを見たメグが驚いた顔で口を開く。
「すごいわね。どうやったの?」
「えーっと理論だけで言うなら、この人の中に流れる魔力を整えた後に、その魔力の一部を使って体の再生力を上げたってとこかな」
「へぇー。全然わからない」
「君も魔術師だろ?」
「だから、私は勉強が苦手だったんだって」
「その割には索敵魔術は上手だったよね。僕らの事を一瞬で見つけたし」
「あれはここに来て必要だったから急いで覚えたの。ジャスパーの部下にトビーっていう索敵担当の騎士が居てね。その人が教えてくれたの」
「なるほど。それでも1週間弱の訓練であそこまで精度が高いならメグは魔術師としての才能あるかもね」
「ありがとう。あんまり自覚はないけど」
僕はメグの態度に驚きっぱなしだった。今までのメグなら自分が褒められたらすぐに自惚れて自慢してくるような少女だった。それがどうだ。今は謙遜すらしてる。
とはいえ、いつまでもメグの態度に驚いてはいられないからと努めて冷静を装う。だが、そんな僕に向けてメグが口を開く。
「私ってそんなにすぐに自惚れて自慢してた?」
「え?僕、声に出てた?」
「いや顔に出てた」
また考えを読まれてしまった。いやなんでそんな正確にわかるんだよ。僕に顔にいったい何が出てるというんだ。くっきりと文字が浮かんでたりしないよね?
「ねぇ。その再生力を上げる魔術ってどんなことができるの?」
「うーん。怪我を治すことはできないけど傷口をふさぐとか、ちょっとした風邪の治りを良くしたりぐらいかな」
「え?そんな事できるの?だったら私にも教えてくれない?」
「良いけど習得までに1年くらいかかるよ」
「そんなにかかるの?」
「身体強化魔術を応用させてる上に、相手の魔術を応用するから操魔術の訓練をして、それからこの術自体を練習してコツを掴まないといけない。それに特殊魔術だから適正がないと使えないというのも難点だね」
「私には無理そうね・・・」
「まぁ身体強化魔術と操魔術は大抵の魔術師が適正を持ってるからそこはあんまり問題じゃない。一番の問題は習得するまでの時間だよ」
「うーん」
僕がそういうとメグは頭を悩ませる。
「まぁすぐには使えなくても、便利だから覚えておくのは良いんじゃない?わからなかったら僕が教えるよ」
「そう!ありがとう!助かるわ!」
メグは嬉しそうにそう言った。僕は驚きのあまりドクンと心臓が跳ねる。この村でメグに会って以来、驚かされることばかりだ。
僕はメグ達の後に続いて、村民や騎士団の区別なく魔術による治療(治療ほどではないかもしれない)を行った。大怪我した人は複数人いたが、幸いなことに命に別状はなくその人の魔力を整えてやれば自己再生能力で完治を見込める人ばかりだった。
僕は何時間もかけて治療に当たった。村民も本来敵であった僕のことを拒否することもなく、施術をさせてもらえたので仕事はスムーズに進んだ。この村人たちに信頼されているメグと一緒に回ったということおかげだろう。
治療が終わったときにはもう夜になっていた。
「お疲れ様。はい。夕ご飯のスープ」
僕は施術を行っていた大きな建物の外においてあるベンチに座って休んでいると、メグがご飯を持ってきてくれた。
「ありがとう」
僕は礼を言ってそれを受け取る。メグは僕のとなりに座って夕ご飯を食べる。
「ありがとうね。セオ」
メグが不意にそう言った。
「なにが?」
僕はご飯を食べつつ彼女の言葉の意味を聞いた。
「村人の手当をしてくれて。それに病人のところも回ってくれたよね。疲れたんじゃない?」
「いいや、患者がみんな協力的だったからそんなに疲れてないよ」
「そう?ならいいけど」
メグはそう言ってパンを口に含む。そして咀嚼して飲み込む。
「あーあ。私も魔術が使えていればなぁ。もっと素早く治療できてたし、早くこの村を出れたし、騎士団もこの村に来ることはなかった」
「聞いたよ。伝染病患者の治療をしてたんだってね。よくそんな事が出来たね」
「まぁあなたがいればしなくても良い苦労だったかも」
「そんなことはない。結局、患者が協力してくれないと魔術による治療って出来ないからね」
相手の魔術を使うというのは基本的に相手の同意がいる。それを踏み越えれる者もたまに入るがそんなのは天才中の天才。少なくとも僕には出来ない。
「だったら、私のしたことも意味がなかったわけじゃないと思っていいの?」
「意味がないどころじゃないよ。君がこの村を救ったんだ」
「そう・・・」
メグは嬉しそうに微笑んだ。この村の役に立てたのがそんなに嬉しかったのか。メグにとってこの村は自分の家の領地でもないし、マーティン家にとって見捨ててもなんの問題もない土地のはずだ。にもかかわらず彼女は自分の命を危険に晒してまで村人の看病を行った。それだけにとどまらず戦場に出て指揮を取り、村人たちを鼓舞した。
「怖くなかったの?」
僕が素直な疑問を口にする。
戦場に出ることは言うに及ばず。伝染病患者を治療するということは自分もその伝染病に罹患する可能性もある。場合によっては命を落とすこともある。そのことはメグだって理解しているだろう。
「さぁわからない。でもやらなきゃって思ったの。なんでそう思ったのか説明できないけど」
「そっか」
僕はうなずく。言っている意味は理解できなくても、なんとなく納得できるような気がする。
「じゃあ、ご飯も食べ終わったし。今日は寝よっかな」
「そうね。あなただって疲れているでしょうし」
「多少はね。僕はどこで寝ればいいの?」
「あなたは今日、伝染病患者と触れ合ったから、寝床は私と同じ看病者用のところを使ってもらうわ」
「え?メグと一緒の場所?」
「ご不満?」
「子供とはいえ異性と一緒は恥ずかしいよ」
「場所がないから我慢して」
「・・・わかった」
僕は渋々納得した。だが、すぐに自分の考えが浅かったと理解した。渋々じゃなくハッキリと拒否しておくべきだったと。
「あ!メグちゃん!それにあなたは今日来たセオくんね」
「かわいい!」
看病者用ということは、この大人の女性たちも一緒に寝るというわけだ。いやいや大丈夫かこれ?僕は体は子供だけど中身はじじいだぞ・・・。
という懸念を持っていたが特に何が起きるということもなくその日は寝た。いや何も起きなかったわけではないが子供だから遭遇したラッキースケベの話なんて誰も聞きたくないだろうし、僕も言いたくはない。ぐふふ。
次の日、患者の様子見に行くとみんな元気に騒いでる。けが人は治った治ったと叫んでおり、病人も体が軽くなったことを喜んでいる。槍が突き刺さった怪我はただ表面を塞いだだけで全然治ってないんだけど、まぁ本人たちが満足ならそれでいいか。病人についても本来ならこんなに簡単になるはずはないだけど、メグがやっていた看病が良かったのか、あっという間に完治していった。
こうして村人は普段の生活を取り戻していった。そしてそれはメグにとって、お別れの時間が近づいているということでもあった。メグは今日の午前中はずっと村の人に声をかけてまわっていた。涙をためていたり、抱き合ったりしながらお別れを言っていた。
「本当に帰るのねメグ」
「ええ。ありがとう。レクシー」
「それはこっちのセリフよ」
そして午後になるとメグは村の入口に行き大声を上げた。
「さようなら!みんな!」
メグは村に向かって大声で叫んだ。村人もそれに大声で答えた。それからずっと村人の声がやまずに響いている。
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