第34話 一変

 騎士団と村人の攻勢は3日目に入る。3日目は前日、前々日とはまるで違った様相を見せていた。前日と違って天気が悪く、少し強めの雨降り続いている。

 そして何より違っていたのは戦況だ。前日までは地形による有利とジャスパーの奇襲のような戦法を駆使しなんとか戦えていたが、今日は圧倒的に騎士団が優勢だった。

 村人たちは雨のせいで投石も狙った場所に落ちず、糞やらなんやらも雨で流れ落ち、雨のため戦列を維持するのも極めて難しい。さらにジャスパーが叫ぶ声も雨によってかき消され、鼓舞しようと指示しようとその声は届かない。

 対して騎士団の方は戦略が極めて単純であるためルークの指示は必要ない。むしろルークの声が届かないほうが調子がいいので、騎士団はいつも以上に力を発揮していた。その上、騎士団は雨の日の訓練を積んでいるため、環境による優位は明らかに騎士団に味方した。


「いけ!いけ!そのまま押し潰せ!」


 ルークの声は聞こえていないが、そんなことお構いなしに叫び続ける。3日目にして今までより一番上機嫌だ。


「くそぉくそぉ!」


 村人は悔しそうに口々にそう呟く。すでに戦線は崩壊しており、ジャスパーの声が届かないため撤退指示の遂行も遅れ、もう複数人の村人が騎士団に捉えられ、半分ほどが負傷していた。

 明らかに前日、前々日とは違う状況だった。前日まで負傷者も殆ど出ていないような状況が一変し、今日は完全に押されている。もはや敗北と行っていいほど押されている。


「ゆっくりと後退しろ!時間を稼げ!雨で体力を失っているのは相手も同じだ!」


 ジャスパーは必死で叫ぶが声は届かない。


「ここで崩れれば村も襲われるぞ!ふんばれ!ふんばれ!」


 村人の表情は恐怖に染まっている。もう終わりだと諦め始めている。こうなってしまえばもう戦うことが出来ないし、続々と脱落者が出始め、戦いは完全に敗北となる。もう完膚無きまでに。


「くそっ!くそ!」


 ジャスパーは悔しそうにそう呟いた。ここまで来て!ここまで戦って!ここまで粘って負けるのか!と叫んでいた。ジャスパーは悔しさのあまり目を伏せる。


「はははははは!」


 ルークの下品な声が聞こえるようだった。


「「「おおおおおおおお」」」


 騎士団の鬨の声が明確に聞こえるようだった。


「・・・・・・?」


 ジャスパーはそのタイミングでふと気がついた。


「雨が弱まってる?」


 先ほどまで降っていた雨がぽつぽつとした弱い雨になっている。そして雲の切れ間から光が刺し始める。そして次の瞬間、爆音がこの戦場に響いた。


「立てッ!!押し返せ!!」


 発せられた言葉はその2つの短い言葉。音調の高く、響き渡る美しい声が耳の中に飛び込んできた。ジャスパーは後方から聞こえたこの声の方向を見る。そこにはメグが腕を組んで立っている。傍らにはいつの間にか前線から下がっているトビーが控えている。そこから察するにメグがトビーを呼びつけて、音声増幅の魔術を使わせたのだろうと思ったがそんなことはどうでもいい。

 とんでもない大きな声をメグが発した結果はここにいる全員が驚いて動きをとめ、みんながメグの方向を見る。


「戦いなさい!騎士団だかなんだか知らないけど、村に入れてやる義理は無いわ!さっさとお帰り願いましょう!」


 メグが大声でそう言うと村人の表情が変わる。恐怖に支配されていた村人たちが歯を食いしばって立ち上がる。そうだ。村にこんな連中を入れる訳にはいかないと村人全員が思い出した。

 対して騎士団には動揺が広がる。なぜあそこにメグが立っているのか理解できない。誘拐された少女を助けだすために戦っていたのではないのか?なのになんであの少女はあんなに堂々と敵側に立っている?そういう疑念が騎士団員達の頭を駆け抜ける。一番動揺したのはルークだった。ルークは村が少女を誘拐していると決めつけていたので、なぜそこにああやってメグが立っているのかわからなかった。

 村人と騎士団の感情の違いが戦況に大きな影響を与える。


「「「おおおおおおおおお」」」


 村人は槍を構えて騎士団達に特攻した。対する騎士団は混乱する頭を整理できず、逃げ出すものも現れ始める。


「待て!逃げるな!戦え!」


 ルークがそう叫んでもその命令を聞く人間はいない。そもそもルークの言葉は耳に入っていない。一人、また一人と戦線を離脱し始めると戦線の崩壊はあっという間だ。今までは組織的な行動をしていた騎士団員たちも混乱と恐怖ですぐさま全面撤退となった。


「くそっ!後退!後退!」


 そんな状況を見ていたルークはやむおえず撤退を指示し、自分も後ろに下る。そこからは村人たちの追撃が始まった。広場を抜けて、最後の坂道まで戦線を押し上げていた騎士団はどんどんと後ろに下がる。広場を抜けその先を川へと逃げる。だが、撤退はその場所で停止せざる得なくなる。


「うぁぁぁぁぁ!」


 濁流が橋を流し、川が渡れなくなっていたのだ。つまりは行き止まりであり、騎士団は追い詰められたことを理解した。騎士団員は恐怖のあまり半狂乱となる。騎士団の後ろからは村人の槍衾が迫っていることに、過剰なほど恐怖していた。


「ぐっ!渡れ!命がけで渡れ!」


 ルークはそう指示したがそんな命令を人間などいない。

 慌てふためく騎士団達を見かねたメグが再び大声を出す。


「静まれぇぇぇ!」


 高音のよく通る声でメグは命令した。そうすると騎士団は騒ぐのをやめて沈黙する。


「武器を捨てて投降しなさい!」


 その声で騎士たちは一斉に武器を捨て鎧を捨てた。ルークは投降を止めようと叫んでいたが、その声は誰も聞いていない。


「投降する!投降する!」


 騎士団員が叫び、手に持っていた武器を捨てる。

 その時点で3日に及ぶ戦いが幕を閉じた。


「はぁ・・・」


 メグはため息を付いて村人に命令する。


「誰でもいいから騎士団の武器を拾い集めて。警戒は解かないでね」


 何人かの村人が騎士団の武器を拾うためにゆっくりと近づいていく。だが、村人が武器を拾い出す前に大声が響く。


「貴様らぁ!勝手に投降するな!戦え騎士の誇りはないのか!?」


 声の主はルークだった。ルークはそう言うと剣を抜き、騎士団たちを恫喝する。


「敵に刺されるか!私に切られるか好きな方を選べ!」


 ルークはそう叫んでいる。その様子見たメグが傍らに控えていたジャスパーに話しかける。


「そういえばあなた。現騎士団長は戦死して欲しいと言っていたわね」

「ええ。そうですが」


 ジャスパーはメグの質問の意味がわからない様子で首をひねった。だが、次の瞬間ハッとした表情を浮かべる。


「メグ様・・・まさか・・・」

「敗戦の責任は必要でしょ?」


 メグはしれっとそう言うとまた大声で叫ぶ。


「プランツ騎士団長が続けるというなら私達はそのままあなた達全員を槍で突き刺すわ」


 メグの言葉に騎士団全員が驚愕の表情を浮かべる。その騎士団を見てメグは言葉を付け加える。


「流石に川に落ちたら助からないわよね〜」


 騎士団の数名がゴクリと固唾を呑む。そして全員がルークの方向を見る。


「な、何だお前達!」


 動揺するルークは慌ててそう言った。その光景を見たジャスパーが再び言葉を付け加える。


「プランツ騎士団の諸君!いつも私が言ってると思うが、敵は確実に息の根を止めろよ!」


 そう言うと騎士団は剣を握ってルークに詰め寄る。


「やめろ!やめるんだ!」


 ルークは半狂乱になってそう叫ぶ。だが、多勢に無勢。騎士団は何の迷いも感慨もなく、あっという間にルークを押さえつけ、剣で切りつけ、川に捨てた。

 その光景を見ていた村人がポツリと呟く。


「こんな奴らと戦っていたのか・・・」


 今更ながら人を殺す訓練を受けた騎士団に対して恐怖を覚えたようだ。そんな村人に対してジャスパーが口を開く。


「そうだ。こんな奴らと戦って、こんな奴らに勝ったんだ」


 そう言うと、村人は歓声を上げる。


「うぉぉぉぉ!勝った!勝ったんだ!!」

「おおおおおお!」


 その村人たちを見てメグが焦る。


「あ、あのちゃんと武器を奪っておかないと反撃される恐れが・・・」


 それに対してジャスパーがメグに言う。


「プランツ騎士団はもう戦う意志はありませんから大丈夫ですよ」


そう言ってジャスパーは笑った。

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