第33話 断章 -メグ-

 メグは村の家を1つ借り、その家の扉をすべて締め切り誰にも会わないようにしている。そうすることで他の人に伝染病を移す可能性を減らすとともに、伝染病をもらうことを極力避けようと考えた。一刻も早く前線で踏ん張っているジャスパー達の元へ駆けつけたい。まさに居ても立っても居られない状況。自分のせいで陥ったこの状況の行方と、そして自分とジャスパーが考えた打開案がちゃんと機能しているか気が気でならない。だがメグはその気持ちをグッと抑えて自主謹慎を続けている。その謹慎も今日で2日目。


「大丈夫かな・・・」


 メグは窓から外を見ながらそう呟いた。どんよりとした空が、次第に暗くなっているので、もうすぐ夜になる時間だと理解する。

 健康な人は2日間の謹慎を経て村に戻すというルールは私が決めたことだ。私が決めてクレアにそうするように指示をした。だからたとえどのような事情があろうと自分から破るの良くないと思う。病気が人間の事情を加味してくれることはない。

 しかしこの2日間はとてもつらかった。私が考えるうる全ての知識はジャスパーに伝えたし、ジャスパー自身も歴戦の勇士なので上手にやっているはずだと信じている。

 だが、外の状況がわからない以上、私の不安を払拭することはできない。もしかしたら今にでも騎士団がこの村に立ち入り、略奪の限りを尽くすかもしれない。

 しかし現時点ではそうなっていないため、おそらくは村人たちが踏ん張っているからだろう。つまりジャスパーはこの状況で許された様々な方法を用いて、騎士団の侵攻を食い止めているのだろう。

 だから私が出来ることは祈ることだけだ。だからただ祈った。ジャスパー達が勝てるように、この村の人達が死なないように。そう祈り続けた。


「お嬢様。お嬢様」


 ある時、小屋の窓から知っている声が聞こえる。


「リリーなの?」

「はい。お嬢様」


 声の主はお父様が私に付けた侍女であるリリー。


「ひさしぶりね」

「はい」


 リリーは私が村人の看病をしている時、ジャスパーの部下である騎士達と料理を担当してもらっていた。私は病人が収容されたあの建物からほとんど出ていなかったし、リリーもあの建物に近づくことを禁じていた。だから私たちは数日間会っていない。この会話は数日ぶりなのだ。


「元気だった?」

「はい」

「そう。それはよかった。それでどうかした?」

「それが・・・・」


 リリーは言いよどんだ。何か言いづらい事を伝えに来たのだろう。私は不安が心のなかを満たす。今の段階で悪い予想というのはいくらでも出来る。この2日間ずっと考えれば考えるほど悪い考えが浮かんでくる。ジャスパー達がやられて騎士団がこの村に入る、病人達の病状が悪化して皆死んでしまうなど考えたらきりがない。

 だが、リリーの口から出た言葉はそれらとは違う。


「ドナ様が亡くなりました」

「・・・・・・・・」


 ドナが死んだ。これは私が考えていた悪い予想の1つ。いや考えない様にしていた予想という方が近いかもしれない。私はドナには死んでほしくなかったし、死ぬなんて考える事さえしたくなかった。


「そう・・・」


 私はそう返事をしたが、頭の中では混乱していた。"なんでドナが・・・なんで?"と思う気持ちと"信じられない。確かめたい"という気持ちが同居していた。


「教えてくれてありがとう。リリー」


 私はリリーにそう言うと、手を組んで祈り始める。しばらく無言の状態が続き、その状態でもリリーは窓の外に留まったようだが、私に話す気がないのだと理解するとリリーは立ち去った。

 それからしばらくの時間が過ぎる。その間もずっと祈っている。何にかはわからない。前世の私はコレと言った宗教を信じていなかったし、メグも宗教に対しての興味はほとんどなかったようだ。だから私は神という存在について赤子同然の知識しかない。いや、赤子同然と言うより全く無い。

 だが、何もできない今は祈ることしかできない。それ以外に自分の気持を鎮める方法はない。怒り狂って壁や物に当たり散らす事も出来なかった。私は気持ちがずんと沈んで、体を動かすことも億劫になる。

 そんな時間が何時間か続いた後、再び窓の外から声がする。


「メグ。起きてる?」


 その声も聞き覚えがある。


「レクシー・・・・。」


 声の主はレクシーだ。病人の看護を共に行った仲間。前世で言うところの同僚というものに近いのかもしれない。私は窓の外にいるであろうレクシーに話しかける。


「ドナは亡くなったそうね」

「そっか。ドナが亡くなったのを聞いてたのね。ごめんね。すぐに知らせにこれなくて。皆すぐに動ける状態じゃなかったの」

「いいのよ」


 ドナが死んだ後はどうなったかなんて考えるまでもない。きっと皆は深く悲しんだんだろう。

 体調が悪くなっていてもまさか死ぬとは思っていなかったと思う。私も死ぬとは思っていなかった。最後に話した時はドナ自身がネガティブになっているような発言をしたのが気にはなっていたが、それでさえドナは笑いと飛ばしてくれると思っていた。


「ドナの最後はどうだった?」

「つらそうだった。熱に浮かされて呼吸も早くて。でも笑ってた」

「笑ってた?」

「ええ。うわごとのようにありがとうありがとうって言ってた」

「ありがとう?何に?」

「さぁわからない。意見を聞きたいんだけど、死ぬ直前になった時って何に感謝すると思う?」

「うーん。わからない。私はそんな死に方しにそうにないし」

「私もそうなのよね。どうせなら世界を呪って死んでやろうと思ってくるくらいなのに」

「そんな事思ってたの?」

「冗談よ」


 おそらくレクシーは笑っている。窓越しで表情はわからないが声がそんな感じ。私もつられて微笑んだ。


「・・・・・・」


 2人はしばらく無言になる。


「ねぇメグ?」


 不意にレクシーが口を開いた。


「何?」

「あなた。この村に住む気はない?」


 突然の提案に私は驚いた。


「それは・・・」

「ここの村人はあなたにとても感謝しているわ。だからあなたがここに住むっていえば快く受け入れてくれる。こんな村でも食べ物には困らないわよ。今はみんな病気で倒れてるけど、それはあなたが治してくれたしね」

「そんな・・・私は・・・」


 私は何もやっていない。それどころかこの村に脅威を招いてしまった。私がこの村に訪れなければ騎士団もこの村に来ることはなかった。


「確かに今回の騎士団はあなたを探してこの村にたどり着いた。でもそれは今回に限った話で、村というものは常に何かから狙われているものよ。騎士団が来なかったらそれこそ盗賊団がいつ来てもおかしくない」


 レクシーは私の事を慰めてくれているのだろうか。私が騎士団を招いてしまったという罪悪感を持っていることを察して励ましてくれているのだろうか。


「・・・・・・」


 私は返事ができない。私はこの村の人々を他人だとは思えなくなっている。病気だって村のみんなと乗り越えたし、この村の気質はとても好きだ。外から来た私を受け入れて、私の言うことも聞いてくれた。10才の子供である私の言うことを真摯に受け入れてくれた。

 だからレクシーの言葉で私の心は揺れ動いている。レクシーはさらに言葉を続けた。


「正直言うとね。私があなたと別れたくない。メグは私たちの友達でしょ?」

「うん」


 私はレクシーが私のことを友達だと言ってくれるのが嬉しい。だからこそ心が揺れる。

 メグは騎士になりたかったけど私自身はそうではない。ただ誰かの役に立ちたかったし、受け入れてほしかっただけだ。そしてそれはメグのお陰で叶っている。私はメグほど強い心は持っていない。そんな私が貴族で有り続けることなんでできるだろうか・・・?


「私は・・・・」


 私は考える。この村で私を受け入れてくれる人々に囲まれて生きる人生。すべてが満ち足りているわけではないけどみんなで協力しあえる人生。日野あかりが望んだ人生。独りは寂しい。

 そこまで考えた私は目を伏せた。口は自然と口角が上がる。


「ありがとうレクシー。でも私は家に帰るわ」


 私は思い出した。自分がメグの想いを引き継いでいることに。

 独りは寂しいと私は思う。そんな私が大事な半身である心の中のメグを独りにさせてはいけないと思う。だから私は貴族として産まれた責任を果たす。


「そう」


 レクシーはそうつぶやいた。私の言葉を追求することはなかった。


「ごめんね。変なこと行って」

「ええ。嬉しかったわ。ありがとうレクシー」

「こちらこそありがとうメグ」


 お互い感謝の言葉を述べ合う。


「あ、雨が降ってきた。じゃあメグ。私は濡れないうちに帰るね」

「ええ。風邪を引かないように」

「うん。じゃあ、さよなら」

「うん」


 窓の外にあったレクシーの気配は消えた。レクシーは本当に帰っていったんだろう。


「さようならか・・・」


 私はレクシーの言葉を復唱して再び窓から空を見上げる。本当に雨がポツポツと降り出していた。

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