第32話 撤退

 1日目の結果はプランツ騎士団の死亡者数ゼロ、負傷者20名、村民の被害は死亡者1と負傷者ゼロ。村民の負傷者は最初にルークが殺した村長と思われる老人のみとなっている。つまり、1日目は騎士団の損害が大きく、村民はほとんど傷ついていないということになる。これはジャスパー達と村人が上手く立ち回った結果である。

 騎士団はルークの見込み違いと騎士団員の動揺により辛酸を舐める形になった。彼らはどうして1日目はこんな結果に終わってしまったのかが本当に理解できないようだ。そんな状態で2日目を迎える。2日目は騎士団員の心情の投影するようにどんよりと曇っている。


「プランツ騎士団!前進!」


 ルークが前進の号令を出した。そしてジャスパー達はそれを受ける。1日目に散々やられたこの陣形から脱却できないでいる。その様子を見てルークが口を開く。


「そもそも負傷者を抑えたいのなら戦わなければいい。村人たちの戦い方は防御に徹している。つまりこちらが攻撃しなければ他に戦う方法がないということだ」

「そうなの?」


 僕は首をひねる。そんな僕を見てレオは言葉を続ける。


「村人たちは。少なくともジャスパーという男は攻撃をしたら絶対負けるのがわかっているんだ」

「どうして?」

「装備が違いすぎる。やっぱり重装歩兵を真正面から破るのは難しい。昨日だってジャスパーは徹底して正面衝突を避け、槍で牽制したり罠を仕掛けたりしていただろう?」

「ただでさえ人数不利あるしね。そう考えるとなんで村人は戦うことを選択したんだろう?攻勢がかけられないなら勝てないんじゃない?」

「騎士団に略奪されるからと破れかぶれになっているのかもしれないな」

「そう考えるとやはり心が痛む。不必要な戦いのように思える」

「今更だろ。あちらにはもう被害者が出てるんだ。後には引けない」


 その通りだ。たとえルークが短気を起こした結果であっても、そもそもそのルークを伴ってこの地に来たという責任がある。本当に盗賊団だった場合を想定したのだが、予想以上に村人の警戒心が強かった。いや、それは言い訳だな。他になにかいい方法があったように思える。僕は失敗したんだ。


「それに本当にこの村が盗賊団じゃないという確信もない。実際騎士団を相手に上手に立ち回っている以上、戦いの心得があると見て間違いないだろう。それはジャスパーという男の指示なのかそれとも村人がそもそも戦いに慣れているのかはわからないが・・・」


 僕が落ち込んでいるのを察してかレオが別の視点を思考する。だがその考え方にも不審な点は存在する。


「ジャスパーの指示といっても、村を訪れて数日の人間が指示を出せるほど信頼されるというのはどうも現実感がない」

「もう一つ可能性の方も、そんなに戦いに秀でたものがこんな山奥にいる事は不思議だ。それこそ盗賊団でもないと説明がつかない気がする。腕力や腕っぷしが秀でているならともかく、騎士団相手に完全に規律を持って立ち回っている」

「でもこの村人が盗賊団でメグを誘拐していたとして、じゃあなんでジャスパーがあちらの指揮を採っているのかわからない。普通は幽閉されているか殺されているかの2択じゃない?」

「脅されている可能性はあるだろう?」


 脅されていたならばどうだろう。確かに脅されて盗賊団の意のままに操られている可能性はある。だが今回の場合は味方というか自分が所属する騎士団が相手なら、脅されたふりをして前線の村人たちを崩壊させ、騎士団を村に引き入れる事が一番の解決策ではないか?それが出来るほどの能力は、ジャスパーという男は持っていると思うが・・・。


「まぁ何にせよ。実際に村に入ってみないと分からないことばかりだが、村人からは立ち入りを拒否されている。メグの命のことを考えると悠長に構えてるわけにもいかない。そう考えると僕らのとり得る選択肢はそんなに多くないのではないか?」


 レオはそう言った。どうやら言いたかった結論はこれだったらしい。つまり僕はレオに励まされているということか。


「なんか言い訳臭いね」

「そうだな」


 そう言ってレオは笑った。


「「「おおおおおおおおおお!」」」


 そのタイミングで前線が動いた。僕とレオは戦っている前線に目をやる。


「敵を見ろ!前進しろ!我々が勝てぬ訳がないのだ!」


 膠着状態だった戦線が村の方へ進んだ。2日目の今日は騎士団が終始戦列を乱さないように進撃している。昨日の失敗は村人を甘く見て戦列を崩したことだと理解したのだろう。だから今日は慌てず、侮らず、戦列を崩さないようにゆっくりと前進した。その結果、なんとか踏ん張っていた村人たちもどんどんと後ろへ追いやられる。


「後退!後退!」


 ジャスパーがそう叫ぶと村人はゆっくりと後退していく。


「よし!前進しろ!だが足元には注意しろ!」


 ルークは村人を追い詰めていくのがとても嬉しいのか、上機嫌になってそう叫んでいた。

 村人はずっと撤退を続ける。そして騎士団は足元にあるトラバサミを解除しながら前進を続ける。どうやら昨日の夜に仕掛けの方は追加してたようだ。だが、それらは全て無駄になってしまった。規律ある騎士たちの前進により、なすすべもなく攻め込まれる結果となった。

 村人たちはどこまでも下がる。崖に挟まれた小道を抜け、川にかかる橋を渡り橋を、ちょっとした広場の入り口まで後退した。後退中は槍で突いて牽制したり、投石で地味な嫌がらせのような攻撃をしたりしたがそれらはほとんど効果を得なかった。

 だが、下がっている途中も組織的な行動を崩さなかった点は素晴らしいと思う。列が短いとはいえ、素人の村人が戦列を崩さずに交代できたのはひとえににジャスパーの手腕によるものだろう。


「止まれ!」


 ジャスパーは広場の入口に来ると停止を指示。村人はそこで立ち止まり槍を構える。しかしそんなことで騎士団は止まらない。


「構わず前進しろ!広場に出たら数で押せる!」


 ルークは騎士団たちにそう叫んだ。対するジャスパーも反撃の指示をする。


「投げろ!」


 指示は至ってシンプルでだったが、事前の打ち合わせで村人たちは何をすべきかを知っていた。だから投げた。ありとあらゆるものを。


「臭ッ!」


 投石の時は石だけだったが今回はそれだけでない。木の棒や小さな板クズ、極めつけは糞を投げる。


「な、なんだ!?」


 投石で投げられる事を覚悟していた騎士団達も糞が飛んでくるとなれば動揺した。騎士団の効果な鎧に糞がどんどんと投げ込まれる。


「臭い!糞を投げやがった!」


 動揺は広がり、騎士たちは戦いに向けていた集中力を失った。そのタイミングをジャスパーは見逃さない。ジャスパーは思わずニヤけて村人に指示を出す。


「戦列が乱れた!前進!突き崩せるぞ!」

「「「おおおおおおおおおおお」」」


 村人たちはジャスパーの声に応じて前進を開始した。騎士団達は自分の鎧に付着した糞に気を取られて村人の前進に気づくのが遅れた。慌てて武器を握り直すが、少し遅かった。勢いのある村人の突進に騎士たちは後退する。だが、最前線の列が逃げようとしても後ろに騎士がずらりと並んでいる。騎士たちはすぐに団子状態となった。


「やめろ!さがれ!さがれぇぇぇ!」


 騎士の一人が発狂したように叫んでいる。


「なっ!」


 ルークは何が起こったか分からず絶句している。今まで完全に押し込んでいたのに、突然敵がこちらを押し始めたのだ。こちらは戦列を組んで進軍していたのにそれが一瞬で突き崩されるというのはどういうことか。また罠か?

 ルークがそうやって迷っている間にも、村人はどんどん騎士を倒していく。


「ギャァァァ!」

「いてぇよ!」

「下がれ!下がってくれ!」


 そういった声が幾重にも重なった後にルークは後退の指示を出した。


「後退だ!」


 そう言って騎士団は引いていった。ジャスパーは後退する騎士団を追撃させなかった。代わりに大声で村人に呼びかける。


「今日も我々の勝利だ!」


 その声に村人も歓声を上げた。それを最後に2日目の戦闘も終了した。

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