第31話 失策

 村人が使用していた槍は村人お手製の槍で、長さは4.5メートル超と普通のやりに比べて長め。その槍を隙間なく配置することで村人たちはリーチを伸ばし、騎士たちの攻撃ができないような距離で相手の足を止めさせる事ができる。さらに長い槍の利点としては振り下ろすことで大きな衝撃になるということ。

 ただ、長い槍は振り上げて振り下ろすという1工程が、普通の槍よりも遅いため、本来ならそんな攻撃は当たらない。そこでメグとジャスパーが考えた方法は狭い通路を柵で進軍経路を限定させ、投石で進軍速度を遅くさせ、その上で槍衾による防御、その後に長い槍の叩きつけによる強烈なダメージ。このセットで騎士団を撃退しようと考えたのだ。

 そしてこの方法はジャスパーの想像以上に功を奏していた。


「進め!進め!」


 ルークは大声を出して騎士たちに命令していた。しかし当の騎士たちは狭い道で進軍しにくく、さらに士気も低いのでそこまで積極的な攻勢には出れないでいる。


「村を守ろう!自分たちの村を!」


 対してジャスパーはそう言って村人に守りを徹底させた。ジャスパーの演説により士気の低下した騎士たちを撃退するのは、村人たちが想像していたものより簡単だった。その上村人たちは自分たちがやられたら自分たちが死ぬだけでなく、身内や隣人、仲間たちが惨たらしい目に会うことを恐れているため迎撃には余念がない。来るならただでは済まさないという強い意志があった。

 騎士たちと村人たちの気持ちの差がこの戦場の趨勢を決定づけている。騎士は向かえば向かうほど負傷し、村人は迎撃すれば迎撃するほど調子づく。そのサイクルが完全にできあがっている。


「村人に負けるな!騎士としての誇りを示せ!プランツ騎士団は王家をお守りするこの国随一の騎士団だぞ!舐められるな!」


 ルークは現状不利だと感じると、放つ言葉は激励に変わる。それにより最低とも言える士気が少し回復した。回復した後は騎士達は戦列を維持して進軍するようになる。3人ほどの横列でゆっくりとした規則正しい歩調で村人たちの敷いた防御陣に近づくようになる。


「投石!投げまくれ!」


 ジャスパーは慌てて投石を投げるように指示をする。

 3人の横陣でもそれが高額な鎧を着た重装歩兵の進軍となれば脅威的である。こちらは戦場有利であっても素人なので、槍衾の密度は正直言って低い。そんな中で騎士たちが負傷覚悟で突撃されたら一気に突き崩される可能性がある。だからジャスパーは列を乱させる為に投石を命じたのだ。

 だが、投石で何人か負傷してもすぐに次の騎士が最前列と入れ替わり、その騎士が負傷しても後ろに控えている騎士が入れ替わる。そうやって何層にも及ぶ横陣は継続的な圧力となり、前線を前進させた。


「くっ!下がるぞ!」


 ジャスパーはついにプランツ騎士団の圧力に耐えかねて後ろに下がるように村人に指示をする。村人もその声に応じて数メートルの後退を余儀なくされた。


「はは!良いぞ!そのまま押し潰せ!」


 ルークは村人の後退をみると上機嫌になり、前進指示を出す。騎士たちはそれに応じてますます前進する。


「おおおおおおおおお!」


 騎士たちは前進に応じて大きな声を出す。絶叫ではなくある程度調律の取れた鬨(トキ)の声。この声により士気の向上と相手を威嚇して戦意喪失を狙う。


「やはり真正面からは分が悪いか・・・」


 ジャスパーは後退しつつポツリと言葉をこぼした。メグやジャスパーが警戒していたのはまさにこれだ。仕掛けもなにもないただ戦列を維持しつつ進軍するという単純な戦法。定石といっていい戦い方だが、こちらにとってはこれが本当に怖い。だから槍を長くしたり、戦いの前に言葉で敵を惑わしたりと工夫をした。だが、それだけでは完全に押さえ込むことはできない。事実、今はそれをされることにより戦線を後退しなければならなくなっている。


「やはり!騎士に敵う平民はいない!戦う相手を間違えたな!」


 ルークは更に上機嫌になっている。実際こうなってしまえば、後は追い詰めるだけになると思っている。このまま押してしまえば、村人の防御陣は崩壊し、その後は一人ひとり殺していけばいい。それでこの戦場は片がつく。だが、今回そうならなかった。


「ぎゃあああぁぁぁ!」


 騎士たちが叫び声を上げた。その声を確認したジャスパーはすぐさま次の指示を飛ばす。


「後退止め!敵は罠にハマった!このまま押し返すぞ!」

「おおおおおおおお!」


 今度は村人が鬨の声を上げて、自分たちを鼓舞する。


「一体何が起きた!?」


 ルークは前線の様子がわからない。細い道に隊列を組ませているためそれが影となり前線の一番先端がどうなっているか確認できない。


「足がぁ足がぁ!」


 騎士の達がそう叫び声を上げている。その叫び声が騎士たち全員を動揺させ足が止まる。そしてそこを村人たちの槍が襲う。


「ぐぁぁぁぁ!」

「なんだ!なにだ!」


 状況がわからず動揺しているうちに次々と騎士たちが負傷し、後方に引きずられていく。そして前線で負傷した団員がルークの元へ引きずられて来ると、ルークは何が起きたか理解した。


「トラバサミか!」


 ジャスパー達は戦線が不利になったため撤退した。だが単純に撤退したわけではない。撤退するついでに自分たちの後方に設置していた罠エリアに騎士団を誘い込んだのだ。その結果、何も知らない騎士団達は無警戒で罠エリアに進み、数名がトラバサミにかかってしまったということか。


「クソっ!」


 ルークは悪態をついていた。狭い道のため人数による有利が少なく、こちらが攻めてのため罠にも引っかかる。この場所を上手く使っている。

 だが、ここでルークは疑問に思う。ジャスパーはこういう戦い方を得意としていたのかと。ルークとジャスパーは仲が良かったわけではないが付き合いが長いのでお互いの気質をよく知っている。私の知るジャスパーはこういう事を好まないやつだった。騎士としての正々堂々を好むような男だった。

 だからこそルークはジャスパーの事を嫌っていたのだ。だが、今の戦い方はなんだ?まるで誰かがジャスパーに入れ知恵をしているようだ。それは一体誰だ?この村に戦に長けた者が入るのか?


「団長!」


 だがルークはそれを思案する時間はない。罠にはめられた団員をどうにかしなければならない。


「クソッ!一時撤退!撤退中に壊せる分だけ柵を壊してこい!」


 そう叫んだ。その結果、戦線は村人が押し上げる形になった。

 これは騎士にとっては驚天動地の出来事である。自分が守るべき民は自分より弱い存在だから守る必要があるのだ。だから騎士たちは民達が全員ひ弱であると信じていた。農民の反乱は驚異的であるとは知識として知っていたが、それは農民が数の上で騎士たちを圧倒しているから脅威なだけで、一人一人は大した戦力ではないと。だからこそ自分たちより数の少ない民と戦うことことを騎士道に反するとさえ思っていた。

 だが、今の出来事はなんだ?守るべきひ弱なはずの村民が戦いにおいて騎士たちを上回っている。騎士たちは全く自体が飲み込めないでいる。理解できないまま後退を余儀なくされている。

 この日は村人が押し返した後ずっとその戦線を維持し続けた。そしてその後の数時間の戦いにより騎士団の活動時間に限界が訪れ、騎士団は撤退した。


「一頭の羊に率いられた百頭の狼の群れは、一頭の狼に率いられた羊の群れに敗れる。この戦場はまさにこういうことだな」


 騎士たちの後ろで戦いを眺めていたレオがそう呟いた。それに対して僕も口を開く。


「いや、戦いとしてルークが大きな失敗をしたわけじゃない。レオの言葉を借りればルークだって狼のはず。だけどそれを上回る準備と執念があるんじゃないかな」

「なるほど。あのジャスパーという男がルークより優秀な狩人だということか」

「あのジャスパーか、もしくは村に戦いを知っている村民がいるのかもしれないね」

「なるほど。じゃあこの村と事を構えるのは失策だったな」

「失策と言うならば、そもそもこの村に騎士団を連れてきたことだったかも。うまく交渉できていれば避けれた戦いだよ」

「それはそうだな」

「レオの役に立とうと思っていたけど、僕は失敗ばっかりだね」

「それは僕も同じさ」

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