第22話 情報収集作戦本部

 屋敷から一番近くの村は屋敷から歩いて4時間程度の距離にあるルモート村。平原を流れる川沿いに作られた村でノーライア領内で一番穀物の栽培が盛んな土地だ。穏やかな平原にあるこの村は人口も多く、山村で育てられた農産物や布製品などの内職品が集まる交易所としても活用されるため、行商人などの出入りが多くマーケットも活気がある。

 そんな村に僕らが到着したのは昼を大きく過ぎた時間。時間にすると大体15時頃ぐらいだった。屋敷を出る時は晴れていたが、ルモート村に近づくに連れ天気はぐずつき、到着する頃にはポツポツと雨が降り出していた。


「雨が降っているな」


 レオが空を見上げながら呟いた。


「そうですね」


 僕はレオの言葉に同意する。普段なら天気に関する何気ない会話であるが、レオに50人程の護衛が付いているとなると少々憂慮すべき事態である。


「天気が良ければ川辺で野営でもしてもらおうかと思ったが雨だと濡れるな」

「そうですね。川辺は水量が増えると危険ですし、どうにか騎士団員を収容できるところを貸してもらわないと」

「そうだな。どちらにしてもまずは村長に挨拶に行かなければな」


 レオの言葉に同意する。そしてとりあえずレオと僕、ヒューゴと騎士団長のルーク4人で村長に挨拶に行く。村長は初老の老人で感じがよく、快く騎士団の滞在を認めてくれた。そして村の集会所として利用している家屋を数日貸してもらえることになった。


「ノーライア家の皆様には大変お世話になっております」


 村長は丁寧にお辞儀をしてそう言った。

 そして村長宅を後にすると、次は宿場に向かった。集会場を借りれたとしてもそこだけで全員を収容できるわけじゃないので、足りない分を宿で補う。本当は全員分の宿を取りたかったが人探しが何日かかるか不明のため、最初から費用をかけるのは避けたいと思った。貴族としては少々ケチのように思われるかもしれないが、今回は我慢してもらいたい。


「我々はノーライア家に歓迎されていないようですなぁ」


 ルークがまたも僕に聞こえる程度の音量でポロリとそう言った。僕はこの人の言葉を聞くのが正直面倒だったので無視をした。別に返答が欲しかったわけではないだろう。

 宿を回って十数名ほどの宿を取り、そのうちの一部屋を僕とレオ用で使う。それ以外はすべてルークの好きなように使ってもらうようにと言った。ヒューゴも宿をと思ったが、ヒューゴ本人が集会場を希望したのでそちらに泊まってもらうことにした。


「いいのか?ヒューゴ殿はご高齢だろう?」


 僕とレオは宿屋の一室に入ると、レオが僕に質問をしてきた。


「僕の家の者だけを優遇したら騎士団員から不満が出かもしれない。だからヒューゴが集会場で騎士団員と泊まることで団員の僕に対する不満を緩和しようとしてくれたんだと思う」


 騎士団は貴族の子供が入団することも多々あり、プランツ騎士団も例外ではない。だから自分は貴族なのに同格であるはずの貴族の、しかも子供に従うことを良く思っていない者もいる。特に騎士団長のルークはこの気質が顕著で僕のことをあきらかに下に見ている。だから宿場に関して僕だけでなく身分的に低いはずの執事が優遇されるのは許せないと思っているだろう。


「なるほど。気をまわしてくれたわけだ」

「今回もヒューゴの厚意に甘えようかと」


 レオはヒューゴに感心し自分の家にも来てほしいと要望を言ったが、ヒューゴを王家に差し出すことはお父様は絶対嫌だろうし、僕も嫌だからやんわりと拒否した。レオはしぶしぶ分かったと引き下がった。そして直後にため息をついてプランツ騎士団の事を口にする。


「はぁ~。一番暇そうなプランツ騎士団に仕事として依頼したつもりだが、これほど困ったやつらだったとはな。噂は本当だったようだ」

「噂?」

「プランツ騎士団は王宮付き騎士団になったため、訓練もろくに行わずに遊んでいるという風評が立っていた。騎士団長を見る限りそれは間違いではなさそうだな」


 王宮に近づいて堕落するのは何も貴族たちだけじゃないってことか。先代の騎士団長と呼ばれる人物はともかく団員の中に堕落は広がっていったのだろう。良くある話ではある。


「よくそんな騎士団が王宮付きになってるね」

「先代が国家に大きく貢献したんだ。だから無下には出来ない」


 レオは苦々しくそうつぶやいた。


「まぁ騎士団の話はもういいだろう。メグの探索についてはどうすべきだと思う?」


 レオは僕の目をまっすぐ見つめて質問してくる。こういう時のレオは恐ろしい気配すら感じる。人を束ねる人間のオーラみたいなものを若干10才ですでに備えているように感じる。


「一番堅実なのは聞き込みをすることかな。どういうルートを通ったとしてもこの村は必ず通ってるはずなので、いつ通過したか、どの方向に行ったかがわかれば・・・」

「たしかに一番わかりやすい方法だが問題がないわけではない」

「そうだね。村人が情報を隠す可能性はある」

「ああ。村民の立場に立ってみれば、そもそも情報提供しても得がない上に、もし迂闊なことを言って疑われると命に関わる」

「とくにあの騎士団では誰も本当のことを言いたがらないだろうしね」


 騎士団の人員を使って聞き込みを行っても、ルークのような横暴な態度を取られると困る。警戒して必要な情報をもらえない可能性がある。一度疑われてしまえば二度と話をしてもらえない。


「セオはこの地域の領主であるノーライア家の子供だろ?ノーライアの名前を使って何とかできないか?」

「お父様が実際にこの場にいるならそれもありだけど、僕はまだ10才だからお遊びだと思われて相手にされないよ」

「なら君と僕とヒューゴ殿の3人で聞き込みをするか?」

「レオ一人にはできないから僕と君のチームとヒューゴ単独という2手にしかならない以上、非効率にもほどがある」


 レオは仮にも王子という出自。一人で村を歩かせたならどんな危険があるかわからないし、もしなのもなかったとしても僕が様々な方面からお𠮟りを受ける有ろう。だからといって聞き込みを行うためにルークを護衛につけることはできないし。


「ならばどうしようか・・・」


 僕とレオは考える。プランツ騎士団がもっと人民に愛されるような人たちであったら聞き込みもありえた。もちろんそういうタイプの騎士もプランツ騎士団の中にはいるのだろうが、団長があれでは・・・。

 僕はしばらく考えて一つのアイデアを口にする。


「なら、聞き込み以外の方法を取るしかない」

「聞き込み以外の方法?」


 僕は至って真剣な顔でレオの顔を見る。レオは首をかしげている。


「そう。明日晴れたら村で一番目立つところでレオが演説する。自分の名前を言って、何を知りたいか、そして情報を教えてもらえないかと」

「いや、そんな方法で村人が話すとは思えないが・・・」

「だからどんな情報にも報酬を出す。お金はかかるが情報の量を得るにはこの方法が一番」


 レオは僕の言葉を聞いて首をひねる。


「どんな情報でも報酬を出すなら、嘘の情報も言うのではないか?」

「そういう人も当然いるだろうけどそれでもいい。大事なのは嘘かもしれない情報でも必ず報酬を払い、無事に家に帰す。これを分かってもらえば情報の精度に関わらず様々な情報が集まる」

「しかしそれでは金がかかりすぎないか?」


 僕はその通りだとうなずく。


「一番いい方法は情報収集に向いている人員を選別し、信頼関係を築きながら聞き込みを行うのが質の良い情報を得る方法だけど、それでは時間がかかりすぎる。それに騎士団から選別しても、ルークがあんな調子なら横やりが入りかねない」

「騎士団長の俺を差し置いてってやつか。たしかに奴ならありそうだ」


 レオがそう言った後頷いて再び口を開く。


「わかった。今日は雨だからできないが明日晴れたらセオの案を試してみよう」


 僕は自分の案が採用されてホッとした。もしかしたらレオにそんな案は現実的ではないと一蹴されるかもしれないと思っていた。事実、これは確実な方法ではないし出費と同等の成果を得られるかは保証しかねる。現状では一番有効な手段だと僕は思うが、レオがどう感じるかはわからなかった。


「じゃあ、今日中に村長にお願いしてくる。レオはここで待ってて」

「いや、僕も行こう。せっかくだから村を見てみたい」

「でも、雨が降ってるよ?」

「それがどうした?」


 そう言ってレオは無邪気な笑顔を浮かべた。

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