第23話 演説

「私の名前はレオ・オルベルム。オルベルム王家に連なるものである!」


 すっかり晴れた空の下でレオは開口一番にそう叫んだ。僕たちは村の中心にある広場に来ていた。昨日のうちに村長に事情を説明し、村で一番目立つところはないかと相談をした結果、村長はそういうことならと村の中央にある広場でやるのがいいでしょうと教えてくれた。さらに当日は演説用の足場を設置してくれるとのこと。僕たちは協力に感謝し礼を言った。

 そして村長の家を後にするとすぐさま宿に戻りスピーチの内容を考え始める。僕はもとよりレオもスピーチの経験はなく、文言を考えては消すという作業を何時間にも渡って行う。何度も何度も何度も。

 スピーチ原稿が出来上がったときにはすでに夜が更けていた。僕らは慌てて眠りにつき、本日のスピーチに備えた。

 そして朝目覚めて、簡単に身支度を整えて村長に確保してもらった広場に向かう。そこには村長と村人数名の姿がある。僕らは簡単に挨拶をした後、スピーチを行うためにレオに心の準備をしてもらう。

 その時間を使って僕は音声増幅魔術の調整を行う。これは声を大きくして広い範囲に声を届ける、スピーチで使われる一般的な術式だ。そしてもう一つの準備として、プランツ騎士団に演説用の足場の前に一列に並んでもらった。これはレオがただの10才の少年ではないとすぐに理解してもらうための演出だ。この演出が良い方向に働いてくれるかは賭けだが何もやらないよりは遥かに視覚的にわかりやすいものとなるだろう。

 そしてそれぞれに準備を完了するとレオは準備してもらった演説用の足場に登り声を発する。


「ルモート村の村民よ。しばし私の話を聞いてほしい。まずは村民の健やかなることと勤勉になること大変嬉しく思う」


 レオは自己紹介の後はねぎらいの言葉が続く。それを聞いた村民は足を止めてレオの話を聞く。騎士団がこんなにいれば、ただ事ではないことだけはすぐに伝わる。


「さて、私は今問題を抱えている。みなさんももしかしたら経験があるかもしれないほどのごくありふれた問題」


 レオは遠くを見つめ、胸に手を当てながら声色に悲しみの感情を込める。このへんの演技はとても上手だと思う。


「例えばだが、もし自分の子供が変えるのが遅くなったらどう思うだろうか。まだ遊んでいる?どこかで道草を食っている?最初はそう思うかもしれないが、しかしそれが一晩経っても帰ってこなければどう思うだろうか・・・」


 レオは村民に問いかける。


「1人の少女がいなくなった。その少女は10才のか弱い少女だ。とても一人で遠出ができるような少女ではない。そんな少女が少なくとも3日間も行方がわからない」


 王子は悲しそうに下を向く。だが言葉は途切れない。


「私は今、いても立ってもいられない程にその少女のことを心配している。もし事故にあっていたら、もし大きな怪我をしていたら、もし悪意ある大人に連れ去られていたら・・・。考えれば考えるほど不安になってくる」


 拳を握ったり首を横に降ったりと、身振り手振りで感情を交えつつ言葉を続ける。


「だから、私は今日ここにいる。私はたった一人の少女のためにここにいる。そんな私をあなた方は笑うかもしれない。この国の王子ともあろう人ががいったい何をしているのかと」


 そして話を聞いている村民一人一人を見回しながら、真剣な表情で声を発する。


「だが笑われても良い!笑われてもたった一人の少女が無事だったならそれでいい!私は一人の少女を救いたい!無事に家に送り届けて安心した親の顔を見たい!だから切にお願いする!知っていることを教えてほしい!どんな些細なことでもかまわない!知っていたら私に教えてほしい!私を助けてほしい!レオ・オルベルムの名に掛けて、必ず礼はする!私のことを助けてくれないだろうか!?」


 話を聞いていた村民はひとり残らず驚愕の顔を浮かべている。子供とはいえ王家のものが辺境の小さな村の村民に頼み事をしている。そんな光景は初めて見る光景なのだろう。

 レオは話が終わると話を聞いてくれてありがとうと告げて台を降りる。そして代わりにヒューゴが台に登り、情報提供をしてくれる人は宿に来てほしいや必ずお礼はする探している少女の姿やおそらく馬車でこの村を通過したといった内容の説明を丁寧にしている。


「どうだった?」


 演説を終えたばかりで汗をかいているレオが僕に向かってそう質問してきた。


「演説をしている姿は立派だったよ」

「姿は・・・か。実際どうだ?これで少しは情報が集まりそうか?」

「それはわからない。スピーチの内容は僕もいっしょに考えたからあまり冷静な評価ができない」


 自分で作った時は最高だと思っていても読み返すと最悪だったことはよくある話だ。特に今回は一晩でかきあげた逸品。仕上がりがどうなっているか全く予想もつかない。

 その考える僕を見たレオは少し微笑んだ。


「ふっ。セオならそう言うと思った」


 レオがその言葉を言い終わると同時にヒューゴの説明が終了する。そして今回のスピーチは終わった。村にはざわざわとした雰囲気があふれる。


「これで噂になってくれれば、村民はひとり残らず今回の内容を知ることとなります」


 台から降りてきたヒューゴがそう言った。


「後は結果を待つばかり・・・だな」


 レオは頷いてそういった。

 僕らは準備してくれた村長達にお礼を言って自分たちの宿に戻った。その途中にレオがルークにプランツ騎士団は与えられた宿で待機するようにと指示を出した。ルークは頷いて傍らに控えていた部下にそのまま伝えてレオの後を付いてくる。

 そして、宿屋に戻ると一回のスペースを貸してもらい、情報を集める拠点を作った。拠点と言っても机と椅子、紙とペンを揃えただけの場所だったがこれだけ揃えば今は十分だった。

 僕らは緊張しながら今か今かと来客を待ちわびていた。

 1時間・・・2時間・・・。いくら待っても誰一人として現れない。


「誰も来ませんね・・・」


 ヒューゴがそう呟いた。その言葉に僕もレオも心のなかで同意し何も言えないでいる。ルークも先程まではこの場にいたが、飽きて部屋に戻ってしまった。


「やはり演説の内容が悪かったのかな?今考えると言いたい事が絞れていないというか・・・」


 僕がポツリと呟いた。


「まぁ言ってしまったことだ。今考えてもしょうがない。それにまだ結果は出ていない」


 たしかにまだ結果は出ていない。もしかしたらまだ村民同士で話し合っている途中なのかもしれない。本当に自分の知っていることと伝えて良いのだろうか。もし間違った情報と決めつけられ、何かしらの罰に処される可能性は無いのだろうかと。


「こんなに来ないとは思わなかった。偽情報でも何件かはすぐに来るものだと思ったけど」

「そうだな。そういう人間がいないとこの作戦は成立しない」

「完全に出鼻を挫かれてしまった。やはり素直に聞き込みをすべきだったかな?」

「とはいえ、スピーチをしたことで僕が探しているものは村民の殆どが知ることとなった。それをわざわざ説明する手間はなくなったと考えよう」

「そうだね。本当に今日誰も来なかったら僕とヒューゴで聞き込みを行うよ」

「そうか。それがいいな。僕もそっちをやりたいが・・・」

「情報収集の窓口をプランツ騎士団にやらせるわけにはいかない。レオはここで村民の情報提供を待っていてほしい」

「それが妥当だろうな」


 レオは渋々だが僕の案を承知した。

 結局、この日にメグの情報を持ってくる人間はいなかった。一人ぐらいいるかと思ったがそれは見込みが甘かったと言わざる負えない。この日は僕は落ち込んだ気分のまま眠りについた。

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