第17話 好転?悪化? -3日目-

 3日目の天気は晴れ。カラッとした日差しと穏やかな風、安定した気温のため絶好の洗濯日和となった。私たちは2日連続の雨にならなかったことにホッと胸をなでおろし、建物の窓を次々と開けていく。


「今日はいい天気ね」


 レクシーが嬉しそうに呟いた独り言が耳に入り、私も嬉しくなる。

 私たちは病人に食事を食べさせると昨日できなかった山積みの洗濯物に着手した。特にタオルは煮沸の工程を挟むため普段より時間がかかるが、作業に慣れてきたからか思ったよりスムーズに作業を終えることが出来た。

 そして昼になると食事が届くのでそれを患者に行き渡らせ、自分では食べれない人に食べさせる。前日より元気な人間の数が増えたので食事も1日目や2日目より遥かに楽になっている。

 病人の食事が終わった後に私を含めた看病人6名は食事を採る。今までは忙しかったので6人同時の食事はなかなか取れなかったが、今日の作業は想像以上に順調なので、初めて6人同時で行える。それは嬉しいことだがしかし楽しい食事にはならなかった。


「昨日、夜のうちに2人が亡くなりました」


 クレアが重々しく口を開いた。昨日の夜番だったドナとクレアは昨日の報告を私達にした。


「今日の朝、一人看取ったわ」


 次に口を開いたのはアリソン。アリソンは険しい顔を浮かべている。


「今日でもう3人。昨日は気温が低かったから、それで体を壊した人がいたかもね」


 私がそう言うとモリーが俯いた。


「そんな・・・昨日もっとちゃんと見ていれば・・・」

「・・・・・・・」


 モリーの呟きに他の5人が沈黙する。モリーの言った内容は私達の本心だ。もって良い方法がなかったか、ケアが足りなかったのではないか。そう思わない時間はない。だがそれでも看病をストップさせるわけにはいかない。


「皆さん」


 気分が落ち込む5人に向かって私が今後の話をする。


「村長にお願いして療養所をもう一つ作りたいと考えています。現状、体調が優れない人も治りかけの人も同じ建物内にいます。これを治りかけの人を一時的に別の場所に移したいです」

「どうして?」


 レクシーが首を傾げて質問してくる。私は頷いて返答した。


「一つの建物にいると、病気が体調優れない人から治りかけの人に移り、再発する恐れがあります。それを防ぐためにもう一つの療養所を作り、治りかけの人のみをそこに移します」


 ドナが口を開く。


「嬢ちゃんがそのほうがいいというならそうなんだろ?でも人手はどうするんだい?二手に分かれるのかい?」

「はい。仮に今の建物をA棟、治りかけの人を収容する場所をB棟とすると、最初はB棟に私達の中から1人と昨日この建物に入ったミアさんの2人に担当してもらおうと思います。B棟にいく人が増えてきたら、改めて増員したいと思ってます」

「なるほど。メグちゃんもいろいろ考えてるのね」


 アリソンが頷きながらそう言った。


「”ちゃん”!?メグ様は貴族ですよ!」


 クレアが驚いて声を上げる。


「昨日、仲良くお話したじゃない?それであなたが夜番に行ったあとそういう呼び方してもいいって話になったの。ドナとクレアもいなかったわね」


 クレアが驚いて口が塞がらなくなっている。そのクレアに私が事情を話す。


「昨日の夜、色々話しているうちにそう呼んでくれるようにお願いしたの。そのほうが堅苦しくないしね。だからクレアも私に敬語はいらないわ」


 私の言葉にクレアが驚いて口を手で塞いでいる。確かに通常は貴族にそんな口調をしたら不敬だと罰を受けることもある。それを知っているクレアは簡単には納得できないようだ。アリソン達がすぐに順応できたのは今まで権力者を見たことがないからだろう。私は根っこの部分で貴族じゃないので気にならないが、生まれた時からの貴族なら嫌に思うかもしれない。

 私の言葉を聞いてドナが口を開く。


「だったら、お嬢ちゃんも私に敬語はいらない。私だけ敬語使われるのも変な気分だ」

「ドナは迫力あって怖いからね」

「アリソン。あんたはちょっとは村の年長に敬意を払いな!」


 アリソンの茶化したような言葉にドナが強い口調を浴びせる。だが、表情は穏やかなので冗談のうちなのだろう。


「わかった。じゃあ看病中だけでも敬語や敬称はなしということで・・・。クレアもそれでいい?」


 クレアは自分の手で口を塞ぎながら複数回うなずいた。私はそれを確認して話を続ける。


「それで話の続きなんだけど、B棟にはクレアに言ってもらおうかと思ってる。クレアなら村長に無理を言いやすいから足りないものをすぐに揃えられると思って。みんなそれでいいかしら?」

「つまりB棟に言った人は、療養環境も含めて考えるってことだね?」


 ドナの要約に私はうなずいた。


「なるほど。私は賛成よ」「私も」「同じく」


 ドナも頷いたことでドナ、アリソン、レクシー、モリーの同意を得られた。


「クレアもそれでいいかしら?」


 クレアは何度も頷いている。今日は現状のままで行動することになるが、村長から一棟借りれるようになった場合の配置は、A棟を私、ドナ、アリソン、レクシー、モリーでB棟にクレアとミアということになる。B棟の運用や管理も含めて、クレアに頼んでおけば大丈夫だろう。よかった。これで心配事が一つ減った。

 そう胸をなでおろしていると遠くから声が聞こえた。


「メグ様!メグ様!」


 私が声の聞こえた方向を見るとジャスパーが大声で私のことを呼んでいる。


「お、きたきた。騎士様が呼んでるよー」

「貴族の娘と貴族・・・王道よね」


 わざと私に聞こえるこそこそ話をしているアリソンとモリーを無視して、ジャスパーのもとに向かう。


「少しご報告したい事が」

「どうかしたの?」

「それが多くの村人が病気で倒れているので収穫や狩りが十分に行えず食料が少なくなっています。また内職も十分に出来ていないので村の収入が・・・」


 ジャスパーが持ってきのはとても悪い知らせだった。下手をすれば村の存続にも関わる。


「それは問題ね。あと食料はどれくらいは持ちそう?」

「今ある分だけで言えば2日ほど。収穫によってはもうちょっと伸びますが、何分狩りが芳しくない分・・・」

「狩りで食べていた分をすべて農産物のみの食事で賄うことになる」


 そうすると貯蔵分の消化スピードが大いに加速する。結果、食べ物がなくなり、食料が無くなれば村人は活力が出ないので狩りや内職の効率が落ちる。効率が落ちるとさらに貯蓄が少なくなるって更にひもじくなるという悪循環も考えられる。そうなれば、村人の病気だけ治してもしようがない。


「あと1つお知らせが」

「悪い知らせ?」

「悪いといえば悪いですかね」

「何?」

「この村に来る時、川を渡ったのを覚えていますか?」

「ええ」

「あそこが氾濫しました。水くみはあの川の水を汲みに行っていたので、今日の午後以降洗濯用水が少なくなります。」

「そういえば川の氾濫についてはローワンおじいちゃんが言っていたわね。まさか一日で氾濫するとは・・・」

「あとは氾濫によって川が渡れなくなりました。ですので少なくとも今日一日はこの村から出ることが出来ません」

「なるほど。要するに食料に対する対策も今後の資金についての対策も今は何も出来ないということね」


 ジャスパーは頷いた。


「なら早めに手を打たないとね。教えてくれて助かったわ」

「どうするおつもりで?」

「少ないけど宝石をいくつかと、私のドレスも売れそうね」

「あまりいい方法とは思いませんが・・・」

「背に腹は代えられない」

「いくらなんでも無償で与えすぎでは?一方的な関係は悪い禍根を残すこともあります。この村を支配したいわけではないでしょう?」

「もちろんそのつもりはないわよ。それに無償ではないわ。宝石を売って作ったお金を村長に貸すの。無利子だけどね」


 それを聞いたジャスパーが頭を抱える。そしてしばらく考えたあと口を開いた。


「普通はありえない話ですが・・・セーフかアウトで言ったらアウトですけど・・・この際やはり背に腹は代えられないということで」

「よかった。納得してくれて。じゃあ明日までに村長にこの話を納得させておいてね?」

「え?私がこの話をするんですか?」

「私はできるだけこの村に人と会いたくないのよ。お金ができても病人が増えたら元も子もないでしょう?」

「それは・・・そうですが・・・」

「じゃあよろしく。できるだけこっそり進めてね」


 そう言って私は踵を返す。お互い口を布で覆っているとはいえ長時間話し込むのは危険だ。私の考えを理解し、村で調整をしてくれる貴重な人手に倒れられたら困る。


「ちょ・・・本気ですか・・・・」


 背を向けた状態でも項垂れてるのがわかる。


「あ、もう一つお伝えすべきことが。昨日お嬢様が言っていた治りかけの村人を収容する家についてですが、一棟を開けてもらいました。昼までで片付けも終わらせているのですぐにでも入れます」


 私はその言葉に驚いて振り向いた。


「ほんと!?」

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