第18話 別棟 -3日目-

 病人が収容されている建物のすぐ近くに男が一人で住んでいた家がある。村長はその男に頼んで別のところへ移動してもらい、その家を私達が使えるよう手配してくれた。

 私とクレアはその家の扉を開いて中を見る。中には家具らしきものは無くガランとした広い空間だった。


「この家なら大丈夫でしょう」


 私が頷きながらそう呟くと後ろからついて来ていたクレアが口を開く。


「掃除はしてくれているようですね。あとは拭き掃除をすれば完璧です」

「結局クレアは敬語なの?」

「そのほうが落ち着くんです」

「まぁ貴女がそれでいいなら良いけど」


 クレアは村長の娘なので、幼い頃からかしこまった口調を教育されてきたのだろう。それを1日、2日で変えろというのは無理があるのかもしれない。


「それでメグ。ここで私達は何をすれば良いんですか?」


 何とか呼び捨て無しには対応できたクレアが質問してくる。


「作業は換気、洗濯、掃除。でもここに来る人は皆元気だから自分の事は自分たちでやらせたらいいわ」

「基本的な部分はいつもと同じってことですね」

「そうね。ただ、健康チェックと人数管理は重点的にやってほしい」

「それはつまり?」

「このB棟に来た当初は健康でも、またすぐに体調を崩すかもしれない。そういうときはA棟に送り返してほしいの。それとここに後何人収容できるかの連絡が頻繁にほしい。あとは帰宅者・・・とりあえずそうね、ここに入ってきて2日間程体調が良い人がいれば村に返しましょう」

「なるほど。入ってきた人数とここに来てから何日この家にいるか、村に返した人数を把握して連絡すれば良いんですね」

「そう。B棟の人数によってA棟から送り出す人数に上限をかける。そして大丈夫そうな人は順次返さないとすぐにいっぱいになるかもしれない」


 クレアは私の説明に複数回頷いてなるほどなるほどと言っている。


「わかりました。ミア。こっちに来てください」


 そしてクレアはミアの名前を呼んだ。


「は、はい!」

「ひとまず、ここに人が入ってくるまでに作業内容を教えてきます」

「はい!」


 ミアはクレアの言葉に大きく頷いた。


「メグ。ここに人を移動させるのはいつからと考えていますか?」

「今日の夕方から体調の良さそうな人を何人か移動させようと思ってる」


 クレアはなるほどと頷いて、少し無言で考え事をする。


「わかりました。あと3時間ほどはありますね。それならなんとかなるでしょう」

「うん。じゃあお願いね」

「はい」


 クレアの真剣な表情を見て私は、ここはクレアに任せておけば大丈夫だという確信を持った。連絡は密にするが基本的な部分はクレアが自分で考えて工夫していくだろう。そう思ってB棟を後にする。

 そしてA棟に歩いていく途中に、A棟から一人の男性が運び出されている。体はぐったりとして腕は垂れ下がっている。また一人亡くなったんだ。これで今日だけで4人。今までで亡くなった人が一番多い日になってしまった。昨日の雨による気温の変化が原因だろう。人は死ぬし、川は氾濫するし、雨1つでここまで影響が出るとは思っていなかった。

 私はA棟に戻ると皆と同じように病人の体を拭いたり頭の上に乗せた布を取り替えたりしながら回った。幸いなことに病状が悪化したのは一部の人だけで、全体的に快方に向かっている。

 私は自分の作業が一段落すると、建物内をぐるっと見回し、ドナ達の様子見る。ドナ達はそれぞれ自分の作業を終わらせて病人と話をしたり、元気づけたりしている。通常作業を終わらせるのは私が一番遅かったようだ。

 私はドナ達に緊急の用事がなさそうであることを確認すると、建物の前に集まるように呼びつけた。


「昼に話した件だけど、B棟の方を今見てきた」

「元気そうな人を移動させるという話ね」


 アリソンが確認を含めてそう聞いてきた。私は頷いて肯定する。


「今、クレアとミアに準備してもらってる。村の人で掃除はしてくれていたからもうちょっとしたら使えるようになりそう」

「と、いうことは今日中に何人かは移動させておくかい?」


ドナの言葉に私は再び頷いた。


「できればそうしたいわ。それで皆には元気そうな人を何人かピックアップしてほしい」


 私の言葉を聞いたレクシーが質問してくる。


「何人くらい移動させる予定?」

「10人くらいは大丈夫だと思う」

「元気そうな人の基準は?」

「病気になる前の状態に戻っている人が望ましい」

「わかった」


 4人は無言で考え始める。その様子見て私が口を開く。


「移動できるようになるのも数時間後だから、今すぐ名前を挙げる必要はないわ。作業しながら考えましょう」


 私がそう言い終わった直後、村の方から大声が聞こえる。


「ドナ!」


 声の方を見ると村人数名が一人の男を抱えている。抱えられている男は息は切れ切れで支えられてやっと立てている状態だ。


「いきなり倒れたんだ!すまねぇがこいつの面倒も見てくれ!」


 村人の懇願にドナやアリシア、レクシーが男のもとに駆け寄り男を引き受けた。そして建物の中に連れて行く。私も村人たちに近づいて話しかける。


「他に体調を崩した人はいませんか?もし体調が悪い人がいたらここにつれてきてください」

「へ?・・・どうだろうか・・・」


 男は目をそらしながらしどろもどろに返事をする。なんだこの反応は?

 疑問に思っている後ろから声がする。


「あなた達!メグちゃんは他に体調が悪い人がいないか聞いてるの!?すぐに答えて!」


 モリーがすごい剣幕で大声を発する。男たちは驚いている。


「モ、モリー・・・。そういうことならもう一人・・・」

「ならすぐにここに連れて来て!」


 男たちは慌てて村の方に走り出す。それを見てモリーはふんと鼻を鳴らした。


「ありがとうモリー」

「ごめんね。メグちゃん。村長や私達以外はまだメグちゃんに慣れてないんだよ」

「なるほど。さっき反応はそういうことか」


 確かに突然見ず知らずの10才の少女から指示を受けたら大人としては混乱するかもしれない。そういう意味では彼らの反応は必然ともいえる。この場にモリーがいてくれて助かった。

 モリーもここ2日で少し変わった気がする。初対面の頃は引っ込み思案のように見えたが、まごついている村人の尻を叩くとは思わなかった。これが本来のモリーなのかもしれない。


「さて、もうひとり来るなら誰かに運んでもらわなくちゃ。誰か人を呼んでくるわね。モリーはここにいて」

「うん。わかった」


 私は建物に戻り、病人の中でも元気そうな人を何人かに手伝ってもらおうと思って声をかけた。


「おう!なんでも言ってくれ!」


 体調が治りかけの男性が一人立候補してくれた。


「ありがとう」


 私はその村人にお礼を言ってモリーの元へ向かうように指示した。


「俺も手伝うぞー」


 まだ咳き込んでいる男性も立候補してきた。


「あなたは寝てて」

「「「あはははは!」」」


 建物内は数日前とは打って変わって明るい雰囲気になっている。これもみんなが順調に元気になっている証だと思うと私も嬉しくなる。私は何人かを連れて、外にいるモリーの元へ移動する。そして男たちの協力を得ながら病人を建物内に収容した。

 夕方になるとミアがA棟に来て、受け入れ準備が整ったという報告をしてくれた。その報告を受けた私達は予めピックアップしていたB棟に移しても問題ないだろうという病人をミアに連れて行ってもらう。


「これでようやっと少しは落ち着いてきたってことかい?」


病人を移動させている時、ドナが後ろから私に近づいてきてそう言った。


「これで何人か完治状態になれば、すこしは村の雰囲気も明るくなるわね」


 私はドナの方向を一瞥することなく返事をする。


「ああ。明るく見せていても身近な人が亡くなって悲しくないわけない」

「特にこの建物にいる病人は、自分と同じ病で死ぬ人を見ているから一層かもね」


 病人のみんなは今まで不安と恐怖でいっぱいだっただろう。私はその気持に寄り添えただろうか。すこしでもこの村の役に立てただろうか。


「私はさ・・・」


 ドナが口を開く。


「今までこれが正しいんだと信じて行動したことが何度かある。そうじゃないと超えられない苦しみや悲しみはたくさんあった。だけど後から考えると全て正しかったかと言われれば自信はない」

「ドナ・・・」

「でもこの世には、正しいことも間違っていることもない。大事なことは自分の正しさを信じること。嬢ちゃんは自分を疑いすぎだよ」

「・・・・疑いすぎ?」

「まぁ自分を疑うことも時として必要だけどほどほどにやんなってこと」


 ドナは私が悩んでいることを見抜いていた。だから、元気づけようと私に声をかけてきたようだ。


「ありがとう」

「いいさ。今の私はこういう言葉を偉そうに言うのがマイブームなんだよ」

「ふふ。今の言葉はしばらくは忘れられないわ」

「しばらくかい?」

「ええ。忘れそうになったら、またこの村に来てあなたに会いに来るわ」

「そうかい。それは嬉しいね」


 そう言ってドナは立ち去った。

 本日のルーチンワークを終わらせて3日目が終了する。3日目は死亡者4名、新規に運び込まれた人数が2名、A棟からB棟に移動した人間が8名となった。

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