第16話 沈ム気持チ -2日目-

 本日の死亡者は3人。そして新規感染者として運び込まれたのは5名。現在の病人数は33人。私が最初見たときより1名増えた計算になる。それが看病開始時から2日目までの結果だ。


「・・・・・・・」


 2日間の死亡者は4名。この数が多いのか少ないのかは私にはわからないが、私たち全員にとっては気を重くするには十分な数だった。それにこの村に住むクレア、ドナ、アリソン、レクシー、モリ―は知人を目の前で失ったため気を落としているだろう。だからと言って休ませるわけにはいかない。病状は刻一刻と変化するため油断はできないし、人員を入れ替える事も感染拡大の可能性を広げるだけだ。現状ではこの5人で乗り切るしかない。


「雨・・・・・」


 今日の作業を終了して建物の外に出る。外は依然として雨が降っていた。


「これじゃあ洗濯物が乾かない」


 私は忌々しく空を見上げた。暗く重たい雲が浮かんでいる。洗濯物も乾かなければ、病人の体も冷える。なんで雨なの?わざわざ今降らなくったってよかったじゃない。

 心のなかで悪態をついているうと後方から声を掛けられる。


「メグ様」


 振り向くとドナが立っている。


「さっきはありがとう。あの親子を合わせてくれて」

「いいえ。ミアさんは大丈夫ですか?」

「大丈夫さ。じゃないとこんな山奥の村じゃあやっていけない」

「そうですか」


 村には医者がいないので、何もできずに近親者を死なせてしまうなんてよくある事なのかもしれない。前世の世界でも伝染病で滅んだ村があるというのは聞いたことがある。きっとこの村みたいなところだったんだろう。


「きついね」


 ドナがポツリとそう呟いた。


「ですね」


 遺体の対処、洗濯や掃除、着替えの問題、治ったもの処遇、リスクを冒して薬を買いに行かせるべきか、大枚はたいて医者を連れてくるべきか、それが可能かどうかエトセトラ。

 色々考える事あるけど、いくら考えても考えがまとまらない。耳にこびりつく咳の音と雨の音に苛立ちを覚える。もっといい方法はないか、もっと死亡者を減らせないかを考えても、どうすればいいかわからない。目の前の病人は私を頼ってくれてる。でも私はそのことに応えられていない。今日だって3人死んだ。私が無知で不甲斐ないばかりに・・・。

 私は思わず唇をかんだ。口の中に鉄の味が広がる。心が重く沈んでいくのがわかる。前世の世界でいつも感じていたような自分が無価値であるかのような感覚。体が重くなり何もかもがどうでもよくなるような感覚。どうしようもなくイライラする。


「ところでメグ様知ってるかい?最近、村人の何人かがレクシーに言い寄ってるって」

「いや知らない。なにそれ?」

「病人の看病をしているレクシーが天使に見えるとかなんとか。レクシーはこの前旦那を亡くしたばっかだっていうのに馬鹿だね」

「そうね」

「私もあと10才ぐらい若ければ・・・。私によって来るのはじじいばっかだよ」

「ドナは面倒見がいいから好かれるんじゃない?」

「どうかねぇ」


 そう言ってドナは背伸びをした。


「さぁて。今日も終わりだ。みんな体調も良くなってる。確実に良い方の進んでるよ。これもメグ様おかげさ」

「でも助からなかった人もいるわ。もっと何かをしてあげられたら・・・・」

「こればっかりはなるようにしかならないからね。大事なのは終わったときに自分を褒められるかどうかさ」

「今のままでは褒められそうにないわ」

「それは結果しか見てないからさ。結果より遥かに重要な過程というのもはある」

「結果より大事な過程?」

「欲張らず懸命に生き、今の自分を愛すること。これがこの村で生きる秘訣さ」

「よくわからないわ」

「ただのババアの戯言さ。さて、今日の夜の夜番は私とクレアでするよ」


 ドナは笑みを浮かべてそう言った。私はお言葉に甘えさせてもらおうと思いながら頷いた。


「あ、そうだ」


 私は気がかりなことが一つあったのでドナに聞いてみる。


「モリーはどう?今日は話す時間がなくて・・・」

「モリーなら大丈夫。お嬢様は私達のことを舐め過ぎだね。村の女ってのは強いんだよ」


 ドナが胸を張ってそう言い切った。その姿を見て私は笑いが出た。


「ふふ。そうね」


 私が笑うとドナは嬉しそうな表情を浮かべる。


「やっと笑ったね。ドナ様には笑顔が似合うよ」


 ドナは私のことを心配してくれていたらしい。


「ありがとう」


 私はお礼を言うとドナが踵を返して建物内に戻っていく。私はそれを見送ると寝床に向かう。

 寝床として村長が私達に用意してくれたのは村の外れにある家。私ができるだけ村の外れが良いと村長に要望した結果、ここの住人が快くこの家を提供してくれた。こういうところでも村人には協力してもらっている。

 私がその家の扉を開けると中にはモリーとアリソンがいた。


「メグ様!」


 モリーが驚いて声を上げる。


「メグ様。お疲れ様」


 髪を解かしたアリソンは微笑みながら優しそうな声で私にそう言った。


「2人ともお疲れ様」


 私はこの2人のことを心配していた。2人は看病を行っている途中に親しい人が亡くなっている。その事を引きずり、気を落としているのかと思っていたが、現在の2人からは落ち込んでいる様子はない。

 私は家に設えてあるソファーに腰掛ける。


「ふぅー。疲れた」


 私がため息交じりにそう言うと、アリソンが口を開く。


「お疲れ様。お湯を沸かしたけど飲む?」

「ありがとう。いただくわ」


 コップを受け取ると中のお湯に口をつけた。


「あちっ」


 お湯は思った以上に熱かった。思わず叫んでしまった私を見てアリソンとモリーは笑っている。


「なにしてるのよ。もー」


 私はなんだか無性に恥ずかしくなる。


「でも、メグ様にも子供っぽいところあるんだね。初めて見た時はキリッとしてて年齢を感じさせないほど大人びたように見えたけど」


 モリーが感心するようにそう言うと私は昨日の事を思い出す。5人を集めて初めて有ったときのことを思い出すと、自分がすごく偉そうな態度で説明していた。そのことが私をさらに恥ずかしくさせる。


「ご、ごめんなさい。昨日は・・・緊張していたし・・・必死だったの・・・」


 わたしがしどろもどろに言い訳をしていると、アリソンが驚いたように口を開く


「緊張していたの?すごく堂々としてた。貴族ってこういうこと慣れてるんだろうなと思ったけど」

「私はそもそも初対面の人とはあんまり・・・」

「そうなの?それにしては・・・」

「いや、もうそこには触れないで・・・恥ずかしい・・・」


 私は昨日の振る舞いを思い出しながらお湯を啜る。


「そう?じゃあ話題を変えるね?メグ様に婚約者っているの?」

「ぶっ!」


 話題変換の内容が予想外すぎたので思わず吹き出してしまった。


「いきなり何?」

「いきなりもの何も、貴族に会ったら聞いてみたいことナンバーワンじゃない。実際は会っても聞けないけど」


 真剣な顔で言うアリソンにモリーが一言付け加える。


「聞いたら捕まりそうだしね」


 確かに貴族というのは一般的に話しやすいイメージではない。


「まーいるには・・・いるけど・・・」


 私が恥ずかしがりながら答えると、アリソンは目を輝かせる。


「えー!どんな人!メグ様がここにいるって言うことはノーライアの息子?」

「違います。いや婚約者と言っても私が一方的に言ってるだけで・・・」

「そんなに素敵な人がいたのね」

「いや・・・素敵な人っていうか・・・」


 モリーも頷きながら口を開く。


「地位?財力?そういうのもいいよね」

「いや・・・あの・・・」


 地位や財力については全く否定できない。そもそも援助を受けるための政治的な思惑がある婚約。


「いや、本当に私が勝手に言ってるだけの婚約だから・・・」

「相手は誰?誰?」


 アリソンが満面の笑顔で質問してくる。


「お名前を口にすると、お相手のご迷惑に・・・」

「名前を口にすると迷惑になるような相手・・・つまりかなり上の方の方ってこと?」

「まぁ政略結婚は基本的に上の人と行うのが一般的と言うか・・・」

「政略結婚なの?ラブロマンスは!?禁じられた恋とかは!?」


 モリーが身を乗り出して質問してくる。


「いや私はまだ子供だからその辺りは・・・・」


 私が返答に窮していると、家の扉がガチャっと勢い良く開いた。


「夕食をもらってきたわよーって何してるの?」


 入ってきたのはレクシーとクレアだ。


「あ、レクシーとクレア。楽しいお話を聞いていただけよ」

「それにしてはメグ様が困ってるように見えるけど?」

「だって聞きたいじゃない!貴族の恋愛事情」

「なるほど」


 レクシーと納得すると夕食をテーブルの上に置く。クレアもいつの間にか私の隣に腰掛けていた。そして2人がソファーに座るとレクシーが口を開く。


「さて、メグ様。私達に気にせず続きをどうぞ」


 結局、その後数時間に渡り質問責めにあった。恋愛事情だけじゃなく、家のこと、使用人のこと、領地のことなど様々なことを質問し、私はこの村での暮らしを質問した。そうして夜が更けていく。

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