第13話 一日目の夜中 -1日目-

 時刻はおそらく午前2時位を回った辺りだと思う。私は患者のいる建物沿いにあるベンチの隣に座ってぼーっとしている。常に建物内にいるのは危険なので、基本的には外で待機して、定期的に中に入って見回る時間を作った。そうすることで、建物内の滞在時間を減らそうと思った。

 このやり方が大丈夫なら、他の5人にも伝えて同じ方法をで夜番をして貰おう。

 眠い目をこすりながらそんな事を考えている時、遠くから人影が近づいてくる。私は慌てて立ち上がり、近づいてくる人物の様子を伺った。


「メグ様」


 近づいてくる人影はレクシーだった。


「なんだ。レクシーか」


 私はほっとした。


「私でごめんなさいね」

「いえ、知っている顔でホッとしただけよ」


 レクシーの憎まれ口に、私は苦笑いを浮かべた。


「どうかしたの?」


 私がレクシーに問いかける。


「いえ、夜中に目が覚めたので散歩してた。それにもう眠れそうにないから、いっそのことメグ様とここの番を変わろうかと思って」

「そう・・・そうね。さっきは強がったけど、正直眠くて仕方ないわ」

「それはそうよ。貴女は10才の子供だもの」

「そうね」


 前世の記憶を思い出してから、自分の体が10才だと忘れることがある。口調だけは記憶の中のメグのように振る舞おうと努力しているが、意識は前世の年齢のままだ。


「ちょっとお話しましょう?」


 レクシーがそういってベンチの端に座る。そしてベンチの反対側をポンポンと叩いて"こっちに来て座って"というジェスチャーをした。私は頷いてレクシーの隣に座る。そして2人は空を見上げて夜空を眺める。


「ねぇ」


 レクシーが口を開いた。私はレクシーの方向を見る。


「貴女って何者?」


 レクシーは夜空を見上げながら私に質問する。


「何者かと言われても、私はマーティン家のメグ・マーティンとしか答えようがないわ」


 私の返答を聞いてレクシーは視線を夜空から私の顔に移す。


「貴女の考え方や行動はとても10才に思えない。貴族ってみんなそうなの?」

「10才そこらでも私より大人びている方はいるわ」


 レオ様は幼いながらも国のことを考えて行動しておられるし、セオ様はわがままな所もあるけど基本大人びている。


「10才の貴族の子なんてわがまま放題で回りを困らせる人ばかりだと思ったけど違ったのね」


 私は苦笑した。一昨日までの私がそうだったから。


「わがまま放題の貴族の子供もいるかもね」

「でも貴女は違う。貴族だから無下にはできないという事は抜きにしても、村長は貴女の説明に納得して動いている」

「村長が10才である私なんかの話を聞いてくれるような柔軟な人なだけよ。それに説得したといっても無理強いしていないわけではないかもしれない。私には護衛が付いているもの」


 村長は"貴族に逆らったら殺される"と思ったかもしれない。表面上は快諾してくれているように見えても、武器を持った私の護衛を恐れているかもしれない。


「そこよ。貴女が10才らしくないところは。子供がそんなふうに客観的に物事を判断しようとするかしら?大人だって出来てない人がいるのに」

「私はそうしながら生きてきた。それだけよ」


 私は遠くへ視線をやる。その私の横顔をみてレクシーは口を開く。


「ドナやモリーは貴女のことを信頼してるようだけど、私は正直・・・貴女のことを気持ち悪いと思うわ」

「本当に正直ね・・・」

「だって10才ならわがまま言うのが普通でしょう?大人に甘えるのが普通でしょう?それが許される環境にない子もいるだろうけど、家族に恵まれた子供が周りの大人に甘えるのが当然だと思う。なのに貴女は大人に甘えることはしていない」

「そうかしら。私自身はジャスパーやあなたたちに甘えてると思ってるけど」

「私にはそうは見えないわ」

「クレアやアリソンも私のことを気持ち悪いって思っているかしら?」

「クレアはわからないけど、アリソンは私と似たように感じているかも」

「そう・・・」


 私は改めてレクシーの顔を見る。目をじっと見つめて口を開く。


「私を信じられないのは当たり前のことだわ。だって、昨日この村を訪れたばかりだもの。だけど、この村の人を救いたいと思ったのは本当。だから数日でいいの。数日間、私の事を信じてくれないかしら?」


 私はレクシーにそう言った。もし疑念があっても、彼女たちが協力してくれなければこの村の人は誰も救えない。

 レクシーはため息を付いて口を開く。


「そういう言い方をして、村長を騙したの?」

「・・・・・」


 レクシーの鋭い視線に私は無言になる。


「村長はそれで騙せても、私はそれだけじゃ信用できない。さっきも聞いたでしょ?なんでこの村のためにここまでしてくれるのか?」

「うん」

「貴女はわからないと言った。でも、貴女がやっている行動は善意の範疇を超えているわ」

「・・・・・・・」


 善意の範疇を超えている。村に立ち寄っただけの私が命がけで村人を助けるなんて、村人たちにとっては気味が悪いに違いない。それが貴族であるならなおさらのことだ。もしかしたら後からとんでもない報酬を要求されるかもしれないし、恩を着せて貴族同士の政治に巻き込まれるようになるかもしれない。どんな思惑があるか底が知れないという意味で気持ちが悪いとレクシーは言ったのだろう。


「ごめんなさい・・・。こんな言い方をして」

「いえ・・・。反論の言葉が思いつかないわ」


 私は無意識に視線を地面に落とす。するとレクシーの声が聞こえる。


「貴女がこの村を訪れるちょっと前に夫が死んだわ」


 私は突然のレクシーの発言に驚いてレクシーの顔を見た。レクシーは空を見上げていた。


「そんなときに貴族である貴女が来て、村人は宴会を開いていた。私は正直迷惑だなって思った。早く出ていってほしいって」

「当然ね。ごめんなさい。配慮が足りなかったわ」

「知らなかったのに配慮もなにもないわ」

「うん」

「あなたが村人を助けると聞いて、貴族が私たち平民に施しを与えて自己満足に浸りたいだけなんじゃないかと疑った」

「・・・・・」

「あなたが手伝いを集める時、アリソンが私のところに来てこれに参加しないかと誘ってきた。アリソンも自分の弟が死んで悲しんでいるところだった」

「そうなんだ・・・」


 レクシーもアリソンも肉親を亡くしてたんだ・・・。


「彼女は私に言ったわ。私は何もしてあの子に何もしてあげられなかった。死にそうになった時そばに居てやれなかった。もし死ぬことがどうしようもないことだったなら、手を握ってお別れを言いたかった。それが悔しくてたまらない」


 レクシーは遠くの空を星の向こうまで望遠するような目で見つめている。


「もしあの貴族が本当にこの病と戦える方法を知っていたら、今度は私も一緒に戦える。何も出来ない惨めな自分じゃなくなる。でも私一人じゃ怖いって」

「怖い?」

「怖いという意味がどういう意味なのかはわからない。でもアリソンが救いを求めていたのは確かよ。そして私も救いを求めていた。悲しみというだけじゃない。何も出来なかった惨めな自分から抜け出すための救い」


 そしてレクシーが私の方を見た。


「あなたは私達に希望をくれた。でも私はまだあなたのことを信じきれないでいる。だからもっと信じさせてほしい。あなたのことを教えてほしい」


 まっすぐな目が私の姿を見つめている。その瞳に月明かりに照らされている私の姿が写っている。私はレクシーから目を逸して空を見上げた。そして呟くように口を開いた。


「この建物に横たわっている人を見た時、私はなんとかしなきゃと思った。でもなんでそう思ったのかわからなかったから考えてみた」

「なんでなのかわかった?」


 私は頷いた。


「きっと私・・・メグ・マーティンという人間は昔からこうしたかった。誰かを助けられるような人間になりたかった」


 自分の家族のこと、家のこと、領地のこと。メグはいつも守られて育った。どんなに厳しい状況でもお父様やお兄様は笑って大丈夫だと言ってくれた。でもそれは強がりなんだとなんとなく気づいていた。


「でも私はいままでその感情に気が付かなかったし、その方法が分からなかった。私は周りに八つ当たりをしていた」


 メグはそんなお父様達の助けになるような事ができなかった。だから、すこしでも役に立とうと王子との婚姻を快諾した。家族が少しでも楽になるように。でも、内心では"こんなの私じゃない"と感じてた。いろんな勉強をして、いろんな経験をして、好きな人と恋愛をして自由に生きて、自分の力で人の役に立ちたかった。でも幼くてなんの才能もない私ではそれは無理だと諦めていた。


「私はこの村人を救うことは心の底から正しいことだと思う。もし、この村を救うことができれば、私は何も出来ない幼い自分から脱却し、自分の力で切り開き、正しいことを行えるという自信を手にすることとが出来る。つまるところ私は自分のために動いている」


 自分のための動いていると言い切った私にレクシーが質問する。


「この村の事を利用しようと?」

「うん。でも私は心の底からこの村の事を救いたいし、そのために自分の知識と労力を全て使うつもり。だから、この数日だけでいいの。数日間私に協力してくれないかしら。そうしたら私は私の思う正しい事を行えて、この村にとっては全ては無理でも少しはこの村の人を助けられる」

「正しいことってそんなに必要かしら?」

「今の私には必要なの」

「・・・・・・・・」


 それを聞いたレクシーが立ち上がって数歩歩く。そして振り返ってこっちを見る。私もレクシーの顔を見るとレクシーは微笑んでいる。


「わかった。私はあなたを信じることにする。裏切ったら承知しないわよ」

「わかった」

「さて、今日は私が引き継ぐから、あなたはもう寝なさい」


 私は頷いて立ち上がる。


「ありがとう」


 ふと私の顔に水滴がぶつかった。空を見上げるといつの間にか月が隠れ、曇りになっていた。


「雨が降りそうね・・・」


 私はそう呟いて寝床に向かった。

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