第14話 恵みの雨 -2日目-

 私がこの村を訪れて3日目。

 この村の病人の看病を開始して2日目は雨が降り、肌寒く、じめじめしてる。私達は作業の一部の変更し、室温が低くならないよう換気時間を短くしてできるだけ室内の温度を下げない様にする。毛布も十分ではないため、村から布切れでもなんでもかき集め、患者の体を冷やさない様に務めた。食事に関してもできるだけ温かい状態で食べてもらえるように、ジャスパーに無理を言ってできるだけ小分けにして持ってきてもらった。いっぺんに持ってきてしまうと配っているうちに冷えてしまうと思ったからだ。

 患者の一人にローワンという老人がいた。ローワンは村長よりも年齢で、この村の事はほとんど知っていると豪語している老人だ。高齢でもあり、病状も思わしくないこの老人はもう起き上がる体力もないので、私が付きっきりで食事を食べさせている。そうしているとこの老人はいつも同じ言葉を口にする。


「こんなかわいいお嬢さんに介護してもらうなんて長生きはするもんじゃな」


 そう言ってローワンは笑う。もう起き上がる体力もない老人にしては言う事が元気だ。


「介護じゃなくてただの看病。元気になったらたたき出すからね」

「ははっ。手厳しい」


 ローワンとは昨日会ったばかり。だが、不思議と昔からの知り合いのように気楽に話すことができる。壁を感じさせない特別な魅力がこの老人にはある。


「儂みたいな老いぼれはさっさと死んだほうがいいんだろうがな」

「そんなこと言わないでよ。ローワンさんがいなくなったらみんなも悲しむと思うわ」

「嘘でもそう言ってくれるのは嬉しいな」

「嘘じゃないわ」


そういうとローワンは笑った。


「ありがとうよ。でも儂には過ぎた言葉じゃよ」

「どうして?」

「村の危機は何度だってあった。そのたびに儂は生き残り若い奴らが死んでいった。儂はただの死にぞこないじゃ」


 私はこの言葉を詰まらせてしまう。私には笑いながら自分の事を死に損ないと言う気持ちがわからない。この老人に何を言えばいいかわからない。


「いけない。年寄りの話は湿っぽくなっていけないな」


 ローワンはそう言って再び笑う。


「そうよ。若者がせっかく頑張ってるんだから、年寄は前向きに応援してくれないと」

「それもそうだな」


 看病を初めてからは、このローアンも含めて何人かの患者が快方に向かっている。もともと体の強い村人が、環境を整えたことで更に良くなっていく。それに伴い建物内の雰囲気もどんどんと明るくなっており、今日は看病者と患者が様々な話をしている様子が見て取れる。


「この村の人は明るくて元気ね」


 私はポツリと言葉を漏らした。それを聞いたローワンが口を開く。


「それだけがこの村の取り柄だからな」

「それだけじゃないでしょうけど・・・でも良いことね」

「こんな雨の日は特にな。山奥だと不便なこともあるが、大変な時だからこそ空元気でも明るく振る舞わなければと皆思っとる」

「雨だと不便なの?」

「ああ、お嬢ちゃんもこの村に来る時に川があっただろう?あの川は少しの雨ですぐに氾濫するんじゃ。だから雨の日は他の村に行けない。そんな雨が続くと・・・」

「食べ物がなくなってしまいそうね」

「そうじゃ。雨で野菜がやられたりするし狩りにも行けない。とはいえそういうときに備えて、備蓄は多めに保存じている」

「だったら、安心ね」

「ああ。じゃが、今みたいに病人が増えた時は無理にでも山を降りて薬を買いに行かなければいけない時がある」


 ローアンがそこまで話したところで私の後方から声がした。


「まーた、老人が昔話してる。メグお嬢様、すまないね。うちの老人が」

「なんじゃドナか。昔話は年寄りの楽しみなんじゃ。許してくれ」


 ローアンはドナの顔を見て笑った。見知った顔が来たようで安心したようだ。いくら私が好意的に接して、相手も好意的な態度を取ってくれても、やはり村人同士の親密さには敵わないと実感する。私は2日前に来たばかりだから当然のことだけど、なんだかその事が嬉しくなる。この村は今まで起きたどんな困難も、村人同士で助け合って生きてきたんだろう。


「メグ様の護衛のあの男・・・名前なんだっけ?」

「おいおい。名前を忘れだしたら老人の仲間入りじゃぞ」

「うるさいじじい」


 ローワンの意地悪な発言にドナは不快そうな顔をした。その時、アリソンの声が響いた。


「メグ様!こっちに来て!」


 私とドナがアリソンの声がする方を見る。アリソンは一人の病人の手握り話しかけている。おそらく病状が急変した。私はドナにローワンのことを託してアリソンの方へ移動する。


「ヒュー・・・・ヒュー・・・・」

「しっかりして!負けないで!」


 必死に呼びかけているアリソンの元へ到着する。

 しかしこれは・・・。もう呼吸も細くなっている。もしかしたらアレルギー反応を起こしてしまってるかもしれない。恐れていたこと起こってしまった。こうなってしまったらどうすればいいかわからない。これはどうすればいい?何が出来る?どうすれば・・・どうすれば!

 頭が真っ白になる。どうすればいいかわからない。こうなることは想像していたし予想はしていた。でも実際に起こってしまったらそんな予想はまったく意味がなかったと思い知らされる。

 どうしよう・・・どうしよう・・・どうしよう!


「ゴホッ!ゴホッ!」


 男性が咳き込む。もうこれは助からないかもしれない。でも私にはどうすることも出来ない。だって私は医者でも看護師でも何でもない。ただのオタク。


「メグ様!メグ様!」


 アリソンの必死な声が聞こえる。その瞬間ハッとしいて正気を取り戻した。私は両手で自分の両頬をパチンパチンと叩いて気合を入れる。

 今更後悔したって遅い。私には責任がある。私が根拠のない発言で村人の皆に希望を持たせてしまった責任が。手立てがないという言葉は今ここには存在してはならない。やるしかない。何もできなくてもするしか無い。私は深呼吸をして男性の隣に腰を落とした。そして肩をポンポンとたたきながら耳元で男性に呼びかける。


「気をしっかり!負けちゃ駄目よ!」

「ヒュー・・・ヒュー・・・」


 男性は血走った目で私の方向をギロリと睨む。

 ごめんね。何も出来ない。ごめんね。期待だけ持たせて。でもそれでも生きていてほしい。私を憎んでも生きていてほしい。


「気をしっかり持って!寝ては駄目!」


 私とアリソンは男性に呼びかけ続ける。しかしどんどん男性の呼吸は細くなっていく。


「ヒュー・・・・・ヒュー・・・・・」

「駄目よ!しっかりして!」


 アリソンは必死に男を励まし続ける。男はアリソンの様子を見て口を開く。


「アリ・・・ソン・・・・」

「喋っちゃ駄目よ!」


 アリソンがそう叫ぶ。だが、私はそのアリソンに手の平を向けてストップというジェスチャー。


「アリソン。彼の言葉を聞いて」

「そんな・・・」


 もう彼の為にできることは最後の言葉を聞くことだけ。


「アリ・・・ソン・・・。君の・・・弟のこと・・・・済まなかった・・・・」

「何が!?謝られるようなことはなにもないわ!」

「たすけ・・・たかった・・・・のに・・・・僕は・・・役立たず・・・だ・・・」

「そんな事無い!私達をいつも助けてくれたじゃない!」

「ありが・・・とう・・・」


 そう言った直後、男の目から光が消えた。


「起きて!しっかりして!」


 アリソンの呼びかけに男はうんともすんとも言わない。私は男の瞼に手をやり目をつぶらせる。


「うっ・・・・うっ・・・・」


 私は泣いているアリソンにどういう言葉をかければいいかわからない。私は結局、何もできなかった。でも言わなければならないこともある。


「アリソン・・・」


 私がアリソンに呼びかけると、アリソンは私を忌々しそうに睨む。大粒の涙が頬を伝っている。


「丁重に送りましょう」


 「大丈夫?」や「元気を出して」などの言葉は言えない。大丈夫なわけがないし、元気なんて出せるわけがない。だけど遺体はここから運び出さなければいけない。ほかの患者に差しさわりがある。

 アリソンは私の言葉を聞いてそのことを理解した。忌々しく私を睨んでいた顔から力が抜けて、うなだれるように男に目を落とす。


「・・・・・・・」


 そして何の言葉も発さずに固まっている。今はそっとしておこう。アリソンが落ち着いたら遺体は移動させなきゃ。

 そう思って立ち上がった瞬間に大声が響いた。


「お願い!」


女性の声だった。

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