第12話 勝利のない戦い2 -1日目-

 1日目で遺体を見つけるとは思わなかった。想像はしていたが思った以上にその事態は堪える。

 亡くなった人はモリーの叔父さんだったらしい。この件以降のモリーは強気にふるまっているが、目に見えて落ち込んでいるのがわかる。1日目は誰とも口を利かず洗濯を行っていた。

 何時間も病人達のことを見回り、頭に乗せている布を取り替え、弱気になっている人を励まし、吐瀉物で彼らの服が汚れたら着替えさせて洗い、トイレをしたいと言ったら外に連れ出したり、どうしても無理な場合は桶にしてもらう。そんなことをしていたらあっという間に時間が経っていた。


「皆さん。一日目の作業は終了です」


 私は建物の前に5人を集めてそう宣言する。皆は背伸びをしたりため息を付いたりしていた。慣れない仕事をしていたせいでとても疲れているらしい。


「やっと終わった・・・」


 モリー以外は安堵の言葉が口々からこぼれた。モリーは相変わらず落ち込んでいるようだ。私もモリーの事は気になるがどう声をかければいいかわからない。


「さて、皆さん。慣れない仕事で疲れたでしょう。今日はしっかりと休んでください。あなた方しかこの建物にいる人達を救えません。だから、ご自身の体には気をつけてください」

「メグ様はどうするの?」


 レクシーが聞いてきた。


「私は明日の朝まで、寝ないで彼らを見ています」


 全員が驚きの表情を浮かべた。


「本気で言ってるの?」

「はい。寝ないと言っても、特に何かをするわけではないですよ。呼ばれたら話し相手になるぐらいです」

「そんなの私達でも・・・」

「はい。出来ると思います。でも今日は慣れないことばかりしたでしょ?そういう時は自分で思っている以上に疲れています。明日も作業ありますので皆さんは休んでください」


 私がそう言うと5人は動揺していた。その中でアリソンが口を開く。


「なんで貴女はそこまでするの?貴女はよそ者で、この村の人がどうなろうがどうでもいいでしょう?」


 私はそう言われて考える。だが、答えが出なかった。


「正直言ってわかりません。でも、この建物の中を見た時、死なせたくないと思いました。よそ者の私達を優しく迎え入れてくれたこの村の人々には死んでほしくないと思いました。そう思った瞬間、私はこうすることを選びました」

「何か思うところがあったの?」

「それもわかりません。本当に無意識だったんです」


 それを聞いて5人は無言のままこっちを見ている。私は慌てて口を開いた。


「あ、ごめんなさい!こんな話。とにかく皆さんは休んでください」

「わかった」


 5人は服を着替えて、誰にも会わないよう寝床まで移動した。寝床にはトビーが食事を運んでくれるだろう。トビーは好奇心旺盛なため調理も医療もかじっているらしい。トビーになら安心して任せられる。食事はとても大切な要素で、これが上手に行えなければ、他のことをいくら頑張っても無に等しくなるだろう。


「ふぅー」


 私は一人になると、建物沿いに設置されたベンチに腰掛けて背伸びをする。一日目は終了。朝からずっと動き続けていた。まさに怒涛の一日と言える。


「明日からは6人でルーチンを組んで、中の管理をする班と洗濯をする班に分けて、誰かが必ず建物の中にいるような状況を作るのはどうだろう。あとトイレもきれいにしておきたい。あとは・・・うーん。やっぱりモリーがちょっと心配ね」


 頭の中だけで考えていると問題が錯綜し、複雑化していしまうので声に出して一つ一つ確認をする。そうやって明日以降をどうしようか考え続ける。

 しばらくすると遠くから声が聞こえる。


「メグお嬢様!」


 声の主はジャスパーだった。ジャスパーがパンとスープの入った器を持って、看病者以外の人間が建物に近寄れるギリギリのところに立っている。私は布で口元を覆ってジャズパーの元まで歩く。


「食べ物をお持ちしました」

「ありがとう」


 食べ物を受け取ってその場を離れようとする私をジャスパーが呼び止める。


「私も自分の物を持ってきました。こちらで食べてもよろしいですか?」

「こんな椅子も何もないところで?」

「野営で慣れています」

「そう・・・じゃああっちむいて食べて。向かい合っていると私が移すかもしれないから」

「え?」


 キョトンとしているジャスパーに背を向けて、私は地面に腰を下ろした。


「お嬢様も野営の経験が?」

「無いわよ。ここで食べるつもりなら手早く食べなさい」

「わかりました」


 背を向けているので表情はわからないが、おそらく今のジャスパーは笑っているに違いない。いつもの意地悪そうな笑いだ。


「一つ訊きたいんだけど、どうして協力してくれるの?」


 私はパンに手を伸ばしながらジャスパーに質問をする。


「お嬢様がやると言ったら、それを手伝うのが我が騎士団の義務ですから」

「それは報酬も受け取らない理由にはならない」


 後方から頭をポリポリ掻く音が聞こえた。しばらくの沈億の後、ジャスパーが口を開く。


「強いて言うなら私情ですかね」

「私情?」

「ええ。私が生まれ育った村もこんな山奥の田舎でした。この村よりずっと小さくて貧しかったですが、村民が助け合って暮らしていました。でも幼いころの私は馬鹿でそんな村が苦手でした。出世して贅沢をしたかったんです。当然、私は家族と揉めて、家出同然に村を出てました。そして首都に行き、先代のプランツ騎士団長に拾われ、私は恩を返すべく騎士団で励んで今に至ります。だからまぁこの町を見たときは少し自分の生まれた村の事を思い出しました」

「出てきたことを後悔している?」

「どうでしょうね。後悔しているという感情としていないという感情があります。でも、宴の席で村人と話していると、私が生まれた村もこんなだったとか、家族は元気にしているのだろうかとついつい考えてしまいました」


 宴であれだけ酒に酔ってしまったのは、村への懐かしさと、村を捨てた後ろめたさがあったのか。


「だから、この建物中を見たときは胸が苦しくなりました。村人は何も悪いことをしていないのに苦しんでいる現状を見て、ぶつけようもない憤りを覚えました。そしてもし自分の村でもこのような事が起こっていたならと思うとゾッとしました。でも、私は医者でも魔術師でもない。この出来事の前に私は無力です。自分は我儘を言って首都で生活しているのに、結局は何もできていないじゃないかと無力感を感じました。でもあなたは、そんな状況でもこの村を救うと言った。私より遥かに力の弱い10才のあなたが諦めないと言った。だから私もあなたに賭けてみようと思いました。」


 ジャスパーは自分の気持ちを吐き出すように一気に話を続けた。


「その賭けは負けるかもしれない。ううん。必ず負けるわ」

「それはこれからわかることでしょう?」

「今日、一人死んでいるのよ」


 私がそう言うとジャスパーが口を閉じる。しばらくの間沈黙が流れる。次に口を開いたのはジャスパーだった。


「お嬢様はどうして、ここの村人を助けようと思ったんですか?」

「それはさっきも聞かれたけど、本当にわからない。気がつけばやると言っていたし、やり抜くと決めていた」

「そうですか」

「あなたはそういう経験ない?あったらどういうことか教えてほしんだけど」

「私には無いですが・・・先代の団長がそれらしいことを言っていました」

「それらしいこと?」

「使命に巡り合った時、不思議とそれがわかるらしいです」

「わかる?」

「私も聞いただけなのでわかりませんが、お嬢様は使命に出会ったのかもしれませんね」

「使命?この村を救うことが?」

「この村を救うことも含む、かもしれません。そこまでは私もわかりません」


 使命・・・たしかにジャスパーの言うことは近いような気がする。でも、それではない気もする。ただ、単純に自分の心を理解できていないかもしれない。結果よくわからない。ただ、一つ言えることはこれは自分が決めたことだということ。

 今はそれだけでいいと思う。


「まぁ、今考えても仕方ないわ」


そう言って私は立ち上がり、服についた泥を手で払っている。


「お嬢様。昼も言いましたが・・・」

「はいはい。わかってる。死なないように気をつけるわ」


 私が投げやりにそういうと、突然、腕を捕まれて引っ張られる。


「きゃ!」


 突然のことで抵抗する間もなかった。引き寄せた犯人はすぐに分かった。

 ジャスパーの顔が私の目の前に現れ、深いグリーンのきれいな瞳で私の目を真っ直ぐ見ている。


「言っておきますが、危なくなったら連れ出すといったのは他人の信用とか褒美が欲しくて言ったわけじゃないですから」

「痛い・・・」

「失礼しました」


 ジャスパーは手を離した。そして私に一礼すると踵を返して歩いていく。

 私は突然のことでまだ心臓がドキドキしていた。ジャスパーもあんな事するのね・・・。

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