18,旅立つ娘

 勝負が決した後、来た道をたどって村に帰っていたバン爺だったが、途中で足を止め、うずくまって胸をおさえた。

「……効いたぁ」


 バン爺はけもの道の真ん中でぺたりと座り込み、息をととのえながら目を細めて月を見上げる。


「……誰じゃね」

 何者かの気配をさっしていたバン爺が訊ねる。けもの道のはじの草木が揺れ、そこからマゼンタとシアンが出てきた。


「……ついてきとったんか」


 マゼンタは肩をすくめる。

「ついてきたって言うか、あんだけすごい音がしてるんだもん。そりゃ見に来るよ」


 バン爺は「あちゃ~」と頭を抱えた。当初の計画では、もっと穏便おんびんに片づけるつもりだった。


「ああ、あのあんちゃん、思ったよりも手練てだれじゃったからのう。ちぃと苦戦したわい」


「……大丈夫なの?」


「あのあんちゃんの身の上かね? 死にゃあせんよ。追ってくるかどうかなら、あの拘束が解けるまでには、目的地には着けるじゃろう」


「そうじゃなくって、バン爺がだよ」


「ワシかい? ほっほ、あんな昨日今日に魔術を覚えたような若造に後れを取るもんかね。こちとら、あやつの親父さんがお袋さんの腹ん中にいる前から魔術師やっとるんじゃ、キャリアが違うわい」


 マゼンタはバン爺の前に行くと、背を向けて座り込んだ。


「ほ?」


「乗りなよ、おぶってくから」


「大丈夫じゃ、少し休めばすぐに歩けるわい」


「シアンくん、バン爺のお尻の方持ち上げて」


 マゼンタがバン爺の腕を自分の肩に回し、シアンがバン爺の後ろに回って老体を抱えるようにして押し上げた。マゼンタは「よいしょ」と立ち上がった。


「助かるわい」


「助けてもらったのはこっちだよ。ありがとう、村の皆を解放してくれて」


「ならば、言いっこなしという事にしておこうか」


「そうだね。あ、それと、あんまり股間を押し付けないでね」


「どうせえっちゅうんじゃ……。」


 ふたりは鼻で笑った。


 バン爺がふり返る。

「……シアン、もう体はええんか?」


「……うん」


「ダメならダメと言うとけ、だぁれも困りゃせんからの」


「……うん、大丈夫」


「そうか。……ところで、何かを気にしとるような顔をしとるの?」


「……ねぇバン爺さん」


「なんじゃ?」


「バン爺さんは、本当は7級じゃないんだよね?」


 バン爺は前を向いた。


「……。」


「ぼくも等級試験を受けたからわかるよ。バン爺さんのあのオドの使い方って、3級くらいの人のレベルだよ」


 マゼンタがバン爺をおぶりながらふり返った。しかし、バン爺はシアンをふり返ることはなかったし、マゼンタにも目を合わせなかった。


「……ああ、そのとおりじゃ」


「やっぱり。本当は何級なの?」


 バン爺はふり向いた。

「……ワシゃ等級なんぞ持っとらん」


 キョトンとするシアン、バン爺はそんなシアンを見て自嘲気味じちょうぎみに笑った。


「さ、早く帰っていったん休息をとるとしよう。日が昇る前に出発したい」



 怪我の功名こうみょうか、村の人たちはシアンを連れ去る算段さんだんだったアッシュの術式によって記憶を書きかえられ、シアンが起こしたさわぎは、とつぜんの嵐と山崩れによるものだと思い込んでいた。

 仮眠を取った後、バン爺の言ったように、空が白んできた頃に3人は村を出発する準備を始めた。その最中、マゼンタの姉が納屋にあらわれてマゼンタを呼び出した。

 マゼンタは外に出る。外では山の向こうが光を放ちはじめ、マゼンタの姉は逆光で表情が分かりにくくなっていた。


「……どうしたの、お姉ちゃん?」


「ねぇマゼンタ、あなたここに残らない?」


「……。」


「お父さんはあんなだけど、本当はあなたにここにいてほしいと思うの。どこかあなたを気にかけてるふしもあるし、何より……わたしも……。」


「……お姉ちゃん」


「ここにはあなたの居場所があるのよ? 待ってる家族が、故郷があるの。そりゃあ息苦しいかもしれないけど、あたりまえの朝をむかえて、いつもの夕日を眺める毎日がそんなに嫌なの? 今の生活じゃあ、雨をしのぐ・・・にもひと苦労でしょ?」


「……ありがとう、お姉ちゃん」


「マゼンタ」


「でもね、あたし行くよ。ここじゃない場所がどこかにあるかもしれないし、そこで家族を作ることだってできるかもしれない。お姉ちゃんたちが嫌いとかじゃないの。お姉ちゃんがそう言ってくれるのは嬉しいけれど、あたし、道の途中で歩くのをやめちゃったら、たぶん一生たどり着けたかもしれなかった何処どこかを想像しちゃうと思うんだ。結婚しても子供を産んでもお婆ちゃんになっても、その何処かを考えちゃうと思う」


「……そう」


「ごめんね、わがままな妹で」


「……ううん、いいの。でもね、わたし思うの。多分あなたは我がままなんかじゃないのよ。人に流されないだけ」


「そうかな?」


 マゼンタの姉は苦笑いをして、マゼンタの両の頬を手で包んだ。


「普通、これだけぶたれたら少しは大人しくしようって思うわよ」


「ああ、あれって大人しくしてほしかったんだ?」


「え?」


「てっきり、お父さんが自分の感情ぶちまけてるだけかと思った」


「……まぁ、そういうとらえ方もあるわね」


 マゼンタの姉がほほ笑む。マゼンタのうしろには準備を終えたバン爺とシアンがいた。マゼンタの姉は、自分たちがみ嫌うよそ者を甲斐甲斐かいがいしく世話をする妹の姿を思い出していた。


「もしかしたら、あなたなら自分が帰る場所じゃない、誰かが帰る場所を作れるかも。わたしたちの先祖がそうしたようにね」


 姉はマゼンタを抱きしめた。

「いってらっしゃい……。」


 マゼンタも姉に腕を回した。

「……うん」


 マゼンタがふり返ると、手をふってバン爺とシアンの方へ駆けて行った。

 遠くから、そんな娘の姿をマゼンタの父が見ていた。

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