19,オールドブラッド

 大地全体を日の光が照らすようになり、一行いっこうがマゼンタの村からかなり距離を取った頃、マゼンタが誰に訊ねるでもない様子で言った。

「……追手はあれだけかな」


「何とも言えん。……じゃが、ワシらがどこに向かっとるか知られん限り、追いかけようもなかろう」


「でも、あのアッシュって奴はあたしらの居場所が分かってたじゃん?」

 マゼンタはシアンの顔を見て、「ねー」と言った。


「もしかしたら、相手の居場所が分かる魔術とかじゃ? そういうのってあるの?」


「あるには、あるがのう」


「じゃあ、あいつ、その魔術を使ったとか」


「それはないじゃろ。あのあんちゃんが使ってた術式は、テンプテーションと肉体強化じゃ。まぁ、持ち前の気質と楽な修行に頼った結果じゃろうて。例えオールドブラッドでも、そんなに複数の術式を使えるわけじゃあない」


「そのさ、オールドブラッドってなんなの?」


「おや、もう知らん世代が出て来とるわけか。……シアンは等級試験で勉強しとるじゃろうから知っとるの?」


 シアンがうなずく。


「ほ、じゃあ復習といこうか」


 マゼンタがシアンを見た。シアンは小さく咳払せきばらいをして話し始める。

「……え~と、もともと魔術はオールドブラッドが発明したものなんだよ。魔術を使って、彼らは大きな帝国を作ったらしいんだ。ずっと昔の事だけどね。でも、彼らの支配はそう長くは続かなかった。植民地から抵抗が始まって、次第に帝国は植民地の言い分を受け入れるようになったんだ。植民地の文化、宗教を受け入れて、植民地の方でも積極的に帝国の文化を受け入れたんだけど、そうしていくうちに元々はオールドブラッドしか使えなかった魔術の中で、特別な民族じゃなくても使える術式が開発されるようになって、どんどん彼らは社会的な優位を失っていったんだ。彼らしか使えない術式もあったんだけど、それでもやがて帝国はオールドブラッドだけのものではなくなって、自然と国々が独立して今の国の形になったって……。」


「素晴らしい。満点じゃ」


「それじゃあ帝国を失った今、彼らはどうしてるの? 滅んじゃったの?」

 マゼンタは訊ねた。


「帝国が滅びた理由のひとつに、彼ら自身が他の民族と同化したというのがあっての。文化もさることながら、多くの血と交わり、そして民族としての特性を失って行ったのじゃ」


「……じゃあ、あのアッシュって奴は、奇跡的なオールドブラッドの生き残りってわけ?」


「今は“オールドブラッド”とは、部族や人種ではなく、まれに生まれてくる彼らの特性が強い人間のことを指して言うんじゃよ」


「ぼくのお母さんもオールドブラッドだったんだ」


「ほぉ、そうか? ならば、お前さんの突出とっしゅつした力は、母君ゆずりといったところじゃろうか?」


「……でも、ぼくはオールドブラッドじゃないって父さんが言っていたよ」


「言うたじゃろう、特性の強弱じゃと。1かゼロかじゃありゃせんよ」


「……じゃあ、バン爺的には追手が来る可能性は低いってこと?」

 マゼンタは訊ねる。


「ワシはそう思う。どうやってワシらの居場所を知ったかは分からん。じゃが、あのあんちゃんの拘束が解けたとしても、ワシらをすぐには追ってこんじゃろ。ワシにあんだけこっぴどくやられた後じゃ。仲間を呼ぶにしても時間がかかろうて。近くに仲間がいるのなら、はなっから一緒に来とるよ」


「ふ~ん」


 バン爺はシアンをそれとなく見る。どうやら、本人はアッシュの語っていた、アイリス伯が自分を追跡できる理由を知らないようだ。父親に見えない首輪をされているという事実、それをそのまま伝えて良いものか、老人は苦慮くりょしていた。

 そして、3人がダリア伯の領地に入るまで、本当に追手はやってこなかった。もちろん、各々がその理由を違う形で考えていた。

 さらに領地を進み、ダリア伯の屋敷の前に着いた頃には夕方になっていた。


 1日歩き続けたシアンを気づかってマゼンタが言う。

「……あんまり休まなかったけど、昨日と違って、今日はずいぶん体調が良かったね? 何だったんだろ?」


「うん、たまにああなるんだ」


「……たまに?」


「前触れもなくああなったと思ったら、急に何もなかったみたいに平気になるんだよ」


 その意味を知るバン爺は、ふところのクリスタルをにぎりしめていた。


 「あっ」と思い出したように言うと、シアンはふたりに深々と頭を下げた。

「昨日は、ご迷惑かけて申し訳ありませんでした」


「だから、あやまらなくていいんだって」


「でも……。」


「お前さんが言わんかったら、ワシらだって忘れとったぞ」


「そうだよ」


「……すみません」


「またあやまる」


「シアンや、人はただ生きとるだけで、それだけで誰かに迷惑をかけるもんなんじゃ。しかし、迷惑をかけとっても、たいして当人は気にしとらんもんじゃよ。もし、いちいち腹を立てとる奴がおったら、そいつが単に、自分が人に迷惑をかけとることを忘れとるだけじゃて」


「そうだよ、あたし何て普段から迷惑かけすぎてるから、人に迷惑かけられても何とも思わないんだから」

 そう言って、マゼンタが胸を張った。


「お前さんはちったぁ気にせんかい」


「……それよりバン爺、立派なお屋敷に着いたけど、これからどうすんの?」


「……本当に気にせんのじゃな。まぁええわい、お前さんたちはここで待っとれ」


「ここで?」


 バン爺はふたりをとどめると、ひとりで屋敷の前に行った。残されたマゼンタとシアンは顔を見合わせる。

 門の前まで行ったバン爺は、やはり番兵ばんぺいに止められていた。しかし、バン爺が何かを番兵に伝えると、番兵のひとりが屋敷に入っていき、しばらくして執事が現れバン爺に頭を下げた。

 その光景を見ていたマゼンタが「え?」と声を上げる。

 バン爺は何かを執事に説明すると、マゼンタたちに向かって手まねきをした。


「……行こうか?」

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