第六章 迷いの苑(その)の少女

第25話 敵といえども信頼のおける

 翌日。

 近隣の中学・高校の女生徒達には、いち早く、依頼状が届けられた。

 無作為に選別され、審査員にされた女子高生達。彼女らひとりひとりの周囲では、どこでも、ちょっとした騒ぎが持ち上がった。

「なんであたしが聖女館のイベントにつきあわなきゃなんないのよ!!」「ご苦労!」「いっつもだけど、えばっててヤな女どもだよなー」「これでマズイもの出てきたらタダじゃおかないってカンジ?」「本人達が作んでしょー? うまいワケないっつーか」「料理できんのアイツら」「人のこと言えないけど~っ」「メチャクチャ食えねーもん出てきたりして!!」「あっりっえっる~~~」

 ファーストフードで、各学校の教室で、笑い転げる。

 男子生徒で審査員の依頼が来た者の回りでは、羨望と嫉妬がうずまき、午前中のうちに、そのプラチナチケットのオークションが始まった。



「綾姫はどちらをなさるの? 給仕係? それとも厨房?」

「及ばずながら、給仕長を務めさせて頂くわ。東苑料理部長様に、厨房長はやっていただくことにしましたの」

 綾は、西苑のゲストハウスで、髪をリボンできりりとまとめていた。

 今日はリリーやクララがキャンセルできない仕事で休み。マーガレットは作戦参謀といったところで、このメインダイニングの向かいの小会議室に、詰めていた。

 決勝当日の給仕係は、まず昨日の作戦会議で決定した候補二〇〇名を訓練し、訓練の様子を見て最終的に三十五名、選抜することにしている。

 その候補として、綾は、完璧なウォーキングと無駄なく上品な仕草ができるご令嬢ばかりを、メインダイニングに集合させていた。

 全員、大急ぎで揃えた制服を着てもらっている。紺のベストとタイトスカートのスーツには、様々なカラーのバイアステープがアクセントになっている。カッティングがいいので、仕事着にも最適。白いブラウスも、エレガントながら愛らしいデザインだった。

「こちらが、今日から私達にいろいろ教えていただきます、スザンナ先生です。よろしくお願いします!」

「「お願いします!!」」

 数十人の少女達の華やいだ声が響き、一斉にお辞儀をして、反対派の給仕レッスンが始まった。

 実習に入ると、臨時の女講師は手を叩き、

「料理がいくらよくても、給仕ひとつで舌触りすら変わってしまうものですよ!!」

 月に一度のエスコート服交流会では、東苑の生徒会は東苑籍のエスカドに、西苑の生徒会は西苑籍のエスカドに、応援を頼むのが常だった――学院外の少年達は、主に彼女たちとの情報交換を楽しみにして夜会へ来た――から、彼女らは皆、料理のサーブなど、ホステス役に慣れている。

 それが全員反対派に来ていたことは、僥倖だった。

 が、当日に仕事があって出られないエスカドロン・ヴォランも多く、また、全員が完璧というわけでもない。特に、一流ホテルから来た臨時講師達には、目に余るところもあるらしく、次々に厳しい指摘がとびはじめた。



『はぁぁ? なんですって?!』

 電話の向こうで、ご令嬢は叫んでいた。

 高層ビルの上方の階、とある大手ゼネコンの重厚な役員室。

 オークの机の上に載った、オールハンドメイド、カリグラフィーの依頼状。それからほどいた金のサテンのリボンを弄んでいる、厚い手。もう片方の手で受話器を握った部屋の主は、余裕綽々で笑っていた。

 が、その表情は、いきなり崩れる。

 澄んだ声のご令嬢は、へつらってくるかと思いきや、

『お申し出はとてもありがたいのですが、辞退させていただきますわ』



 表面的にはにっこり笑って、綾はぷちっと携帯を切った。

「なんって失礼な。この式部綾に、八百長で勝てとおっしゃいますの?! ……て、言いかけちゃった。参ったわ~」

「綾様、綾様」

 沙記が、横でひきつり笑いをしている。

 ゲストハウスのメインダイニングの外、清潔な廊下。

 全体の監督もあるため、給仕の訓練を抜け出してきたところで、綾は紺のスーツのまま。

 用があるまで待機していた沙記は、普段着のジャンプスーツだった。

「多いのよ、今朝から。どこで携帯の番号をお調べになったのか、票を売りつけようとする大人のかた達が」

 審査員の依頼状が廻ったのは、五人のメイン審査員と謎のグランドメイン審査員、女子高生、男子高生のほかに、文化人、各界の著名人。

「エマ様の陣営にも、彼らからコンタクトがとられてるんでしょーか」

 面と向かって共学化に賛成とも反対とも言わないが、裏取引になら応じてもいい――名家の令嬢にここでなにがしかの恩を売っておきたい、という彼らの態度を思い返して、綾はため息をついた。

「おそらく、そうね。でも、私は、票を買うことだけはしませんわ。エマ姉様だって、同じようにお考えのはずよ」

 カツカツと廊下を歩きながら、言う綾。

 好敵手として、同じ矜持きょうじを持つ者だと、相手を信頼している。というより、綾の自負プライドは、エマに育ててもらったようなものだ。

 二人の間に確かにまだある絆を感じとって、沙記がへぇえ、と感心する。

 綾はカツカツと歩き続けて、食器室パントリーの隣、レッスンが始まっている厨房へ入った。

 清潔で明るい室内、銀色の盛りつけ台ディシャップ、コンロ、グリル、壁のオーブン、おたまレードルにナイフ、とりどりの大きさのソースパン

「よろしいですか! 皆さま!!」

 様々な色と形のエプロンを身につけた生徒達の間を歩いて回りながら、こちらも特別に頼んだ講師が、叱咤の声を飛ばしている。

「味のしみこみかた、見た目の美しさの両方のために、同じ厚さ、同じ形に切る包丁技が必要なんですよ!! 料理が仕上がったときに、どんな器に盛り込むか、まで考えて切るべく、まず、自在に切るということができなくてはなりません!!」

 厨房の人員の訓練は、給仕係より問題だった。

 給仕係と同じように、ある程度レッスンをしながらオーディションしていく方針だったが、ご令嬢達の苑・聖女館では、ふだんから料理をしている生徒の層が、薄かった。

 主力として期待できる料理研究部は、東・西とも、半数は賛成派に行き、半数は反対派に来ていて、条件はフィフティ・フィフティ。

 ただし、料理研究部以外を見れば、綾達反対派は、不利だった。成金組より、賛成派に与した伝統血統を重んじるお嬢様たちのほうが、家事一般に慣れている。いずれは同じ家格の名家のよき妻、よき母となるために、日頃から台所仕事も躾けられているのだ。

「足は軽く肩幅に開いて……なにごともバランスが大切です! 手元で無理に切るのでなく、肩で自然に包丁を落とすのだと、だんだんに分かってくるはずです!!」

「あら、ずいぶん初歩から教えるのね」

 つぶやく綾。沙記がひきっとひきつる。

「ボク、その初歩の初歩も分かってません。どうしましょう」

 給仕係にも厨房係にもなっていないのに、そんなことを心配する。その純情な様子が、綾の目を細めさせた。

「気にしないのよ、沙記。――さて、みんな熱心に集中してやっているから、顔は出さないで退散しましょうか?」

 と、そのとき、廊下の後ろの方から、細い声が聞こえた。

「ただいま……もどりましたぁ……」

「ジュリア!! お帰りなさい、大丈夫だった?!」

 エマ側の偵察に行っていたジュリア・スパークスが、戻ってきたのだ。

 綾は彼女が入っていったメインダイニングルームに飛んでいった。




――

この物語はフィクションであり、実在の団体・個人・事件とは一切関係ありません

また、この物語は自殺・自傷を推奨するものではありません

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お読みいただきありがとうございます。

これからも面白い物語にしていきます。ぜひブックマーク・応援・レビューをお願いします。作者のモチベーションに直結します。


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